「働きアリみたいに働いているから二人とも。サービス精神も大切だけどやっぱりしっかり休んで欲しいな」
「休みっていっても変な感じがして逆に疲れるから。だから、今日みたいに焼き菓子とかジュース売ってのんびり過ごすのが丁度いいのよ」
「あれだけ人が集まって、のんびりね・・・」
「今日はアキラの考えたミックスジュースが大当たりしたから」
「ホント、天才的な味覚の持ち主だわ」
「それとパウンドケーキのリピーターさんが増えてね。おばあちゃんから大量に送られてきたイチジクで作った甘露煮をドサッと入れたのが大評判」
「それ、美帆もお気に入り」
「お手頃価格というのも人気の秘訣だけどね」
婿養子である父聖四朗の実家は北関東の里山の集落にあり、田舎そのものの田園風景に囲まれ、各家の庭先には定番の栗や柿、梅の他にイチジクの木が植えられていた。毎年秋になると消費することができないイチジクや栗が大量に送られてきた。
『青果店にこんなもん送ってくるなんてな』
聖四朗は毎年、言葉とは裏腹に嬉しそうに言うのが山際家の定跡だった。
(早く夏休みになっておばあちゃんのところに泊まりに行きたいな……)
田舎の夜は早い。夜八時を過ぎれば漆黒の闇が広がり手を伸ばせば届きそうな満天の星空は都会では味わうことができない体験だ。東京の子が田舎に泊まるのは退屈そうに思われるが、藍にとっては『超ド級のジョロウグモ』に出会える絶好の機会とあって小さい頃からの楽しみだった。
それに北千住界隈ではお盆といえば七月中旬だが、全国的には夏休みの八月中旬。祖父母の家に泊まればその土地のお盆の風習を体感できた。
「もうさ、売る側としては平日と休日の区別がつかないよね」
「昭和はキッチリ日曜日はお休みってなっていたけど、いまじゃ土日仕事で平日休みという人もいるでしょう」
「たしかにね。日曜日に向けてすきま時間に焼き菓子でも作るか」
「まっ、メインはアキラで藍は助手だから」
「優秀な助手でしょう!」
「アキラは自分の将来の夢と関わっているからいいけど、藍は違うでしょう。もう高校二年生だから学業に本腰入れていいんだからね」
母親の一言に藍は静かに頷いた。アキラは跡継ぎであり、食関係の仕事に進みたいと考えている。修行してから『やまぎわ青果店』を引継ぎ、スイーツや総菜もゆくゆくは扱いたいと青写真を描いていた。
一方、藍は進路に悩んでいた。とりあえず高校では理系志望コースにしたが蜘蛛の専門家に未来があるのか正直悩ましいところがある。理系で他の道なら蜘蛛の糸を参考にした強靭な繊維開発も気になる。
「生態系か繊維工学系かな」
「蜘蛛博士になるんじゃないの?」
「蜘蛛愛は半端ないけど、将来性あるか心配」
「いまさら何言っているの。山際のお婆ちゃんが生きている頃から蜘蛛ばかり気にして公園アチコチ動き回っていた子が『蜘蛛博士』にならないで何になるの」
「そうだね、蜘蛛愛を貫くか。でも繊維工学でも蜘蛛の糸は大注目されているから。すごく強い糸なんだよ」
「へぇ~、そうなの」
母の進路について軽く話し合っていると、外で片づけをする音がした。どうやら今日の商いは終わったようだ。
「見事に全部売り切ったぜ!」
「凄いね。でも次回に向けてまた焼き菓子作らないと。お姉ちゃん、手伝うよ」
「次はねレモンが良いんだって。オレさ、いつもくるお客さん数人からリクエストもらった」
「ちょっとそれ、我がままじゃない?」
「まぁまぁ。初夏で爽やかな柑橘系は季節感があるから人気集めるよ」
「確かにそうかもしれないけれど、お父さんもアキラもお客さんの意見ばかり聞いちゃうところがあるからな」
「仕方がないだろう。商売人なんだから」
「はいはい、そこまでにして夕飯にしましょうか。」
藍が時計を見ると、もう夜の七時になっていた。日曜日に店を開けると平日よりも遅いことが多々ある。
「クラウド二世、窓際の壁にいるか確認してくる」
立ち上がって部屋へ向かおうとした彼女を、聖四朗が引き留めた。
「そうだ藍。昼間に廊下でハエグモ見つけた。もしかしたらクラウド君かもしれないが、父さんじゃ見分けがつかないから分からないな」
「ちょっ、それ早く言ってよ!」
「クラウド君は小さいからね。お父さんから『母さん見てよ』と言われて振り向いたときには姿を消してね。結局、どこに行ったのか分からずじまい」
「気温も上がってきたし、ハエが出そうな場所に移動しているんじゃないの。店先の方にとか」
「明日、店を開ける前に必ずチェックしてね!いたら安全な場所に移動させる。お客さんに踏まれていたら、三日三晩泣くから」
「はいはい、分かりました。とりあえず二世君の確認に行ってきなさい」
ものすごい勢いで階段を上がるところだが、万が一にでもクラウド一生が潜んでいるかもしれない。そう考えてしまうと、壁や階段の隅々まで確認しながら目的地に辿りつくしかない。藍は警察の鑑識課の人のようにそろりそろりとクラウド一世の証拠が落ちていないか探しながら部屋へと向かった。
やはり食糧事情を考えれば、二階よりも一階にいる可能性が高い。
もし、一世と再開できたら二世とのツーショット写真も撮りたいという願望がムクムクと膨らんできた。さらに言えば、亀井先生のアクリルスタンドを手に入れた藍にとっての『夢のスリーショット」が叶うことになる。なんなら、扇子に乗せて写真をパシャリもできる。
(あ~あ、待ちきれないな!!)
スマートフォンに内藤さんやマスターからメッセージが届いていることに気がつきもせず、大好きな人と蜘蛛のコラボレーション想像した藍は心の中で思いっきり叫んだ。
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