ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第16話 水鶏芭海の人肉食生活と、鶴来ランの新生活☆(後編)

公開日時: 2020年9月11日(金) 22:00
文字数:3,547


 ダークアクアの出現、及び△△町の大破壊から一週間が経った。

 この一週間という期間は非常に重要だった。

 歴代のハートフル戦士の記録では、統計的にダークゴットズは約一週間に二、三回のペースで人間界に襲撃を行っていた。彼らが一挙に攻めず、小出しに現れるのには理由があった。

 彼らが住むダークアンダーワールドから人間界へ渡るにはかなり高いエネルギーが必要となり、また渡る者の力が強ければ強いほど、世界間を行き来するのにコストがかかるという。

 以前までは敵の個体の力が弱かったため、週に数回現れていたが、現在のダークゴットズは手下でさえ強い力を持っているため、世界を渡るのはおそらく一週間に一回が限度なのではないかと、オウルンたちは考えていた。。

 神崎千早はオウルンの説の信憑性は高いとみていた。ダークグラビティの出現からダークアクアの出現までは八日間空いていた。一日の誤差はあるものの、読みは間違っていない。

 ダークグラビティとダークアクアの強さはだいたい同じほどだと千早はみていた。世界を渡る条件さえ揃えば、ダークゴットズは最短で手下を寄越すはずだった。それはつまり、前の敵から次の敵が現れるまでの期間の長さは、次の敵の強さに比例するということではないだろうか。

 あれから今日で一週間。もしも奴らが現れるとしたら、最短で今日だ。もし今日出現しないとしたら、もしかしたら次に現れる敵は先の二者よりも強い可能性があった。だから一週間目のこの日、神崎家には緊張が走っていた。

 と言っても、緊張していたのは妖精たちだけだった。当人の戦士たちは、実にゆったりと普段通りの生活を送っていた。

「頼りになるのか、危機感が無いのか時々わからなくなるキュ」

 千早の聞こえないところで愚痴をこぼすキュウコに、オウルンは苦笑することしかできない。

「前者であることを祈るホッホー」

 キュウコとオウルンとロケロンは、キッチンで昼食を作っていた。千早の機嫌を損ねないために、全員人の姿に変身していた。

 料理をしているあいだ、リビングのテレビをつけっぱなしにしていたが、まだ何も大きな事件は起きていない。午前中は平和に過ぎていった。どうかこのまま今日が終わってくれればとキュウコは祈った。

「良い香りがしますね」

「あ、ラン!」ロケロンが元気な声を出す。

 二階から降りてきた鶴来つるぎランは、ゆったりとした黄色いワンピースにベージュのカーディガンを着ていた。もとから大人の色気があったが、落ち着いた服を着るとさらに大人に見えた。首からは孤児院にいた頃から持っているロザリオを提げていた。

 母性すら覚える柔和な微笑を浮かべ、ランはロケロンたちに尋ねた。

「お昼ですか?」

「そうだキュ。もうすぐできるキュ」

「そうですか、こちらも今終わったのでちょうど良かったですね」

「ランは何をしていたんだケロ?」

「ハートフルエナジーのコントロールの練習をしていました。千早さんからいただいた課題をもとに、簡単な放出やバリアなどを」

 ハートフルエナジーはいわば万能の力である。

 願いや希望といった感情から生み出されるハートフルエナジーは、当人の望みに順じた性質を持つ。が、主に精神のトレーニングを積むことにより、ハートフルエナジーは一定のコントロールが可能なのだ。

 願った形に変わるハートフルエナジーはある意味、変幻自在の力ともいえる。熟練すれば、キュウコたちのように変身したり、一般人に見えないように姿を隠したり、果ては違う世界へ渡ることもできる。

 千早は早々に独学でハートフルエナジーの制御をほぼ完璧に習得していた。人的資源、つまりハートフル戦士をより強く鍛えるために、千早はランに力の制御を指南している。日ごとに課題を与え、習得したら千早の前でテストする、といった具合だ。

「大変だったキュね……バリアは高等テクだキュ」

「いえいえ、それほどでもありませんでしたよ」

「キュ!?」

「さすがランケロ~! 天才ケロ~」

「照れますねぇ」

「マジかホッホー」

「キュウ……」

 千早が提示する課題というのがまたかなりの難題で、一日やそこらで習得できるレベルではなかった。ランの訓練を始めた頃、キュウコとオウルンが苦言を呈したほどだった。ところが、ランは千早が渡す無理難題をことごとくクリアしていた。

 出題する方がする方なら、クリアする方もクリアする方だ。キュウコはランの異常性と、そしてそれを見透かした千早の頭の良さをまだまだ甘く見ていたようだった。

「ラン、千早にお昼ご飯いるかどうか、訊いてきてくれるキュか?」

「わかりました。地下ですよね」

「そうだケロ」

「ドアは開けっ放しだから入れるホッホー」

 ランがリビングから出ると、黒い鋼鉄の分厚い扉は開いた状態で固定されていた。高度なセキュリティもこれでは何の意味もないな、と思いつつランは冷たいコンクリートの階段を降りた。

 神崎家での生活に、ランは慣れてきていた。孤児院で過ごした期間が長かったため、個人の住宅で過ごし、尚且つ一人の時間を確保できる生活は新鮮だった。それは今までランにはなかった、自分を見つめて考えるという貴重な時間を与えてくれた。

 孤児院での生活がどうだったかはよく覚えていないが、ここでの暮らしは悪くない。ランは二階の空き部屋を与えられた。孤児院の一人部屋よりも広かった。

 部屋は空っぽで、家具も何もなかった。ランの初めのミッションは生活用品を揃えることだった。

 持っていた衣服も全て孤児院ごと瓦礫の下に埋もれてしまったため、結局衣食住合わせて全て千早に買い与えられることになった。兵士を死なせないために物資を提供するのは指揮官として当然だ、とかなんか難しいことを言っていたが、千早はなんだかんだ進んで色々用意してくれるため、ランは存分に甘えることにしていた。

 朝起きて、キュウコたちの作った美味しいご飯を食べて、自分の時間を過ごし、またご飯を食べて、気が向いたら勉強して、ご飯を食べ、広いお風呂に入り、寝る。人生で最も充実した平穏な生活だった。が、この生活はおそらく今この世界で最も平和と程遠い戦いに従事するためにもたらされているというのは、あまりに皮肉だった。

 階段を半分ほど降りてからランは「失礼しますよ、千早さん」と言った。千早はたぶん聞こえていたが、返事をしないのはいつものことだ。

 机でパソコンに向かっていることの多い千早だったが、今日は解剖台の前に立っていた。解剖台の上には青いプラスチックの、凹凸のある奇妙な形のブロックが幾つか並べてあった。千早は真剣な顔で、そのブロックの位置を微妙に調節したりしつつ、ぶつぶつ呟いていた。

「千早さん、お昼ですよ」

「そうか」

「一緒に食べますか?」

「後で持ってきてくれ」

「いつ頃に」

「5分後、いや、10分後だ」

「わかりました」

 めんどくさいから5分後に持ってこよう。

 ランは解剖台を眺めつつ、千早の隣まで歩いた。

「なんですか? これ」

 千早は訊いたことにわりと答えてくれるので、ランはよくこうして質問をする。千早は愛想のないわりにお喋り好きであることは、初対面の時からわかっていた。

 顎に手をあててじっと解剖台の上のブロックを見ながら千早は言った。

「これは型枠だ」

「かたわく?」

 背後の血で満たされた死体槽を親指でさした。

「そこにいる日ノ出才子を復活させるのに要る。木製でも良かったんだが時間がかかるし技術が無いから、3Dプリンターで造った。あいつの体の再構成をする時に、あたりをつけるのに使う」

「へぇ~」

 ランは枠にチョコレートを流し込んで固める過程を想像した。千早が顔も見ずに、「今お前が考えてるほど単純じゃないぞ」と言った。鋭い。

 形を失った才子が収められた死体槽のガラスに、ランは手を触れた。冷たい。赤黒い水槽の中には、骨や肉片が浮いている。これが人間に戻って生き返るなんて信じられないが、千早ができるというのならできるのだろう。聞いた話によれば、あと一人仲間が集まれば才子を蘇らせることができるという。

 ガラスを撫で、ランはほほ笑む。

「才子さんですか……会うのが楽しみですね」

「そいつの力は敵に勝つのに必須だからな」

「千早さんは会ったことがあるんですか?」

「面と向かったことはないな。一方的に遠目に眺めたことはある」

「どんな子ですか?」

「キュウコの方が詳しいだろ、あいつに聞け」

 机に移動し、千早はパソコンのディスプレイを覗き込んだ。マウスをカチカチ鳴らして千早は言った。

「一つ言えるのは、お前に負けないくらいイカれてるってことだな」

「千早さんも負けていないのでは?」

「……そうだな」

 ランは階段へ足を向けた。

「では5分後に食事を持ってきます」

「10分って言わなかったか?」

「5分後に持ってきます」

「ああもうわかったよ。好きにしろ」

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