ビルの隙間から、神崎千早は道路へ飛び出した。血の霧で目潰しされたダークガンの前へ躍り出ると、指先にハートフルエナジーを迸らせて囁いた。
「どうせもう助からない人間の死体だ、敵に勝つために使うことに文句を言うなよ」
その言葉は、ハートフルフォンで通信する妖精たちへ向けたものだった。一瞬の間を置き、オウルンの声が応答した。
『わかったホッホー。代わりに、絶対に勝ってホッホー』
「当たり前だ」
千早は瞳を強く発光させ、合掌した。
サイコ・ブラッドの能力『血肉を統べる指』は、その名の通り血肉を操る力である。血肉は人、動物、魚類や昆虫類までをも対象とし、コントロールの精度は自分、つまり人間に近いほど高まる。
今、この渋谷にはダークガンの凶弾により犠牲となった一万人以上の死体が溢れている。『血肉を統べる指』がコントロールを最も得意とする人間の血肉、およそ一万体分が千早の意のままであり、そして武器となる。
道路を挟む両サイドの建物から、窓や壁を突き破って十数本の肉の蔓が飛び出した。ダークガンの凶弾に倒れた犠牲者の肉が細く伸ばされたものだ。
肉の蔓は血の霧で包まれたダークガンの手足を縛り、同時に左右に引いた。さらに他の建物からも肉の蔓が伸びて、ダークガンの全身を縛った。四方八方から肉の蔓で縛りつけられ、ダークガンはたちまち身動きを封じられた。
『……ファイア……』
拘束されたまま、ダークガンは全身の銃を乱射した。銃撃を受けた肉の蔓がブチブチとちぎれていく。千早は両拳を握りしめてクロスし、ダークガンを縛る肉の蔓を増やしながら、顔をしかめた。
「……そう長くはもたんぞ、早くしろ」
ダークアイのテレパシーが、ダークガンの頭に響いた。
(『モウ二人ノ戦士ガ、マダ生キテイタゾ!』)
『……オーノー……』
ダークガンの後方からエンジン音が徐々に近づいていた。千早は顔に汗を浮かべながら、ハートフルフォンに向けて呟いた。
「遅いぞ」
水鶏芭海の声が応答した。『そりゃ悪かったね!』
BMW製のスーパースポーツバイクを駆け、サイコ・プレデターはダークガンのもとへ道路を疾走していた。その後ろには鶴来ランも乗車し、芭海の体をしっかり抱きしめていた。
敵前に身を晒すこの特攻とすら言える苦肉の策は、千早の提案だった。
(観測手が私たちの位置を常に把握している以上、隠れても何の意味も無い。ならばむしろ、ダークガンと対峙して観測手の利点を失くす)
こちらには数の利がある。つい数日前に会ったばかりのメンツで、チームワークには不安しかないが、戦闘は長引くほどにこちらが不利になる。
(一撃必殺を狙う短期決戦だ……上手くやれよ、イカれ女ども!)
芭海が跨るバイクは、ヘッドライトとエンジン、タイヤに一つずつプレデターアイを寄生させ強化されていた。燃料とエンジンの枷から解き放たれたBMWは時速350キロに到達し、まさしく風のような速さでダークガンの背中へ肉迫していた。
(『撃テ、ダークガン!』)
『……オフコース……』
ダークガンは背中に生えたアヴェンジャーを掃射した。
「左に傾くぞ! 落ちるなよ!」
「はい!」
芭海は車体を大きく傾けドリフトし、弾丸の雨をかいくぐった。度重なるミサイル攻撃で黒く煤けたランの頬を、弾丸が掠る。アスファルトと擦れた車体から火花が散り、撃ち抜かれたタイヤのスポークが宙を舞った。
バイクが横転する寸前、ランが大剣を路面に突き立てた。アスファルトに深く刺さった大剣を軸に旋回し車体を立て直すと、芭海はアクセルを捻り再び前進した。発進に合わせ、ランは大剣を路面から引き抜いた。
BMWを追い、向きを変えようとしたアヴェンジャーに肉の蔓が巻き付いて妨害した。狙いを外したアヴェンジャーの弾が、道路沿いのビルの壁面を削る。
ダークガンまであと五十メートル。ダークガンは双肩にある合計四つのスティンガーを発射した。ダークアイが操るミサイルは一旦上空へ飛ぶと、白い煙を吐きながら旋回し、うち三つはランと芭海を、一つは千早を狙って急降下した。
「そうくると思ったよ」
千早が掌を開き、両手を上下に広げた。ダークガンを包むように浮遊していた血の霧が一気に凝結し、十本ほどのパイルに変形した。
指先を空に向けると、血のパイルは呼応するように方向を変え、千早とバイクを狙うミサイルに突き刺さった。パイルに串刺しにされたミサイルは全弾、空中で爆発した。
ミサイルの破片と爆風が降りかかるなか、芭海はアクセルを全開に切りダークガンの直前まで迫った。ダークガンの横を通るように芭海がハンドルを操作し、後ろに乗るランが大剣を振りかぶった。狙いがぶれないように芭海の体を強く抱きしめ、片手で握った大剣にアクアストーンの力を込める。
ロザリオ型のハートフルジュエリーが発光し、大剣が流水を纏った。バイクが傍らを通過する瞬間、ランはダークガンの背中目がけ大剣を振り抜いた。
「『流水斬』!」
流水を纏った斬撃が触れる直前、ダークガンは足裏から対戦車地雷を出現させていた。百を超える銃器を纏ったダークガンの重量は、対戦車地雷の踏圧板に充分な垂直加重を与え、起爆条件を満たした。
『……ボン……』
対戦車地雷が爆発し、ダークガンは自分もろともランと芭海を吹き飛ばした。銃撃で既に脆くなっていた肉の蔓は、衝撃で全て引きちぎれてしまった。
爆発の瞬間にランは大剣を振り抜いていたが、爆風で上空へ飛んだダークガンには惜しくも当たらず、足裏を掠った程度だった。
「なッ!?」
「!!」
「!?」
千早は瞬時に肉の膜を張りランと芭海を守ろうとしたが、ダークエナジーで強化された対戦車地雷の爆発力には敵わなかった。千早も爆風に飛ばされてしまった。
ランはバイクから振り落とされ、建物の外壁に叩きつけられていた。芭海はバイクごと、道路沿いのファッション店に突っ込み、ガラスの中に展示されていたマネキンを薙ぎ倒した。
爆発に見舞われた道路には巨大な穴が空いていた。十メートルほど上空へ飛んだダークガンは、地雷を直接踏んだ右足の脛から先が捻じ曲がっていたが、ランに与えられていたであろう致命的な傷は完璧に回避していた。
『……セ~フ……』
最高到達点で宙返りすると、ダークガンは落下しながら両腕のライフルを体内に格納し、新たな銃器を生やした。
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