【ハートフル・フィニッシュ】……ハートフル戦士の必殺技。通常時は使用できない。ハートフルエナジーを消費することで発生するヒートパワーが一定まで溜まると発動できる。極めて高い破壊力を生む。
例……サイコ・アクセルの『神速拳』
市街地から離れ、千早たちはなんとか爆発圏内を逃れていた。熱を浴びることはなかったものの、爆風を浴びて吹き飛ばされてしまった。肉を膨張させてクッション代わりにし、なんとか助かったのだ。
爆発から逃れるために、千早はほぼ全てのハートフルエナジーを使い果たしていた。満身創痍になりながらなんとか変形させた血肉を元に戻し、千早は煙に覆われた市街を眺めた。
汗だくでげっそりとし、目の下に隈を浮かべて怒りを露わにした。
「あのクソ野郎……水を操るって分解もできるってことかよ! クソが!」
威力もやり方も無茶苦茶だが、ダークアクアにとっては最善策だったことは千早にもわかる。千早がダークアクアなら同じことをする。
ダークゴットズたちはハートフルエナジーによる攻撃でしかダメージを受けない。単純な物理接触では傷をつけられないのだ。
つまり、ただの化学反応に過ぎない水素爆発では、どれだけ威力があったとしても、爆発のど真ん中にいたとしても、ダークアクアは一切ノーダメージだということだ。
(やられた……全く予想すらできなかった……クソッタレ!)
空高く立ち昇る白煙を仰ぎ、ロケロンが騒いだ。
「ランは!? ランはどうなったケロ!?」
自分が逃げることでさえギリギリだった。やはりランを助けに行かず正解だったと千早は考えた。同時に、ランの生存は絶望的だった。何しろ爆発のど真ん中にいたのだ。
あの大爆発ではランも粉々になってしまっているだろうし、焼け焦げて炭になったら、千早の能力でも治すことはできない。
(3人目の戦士を喪ったか……私としたことが詰めが甘かった……)
ダークアクアも瀕死だったが、ハートフルエナジーが底をつきかけている千早ではトドメを刺しに行くこともできない。ダークアクアは見逃すしかないだろう。痛い敗北だった。
「ねぇ! ランはどうなったケロ!?」
千早は苛立たし気に言った。
「うるせぇ、あの爆発で生きてるわけねぇだろ!」
「そんな……!」
オウルンが声を上げた。
「待つホッホー!」
「あ?」振り向くと、オウルンはハートフルフォンを覗き込んでいた。画面には、吹き飛ばされた地下鉄のマップが映されていた。先ほどランが居た場所だった。
「……!」
マップに、青く点灯する十字架があった。ランが持つハートフルフォンの現在地を示していた。
(ハートフルフォンが無事? あの爆発で……?)
千早は顎に手をあてぶつぶつと何かを呟き、再び白煙に包まれた市街地を振り向いた。
「生きているのか……ラン?」
水素爆発の爆風からも炎の熱からも、一切の影響を受けずにダークアクアは健在していた。しかし彼は今、信じ難い光景にただただ絶句していた。
目の前に、ランがいた。忌まわしきハートフル戦士が、五体満足で生きていたのだ。
『…………ッ???』
あまりの驚愕に声すら出せない。ダークアクアはランの姿をまじまじと凝視していた。
ランは大剣を足下に突き立て、それを盾にするかのように跪いていた。柄を握る手や、修道服の裾や髪が多少焦げていたが、それ以上の目立つ怪我は窺えない。
「……はぁ~……」
深々とため息を吐き、ランは立ち上がった。十字架型の瞳孔がダークアクアを見下ろす。幻覚ではない、ランは確かにそこにいた。
ようやく現実の理解が追いつき、ダークアクアは無意識に喋った。
『馬鹿ナ……何故、ダ……ハートフル戦士ハ物理干渉カラ逃レラレナイハズ……』
ランとダークアクアがいる場所は、既に更地になっていた。線路や電車は跡形もない。煙が漂っているため周囲を見渡すことはできないが、辺り一面は何も残っていなかった。
全てを消し飛ばす大爆発。そのなかでサイコ・ブレイドは生き残っていた。
『アノ爆発ヲ……防グコトナド、出来ルハズガナイ……何故ダ! 何故貴様ハ生キテイル!?』
ダークアクアが喚き散らす。ランは冷めた目で瀕死の鎧騎士を睨んだ後、顔を手で上下に撫でた。手を放すと、ランは穏やかな微笑の仮面を被っていた。
「流石に、焦りましたけどね」
焦った、の一言で済ませることが何より信じられなかった。絶望を与えるはずのダークアクアが、絶望していた。
――何ダコイツハ? コイツハ一体、何ナンダ?
「わたしの能力を教えましょう。名は『万物を斬る剣』。早い話が、何でも斬る力です」
皮膚が黒く焦げた手で、ランは大剣を地面から引き抜いた。ランの足下だけが、爆発が起きる前の線路を残していた。大剣の突き立てられた位置から、まるで分水嶺のように爆発の跡を避けた模様ができていた。
ランは逆手に握った大剣を掲げて見せる。
「何でも斬れるとは、言葉の通り何でもです。水も空気も、ダイヤモンドも、人も虫もわたしもあなたも――爆風と熱も」
『!? 爆風ト……熱、ダト?』
手首を反転させ柄を握り直し、ランは剣先をダークアクアの眼前に突きつけた。
「咄嗟でしたけどね。まぁ、神様のご加護か……」二つの首のない死体が脳裏を過ぎる。「もしくは誰かが、わたしを守ってくれたのでしょう。爆風を斬れ、とね。襲いかかる強烈な爆風と炎、熱を斬り裂いたこの剣の陰で、わたしは生き延びることができました」
ランはロザリオを手に取りキスをした。ふふっ、と嬉しそうな笑い声が漏れた。
「信じる者は救われる……とっても素敵ではありませんか?」
ロザリオが激しく光り輝いた。眩しい光に包まれ、ダークアクアの視界が真っ白になる。
次に目を開けると、ダークアクアはどこかの礼拝堂にいた。
清潔な壁、整然と並ぶ参列椅子。ダークアクアは左右の参列椅子に挟まれた通路にいた。通路には赤いカーペットが敷かれていた。
祭壇には十字架が祀られていた。その奥にはステンドグラス。一見美しいステンドグラスは、しかしよく見ると首のない男女が車に乗る姿を、後部座席から見た景色を描いていた。
『何ダ……何ダココハ!?』
目の前にランが立っていた。ランの手に大剣はなく、ロザリオを愛おしそうに指で撫でていた。聖女のように優しくほほ笑み、ランはダークアクアに言った。
「ここは全てが赦される場所ですよ」手を合わせ、祈りを捧げる。「あなたの罪も、全てを赦します。あなたに殺された人たちも、教会のみんな……マザーやシスター、ミナたちも、あなたを赦してくれるでしょう」
地平線の先まで広がる、果てしなく広大な礼拝堂の椅子にはびっしりと首のない人間たちが座っていた。堂内にいるのは、ランが口にした者たちだった。ダークアクアの凶行によって命を奪われた者たちだ。何千人という首のない人、人、人。マザー、シスター、ミナ、孤児院の子供たち、田島直樹、地下鉄の乗客。ダークアクアが顔すら見ずに奪った無数の命たちだ。
ダークアクアは身動きが取れなかった。彼は、祭壇の目の前でギロチンにかけられていた。
『エ!? ナ、ナンダコレハ!?』
跪かされ、ダークアクアは斬首台に頭を固定されていた。首をよじりどうにか上を見上げると、傾斜のついた巨大な刃が吊り下げられていた。
ステンドグラスから差す光を反射する刃を目の当たりにし、恐怖がないはずのダークアクアに恐怖が芽生えた。空っぽの鎧に過ぎない彼の体が、恐怖でカタカタと震え出した。
『待テ……待ッテクレ……』
ギロチンの上部に備え付けられた滑車から伸びる鎖は無数に枝分かれし、そしてその先端は、参列する首のない犠牲者たち全員の手に握られていた。
何が起きるのかをダークアクアは悟った。恐怖という感情の芽生えた彼の魂が、待ち受ける凄惨な未来に絶叫していた。
「これは赦しです。裁きという名の」
にっこりほほ笑み、ランは踵を返した。祭壇の十字架に向かって跪き、こうべを垂れ祈る。参列する犠牲者たちも、鎖を握った手を合わせ同じように祈った。
ダークアクアの鎧がガタガタと激しく鳴る。
『ヤメロ! ヤメロ、待ッテクレ! ヤメテクレ! モット! モット楽ニ殺シテクレッ!』
ランはくすりとした。
「おかしいですね。ギロチンは苦痛のない処刑法だというのに……」
カラン、と頭上の滑車が回転する音が聞こえた。
犠牲者たちが、一人また一人と手にした鎖を放していった。祈りを捧げながら鎖を手放す、そのたびに吊るされた刃が微細に揺れた。
滑車と刃の揺れる音が次第に加速する。一人ずつ鎖を手放すたびに死が近づく、少しずつ早くなりながら明確に近づく死の足音が、ダークアクアの全身をよりいっそう震わせた。
『イヤダ、ヤメロ……早クヤレ! 早クヤレ! 早ク終ラセテクレ! ソノ音ヲ我ニ聴カセルナ! 頼ム、早ク殺シテクレッッ!! 許シテクレ!』
「おかしなことを言いますね。あなたは今——まさに、赦されているというのに」
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