『後先考えずに突っ込め』
「ほう?」
『千早!?』
『何を考えてるケロ!?』
騒ぐキュウコとロケロンを完全にシカトし、千早は続けた。
『私の能力は血肉を操る力だ。手足の4本や5本、もげる程度ならすぐに治してやる。だが剣だけは離すな。痛みには耐えられるな? 傷を負うことは気にせず突っ込みまくれ』
『バカ千早! ランを殺す気かケロ!?』
『そうキュ! 無茶だキュ!』
「…………」
ランは今、絶え間無く襲う無数の触手を防ぐことしかできていない。どのみちスタミナは切れるだろう。その前に、水の竜を出したように、ダークアクアが新たな攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
(退くも地獄、進むも地獄とは……このことですね)
おかしそうに微笑し、触手を斬り倒しながらランは言った。
「千早さん」
『なんだ』
「信じてもよろしいですか?」
『神を信じるよりは確かだ』千早は断言した。『君が私の期待を裏切ることはあっても、私が君の信用を裏切ることはありえない』
不意を突くつもりだったのか、ダークアクアが左手から高圧水流のレーザーを放った。ランは体を前傾に倒して避け、触手とレーザーを同時に叩き斬った。水飛沫が舞うなか、ランは200メートルほど離れたダークアクアを見据えた。
「では、千早さん。わたしはあなたの命に誓います。あなたは神に誓ってください」
千早は躊躇いなく答えた。適当にあしらう声ではなく、彼女なりに本気の宣言だった。
『いいだろう、神に誓って私は君を助けよう』
「あなたの命に誓って、敵を討ち果たします」
ランは腰を低く落とし、足を前後に開いた。空いている手で地面を掴み、ヒールをアスファルトにめり込ませる。
全身からハートフルエナジーが溢れ出した。肌が紅潮し、全身に血管が浮き上がった。
約50本に及ぶ水の触手が、頭上と正面からランを襲う。
「ゆきます」
ランがいたアスファルトに触手が降り注いだ。束の間の沈黙が訪れ、その0.5秒後に、水の触手の束が斬り裂かれ、なかから傷だらけのランが飛び出した。
修道服がボロボロになり、体じゅうが触手で抉られていた。身を犠牲にして無理矢理触手の猛攻から抜け出たランは、そこから全力でダークアクアへ向かって走り出した。
疾走するランへ再び水の触手が迫る。進路の弊害となるものだけを斬り倒し、ランは触手の嵐のなかを傷だらけになりながら突き進んだ。ベールとウィンプルが脱げ、髪が露わになった。片耳を削がれたが、ランは眉一つ動かさなかった。
『シブトイ女ダ!!』
ダークアクアが再び高圧水流を放つ。ランは大剣を盾代わりにしてレーザーを防いだ。僅かに押されても、足は止めなかった。大剣の端から漏れ出た高圧水流の一部が、ランの左の二の腕を貫いた。
「……っ」
レーザーを払いのけ、ランは前進する。傷口から流血し、左腕が動かなくなった。
あと100メートルまで迫った時、死角から水の触手がランの背中を貫いた。腹から飛び出た触手が3本、地面に突き刺さる。ランの足が止まった。
「…………」
倒れかけた体を、床に剣を突き立てることで支えた。触手が貫通した腹から血が流れ出た。
背中から流れていた血が重力に逆らい、それが一つの生物であるかのように動き出した。血が、鋭利な薄い刃物の形になった。ぐるっと首を回すように旋回し、血の刃が水の触手を切断した。
触手がただの水に戻り、ランの体が解放された。
何が起きたのか、仕留めたと確信していたダークアクアは気がつかなかった。
『!? ナンダ!?』
ランも同様だった。
「!?」
ハートフルフォンから千早の声がした。『いけ、ラン』
(血肉を操る能力……なるほど、そういった使い方もできるのですね)
ランは血まみれの顔に笑みを浮かべる。
「任せてください、千早」
路面を強く蹴り、大剣を引き抜くと同時にランは高く跳躍した。体じゅうの傷から血の尾を引き、ランはダークアクアの眼前へ着地した。距離2メートル、間合いに入った。
『死ニ損ナイガ!』
ダークアクアの左手の上に、水の円盤が生成された。丸ノコのように急速に回転する円盤をランへ投げつけた。円盤がランの左の太腿を斬り落とす。腿動脈から血がブシャッと噴き出した。
足をもがれ、ダークアクアへあと一歩のところでランが体勢を崩す。触手を切り離し、右腕から流水剣を生やしてダークアクアはトドメを刺そうとした。
ダークアクアが勝利を確信したその時、動脈から噴き出したランの血が空中でぴたりと止まった。
『!?』
まるで映像の逆再生のように、血がランの体内に戻り落とされた脚が浮き上がった。太腿の断面が接合され、脚の傷が綺麗さっぱり消えてしまった。
ありえない。そんな再生力、ダークアクアは見たことがなかった。そこでようやく、ダークアクアは別のハートフルエナジーがどこかから発せられていることに気がついた。力の発生源へ目をやると、そこは半壊したビルの屋上だった。白衣を纏ったハートフル戦士が、力を発する人差し指でランをさし、こちらを見下ろしていた。
『ハートフル戦士ガ……モウ一人ダト!?』
足を再生したランは、ダークアクアの懐に踏み入った。ダークアクアは即座に右手の流水剣と、左手に造った水の円盤を振り下ろした。ランの両腕が斬り落とされた。
『再生スル前ニ仕留メテヤル!』
ダークアクアが流水剣をランの首に向けた、次の瞬間だった。
切断された手から落ちた柄を噛み、ランは口で持ち上げた大剣を、ダークアクアの胸に突き刺した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!