家にもどると鈴香が話しかけてきた。
「あの、お嬢様…僭越ながら本当に婚約を破棄されるおつもりですか?」
「そうだけど、どうして?」
「ご主人様に相談もせずに勝手に婚約を破棄するのは、いくらお嬢様でもしかられてしまうのではないでしょうか」
そう言った鈴香はびくびくしているように見えた。
きっと私が怒って暴れると思っているのだろう。
もちろん私は紅林じゃないから怒りもしないし、暴れたりもしない。
でもこれからも私のお世話をしてもらうのにこうやってずっとびくびくされるのはちょっと嫌かも
「鈴香、私のこと怖い?」
「え?!そんなことは決してありません!」
作者に嘘は通用しません!!
「いいのよ、嘘をつかなくて。無理もないもの…いままで私のあなたへの態度は本当にひどいものだった。ごめんなさい。私が倒れて起きた時あなたがいてくれて本当に安心したのよ。それで私は気付いたの私の周りにいる人たちはみんな私にとって必要な存在だって。だからこれからはみんなを大切にしたいのよ」
鈴香は涙目になりながら私の話を聞いていた。
おお、可哀想に…いままで本当に苦労したのね…でも大丈夫!これからは私がたっくさん甘やかしてあげるからね!
「お嬢様…鈴香は…鈴香はとてもうれしいですーーー!!!!!」
鈴香はそう言いながら私に駆け寄り抱き着いてきた。
そして号泣。
やばいやばい!外ではまだ使用人達が仕事してるから鈴香の鳴き声が聞こえたらいじめてるって思われちゃう!!!
鈴香ーーー!!!お願いだから泣き止んでーーー!!!
「り、鈴香?わかったから泣き止んで?」
しばらくなだめて、鈴香はやっと泣き止んでくれた。
この子はこれから泣かせないように気を付けよう。
「あ!ねえ鈴香!私が今まで買った奴隷たちは?」
「地下にいます」
泣き止んだばかりで時々しゃくりあげながら鈴香は答えた。
「私のお小遣いっていくらくらい残ってる?」
「えーっと200万元ほどです」
「十分ね!みんなに3万元づつ渡して放してあげて」
「え?!そんなに?!」
「慰謝料変わりだからこれでも少ないわ。ほんとは直接謝りたいけどみんなきっと私のこと怖がるからあなたが変わりにお金を渡して謝ってきてくれる?ごめんなさいね、鈴香も忙しいのにこんなお願いしちゃって…」
「いえ!そんなことないです!すぐ行ってまいります!!」
そう言って鈴香は小走りで部屋を出て行った。
可愛いな…
竜聖との婚約を破棄して、奴隷たちを解放してから5か月、紅林を見る周りの目は完全に変わった。
今まで紅林のことを怖がったばかりいた使用人たちは今では会うと話かけてくるようになった。
「あ~幸せ~」
揺り椅子に揺られながら鈴香の持ってきたお菓子を頬張り、無意識にそう口にしていた。
このままこの平和な日常が続きますように!
「お嬢様ーーーーーーーー!!!」
そんなことを思っていた矢先、鈴香が叫びながら部屋に入ってきた。
「どうしたの?そんなにあわてて」
鈴香は息を整えながら私の方を見た
「大変です!!竜聖様がおいでになられました!!」
え?竜聖…?
「竜聖?!え?!竜聖ってあの竜聖?!私の元婚約者の竜聖?!」
「はい!お嬢様の元婚約者のあの竜聖様です!!」
え?なんで?どうして急に?
婚約破棄したからもう関わることはないはずじゃないの?
「あ、お父様に用があって来たとかじゃないの?」
「いいえ!竜聖様はもうご主人様の宮殿を通り過ぎて、この華紅(かこう)宮に向かっております!!」
え…?なんで?私の書いた小説の中で竜聖が紅林を殺しに来たのも竜聖が朱孤の国に行ってから5か月後、そして今日はまさに竜聖が朱孤の国に行ってから丁度5か月目。
間違いない、竜聖は私を殺しにきたんだ。
どうして?殺される理由はもうないはずなのに!
「鈴香逃げるわよ!早く荷物をまとめて!必要最低限のものだけでいいから!!」
「急にどうされたのですかお嬢様?!」
「後で説明するからとりあえず荷物をまとめて!私も手伝うから!」
急いで荷物をまとめて鈴香と宮殿から出ようとしたその時
ドンッ
重そうな荷物を持っていた鈴香を手伝おうとよそ見をしていた私はドアの前に誰かが立っていたことに気が付かず、その人にぶつかって尻餅をついてしまった。
「お嬢様!大丈夫ですか?!」
私を心配して駆け寄ってきた鈴香を横目に上を見上げるとそこには私が今この瞬間一番会いたくなかった人物が立っていて、私を見下ろしていた。
「竜聖様…」
竜聖と目があったまま逸らせず、恐怖からだんだん息ができなくなる。
やばい…どうしよう
逃げなきゃいけないのに脚が震えて立てない…
もう最悪ー!私の人生ハードモードに設定したやつ誰よ!!
すると竜聖が懐の中に手を入れ、なにかを取り出そうとしている。
短剣だ。絶対に短剣だ。短剣で不意を突いて私を殺す気なんだ!私作者だよ?あんたを作り出した存在だよ?本気で殺す気?!恩を仇で返すの?!本当にそれでいいの?!!もう!こうなるってわかってたら絶対あんたなんか登場人物から消してたわよ!
はあ、今更後悔しても意味が無いわ。もうここまで来たなら死を受け入れるしかない。
もしかしたら元の世界に帰れるかもしれないしね!大丈夫よ侑佳、痛いのは一瞬だからね!
そのとき竜聖は懐から手を出そうとした。
私は意を決して目を瞑った。
しかしいつまでたっても殺されたような感覚はなく、私はそっと目を開けた。
すると目の前には三輪の赤いバラが施された簪を竜聖が私に差し出しているというよくわからない光景が広がっていた。
「え?」
あまりに予想外な展開にびっくりして間抜けな声を出してしまった
「朱孤の国に行ったときに町で売っていて、そなたに似合うと思って買ってきたのだ。」
竜聖はこれでもかというくらいに優しい表情をしていた。
「どうして…?」
「”どうして”?婚約者に旅先の土産を贈るのはおかしなことか?」
今更何を?とでも言いたげな表情
ん?待って?
婚 約 者?????
「竜聖様、恐れながら私の記憶に間違いがなければ、先日婚約の破棄を申し上げたと思うのですが…」
「ああ、あれか。だがあれはそなたが一方的に言ってきたことであって、私は一言も承諾した覚えはないぞ?」
...........はい?????
「それなのにそなたは勝手に婚約破棄の書類を王宮に提出するから、私がその書類を処分しておいた。」
いやいや!確かに婚約破棄の話をしたときあなたは一言も良いとは言ってないけども!!
でもあんた私のこと嫌いじゃん?!は?!嫌いだけど婚約破棄はしたくない的な?!なにそれどんな感情よ!!
「そなたは言ったな。わたしの愛する者と結婚をするようにと」
「は、はい」
「わたしの愛する者はそなただ」
「は?いやいや、今までそんな素振り少しも見せなかったのに急にどうされたのですか?」
怖い怖い怖い怖い
マジで急になんなの竜聖が紅林を好き?は?作者の私でもそんな展開考えたことなかったんだけど?!
「確かに今までそなたに少し冷たくあたっていた部分があったと思うが今では反省している」
少し冷たく??その少し冷たくが今もなお継続されてたら私は死ぬのよ?こいつ少しの使い方わかってんの?
「だが先日、そなたに婚約破棄を申し出されたとき大きな焦りの感情を覚えた。それと同時にわたしをこのように健気に愛してくれるのはそなたしかいないことに気が付いたのだ。だからこれからはいままでそなたがわたしに尽くしてきたようにわたしもそなたに尽くそうと誓ったのだ。」
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