ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第19話 プードルンの説得! 芭海、ハートフル戦士になって欲しいワン!(後編)

公開日時: 2020年9月13日(日) 15:00
文字数:3,526

 次々芭海はみが人肉を頬張るのを不快そうに眺めつつ、プードルンは口を開いた。

「この際、人肉嗜好についてはもうとやかく言わないワン」

 ワインで口の中を空にし、芭海は言った。

「当たり前だ。豚肉や牛肉を造る人間に、それらの動物が可哀想だから今すぐにやめろ、と言っているようなものだよ。当然のように食習慣に根付いている人間に、それを口にするなと言って聞く者がいるか? 捕鯨禁止を訴える人間と同レベルだ」

 芭海が食べているのは人の頬肉だった。柔らかく非常に美味しい、芭海の好きな部位だ。

「僕にとって人を食べることは至極当然の生活だ。人間だけ食べてはいけない殺してはいけない、なんていうのは君らの精神論だ。家畜も虫も人間も、命の価値は変わらない」

 拳を握りしめ、プードルンは怒りを抑えた。出会ってから何度も説得を試みたが、芭海に人肉食をやめさせる努力は無駄に終わっていた。

 プードルンが芭海のバディを担当することになった理由は、まさにこの彼女の習慣にある。プロジェクトDに選ばれた少女はたびたび殺人を犯していたが、なかでも芭海の殺害数はダントツだ。現在進行形で人を狩り、日常的に食事にしている彼女の異常性は筋金入りである。最も更生が困難なハートフル戦士であるからこそ、熟練のプードルンがバディに名乗り出たのである。

「……わかっているワン。芭海の食生活には口を出さない、それは約束するワン」

 プードルンの心は折れかけていた。カニバリズムの説得に関して言えば完全に諦めている。倫理的ではなく合理的に考えることで、プードルンは目を瞑ることにしたのだ。

 ダークゴットズが行う大虐殺に比べれば、芭海が日常的に行う狩りによる犠牲者などたかが知れている。単純に天秤を比べるならば、芭海に自由にさせて世界を救ってもらう方がずっと多くの人命が助かるのだ。

(……それなのに……)

 だというのに、だ。

 それだけ譲歩したにもかかわらず、芭海はハートフル戦士になることを拒み続けていた。カニバリズムをやめさせられないうえに、戦士へのスカウトもままならないとあっては、情けなくて仲間の妖精にも連絡が取れなかった。キュウコやオウルンはバディを確保し、何度も連絡を図ろうとしてくれていたが、とてもこの状況を伝えることはできない。

 既に二体のストーンホルダーと、キュウコたちは戦っていた。ぐずぐずしてはいられない。プードルンも芭海を説得し、早く他の戦士たちと合流しなくてはならなかった。

「どうして協力してくれないんだワン?」

「何度も言わせないで欲しいな」

 空になったグラスを置き、芭海は氷のような眼差しをプードルンに向けた。

「僕にメリットが無いからだ。なんで得が無いことに僕が手を貸さなくてはならない?」

 これまでハートフル戦士を務めてきた少女たちは、意図して選抜したとはいえ非常に純粋な子たちだったのだと、プードルンは痛感していた。

 妖精が困っているなら、自分に助けられる人がいるのなら、たったそれだけの純粋な善意で彼女たちは危険な戦いに身を投じてくれていたのである。

「町が二つ破壊されたのはニュースで見た。あれが敵のやり口なんだろう? 悪いけど、あんな危険な奴と戦う気は無いよ」

 現状の強大化したダークゴットズに対する勝機はかなり薄い。芭海の言い分はもっともなのだ。

 それでもプードルンは引き下がれない。でなければ、世界は滅ぶしかなくなってしまう。

「芭海が戦ってくれないと、世界は滅んでしまうワン」

「それが?」

「い、いいのかワン? 死んじゃっても……このままだったら、人を食べることも自由にできなくなってしまうんだワン」

「仕方の無いことなんじゃないの? ダークゴットズだっけ? そいつらの攻撃は、自然災害みたいなものさ」

 最後の一切れにフォークを刺し、顔の前に掲げた。赤い肉が光を反射してテカテカと光った。

「迫り来る津波を止めようとするか? 地震を止めることができるか? 落ちてくる隕石を阻止することはできるか?」

「…………」

「敵の力はそういうレベルさ。太刀打ちできるものじゃない。世界が滅ぼされてしまうというなら、僕は甘んじて受け入れる。誰も恨むことはできないよ。何せ力の差は歴然なんだからね。天災には敵わない……あむっ」

 頬肉を口に入れ、芭海はフォークを皿に置いた。つい身を乗り出しプードルンは言った。

「芭海が立ち上がれば、阻止できるとしてもかワン!?」

 咀嚼しながら芭海は答えた。

「……うん、そうだよ。別に人類が滅びようが宇宙が消し飛ぼうが、僕にとってはどうでもいいことだ。願うならば最期の時まで美味しいものを食べていたい。想うことと言えばそれだけ」

「芭海のお父さんも死んでしまうワンよ?」

「仕方のないことだよ。それに、人はいつ死ぬかわからない。たまたまダークゴットズの『天災』で死ぬだけのことさ。僕は自分自身も含めて、誰が死のうともどうでもいいと思っている」

 芭海の脳裏を、三か月前に出会った初恋の少女の顔が過ぎった。もし例外があるとするならば、彼女――日ノ出才子に他ならなかった。

 才子のためならば芭海は何でもするだろう。才子の幸せのために、芭海は彼女から離れたのである。才子に向ける芭海の愛情はどこまでも透明で純粋だった。

 己の心を犠牲にして才子の幸福を願った、芭海の気持ちに嘘はない。しかしそれを打ち明けてしまえば、プードルンはまたうるさく説得を試みるだろう。面倒極まりない。

 それに、芭海にとって才子への恋心は食欲以上に神聖で大事な感情だった。むざむざと他人に暴露してしまうわけがなかった。

(才子ちゃん……今、どこで何をしているのかな……)

 三か月前、芭海は意識を取り戻した才子をそのまま解放した。連絡先も、家がどこかも聞かず交通費だけを渡し、駅まで送った。居場所を知ってしまったら、我慢ができなくなるとわかっていたから。実際、芭海はあれからずっと、今でも才子に会いたくて仕方なかった。本当に純粋な恋心だった。

 会ってはいけない、と芭海は自分を律し続けていた。父がそうしたように。自分は人とともに生きることはできないのだ。才子も、再び芭海の家を訪れたりはしなかった。

(……あぁ、だめだ。才子ちゃんのことを考えると、胸が苦しくなる)

 芭海は食器を持ち立ち上がった。リビングを出ながら、俯いたプードルンの膝に置いてある本を一瞥した。

「その本、持って帰ってもいいよ。僕は部屋に戻るから、あとは好きにして。泊まるなら泊まってもいいし。帰るなら鍵閉めて行ってよ。あの泥棒みたいな魔法で鍵いじれるんでしょ?」

 食器を片付け、芭海は階段へ向かった。プードルンは頭を抱えながら、階段に足をかける芭海に言った。

「本当に、一緒に戦ってくれないかワン?」

 苦し気な声だった。顔を見ると、プードルンは懇願するような表情をしていた。芭海はプードルンの肢体を眺め回し、肩をすくめた。

「妖精で良かったね、プードルン」

 階段を昇り、芭海はため息を吐いた。

「あんまりしつこいからさ。もし人間だったら、殺して食べてるところだよ。肉付きだけなら美味しそうだから」

 

 

 プードルンはジャケットの内ポケットからハートフルフォンを取り出した。芭海のために用意した戦士専用のハートフルフォンだ。

 戦士になる約束をしていない芭海には、まだハートフルフォンは渡せない。芭海のようなサイコパスは、手にした力を何に使うかわからないからだ。

 今のままでは、芭海は人を捕らえるためにハートフル戦士の力を利用するだろう。プードルンは芭海と信頼関係を築き、ハートフルエナジーを正義のためだけに使うことを誓わせなくてはならない。

「……あの子に、正義を?」

 プードルンの目には涙が浮かんでいた。ハートフルフォンを握る手に力が入った。

「あんな人間のどこに……良心があるんだワン……っ?」

 世界は追い詰められていた。もう後がない。だからこそサイコパスの少女たちに頼るしかない。でもその希望にすら、見放されようとしている。

 いったいどうしたらいい。どうしたら世界を救える? 先代の戦士たちが、かつてのプードルンのバディたちが守ってきた世界を救うためには、いったいどうしたらいいっていうんだ。

 プードルンは借りていた小説を全て読み、書斎に戻してからロッジを後にした。

 本の中でゾンビに滅ぼされかけた人類は、辛うじて生き残り抵抗を続けていた。その後のことは描かれていなかった。プードルンたちが手にしなければいけないのは確実な勝利だった。これは現実の話だ。結末はどちらかしかない、滅ぶか、生き残るか。

 人肉の臭いが染みついたロッジには長居したくなかった。今日の説得は諦め、プードルンは家を後にした。走り去るプードルンの車を、芭海は二階の窓から眺めていた。

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