【ハートフルランド】……妖精が住む、人の夢と希望が生み出した幻想空間。人間がハートフル戦士に変身する装置を開発し、太古から人間界をダークゴットズから守ってきた。ハートフルエナジーで満ちており、一歩でも踏み入れば浄化されてしまうため、ダークゴットズは侵入ができない。逆も然りであり、妖精は穢れてしまうためダークアンダーワールドには入れない。
唯一侵入できるのは強大な力を持つダークエンペラー。
日ノ出才子には何もなかった。
両親は家にいることがほとんどなく、およそ愛情と呼べるものを与えられた記憶はない。姉は引っ込み思案で、幼少期からまともに遊んだ記憶はない。
才子にあるのはテレビだけだった。幼い頃からテレビを見て過ごしていた。
なかでも可愛い女の子が変身して、悪者をやっつけるアニメが大好きだった。いつか自分もああなりたいと思っていた。
才子にはそれしかなかった。
それ以外の世界を知らなかった。それ以外になりたいと思えるものは一つもなかった。彼女の途方もない空洞には、変身ヒロインというたった一つの理想像しか存在していなかったのだ。
そのまま中学2年生になった。いまでも彼女は、自分がいつかアニメに出るようなヒロインになれる日が来ると信じている。
日ノ出才子の世界に必要なのは、自分と、自分が斃すべき敵だけなのだ。
♢
ダークグラビティが重力の球を空高くに浮遊させる。噴き出すダークエナジーを見たキュウコは、耳と尻尾をピンと張った。
「な、なんて強いダークエナジーだキュ!」
五つのダイヤが円陣を組み、回転しながら才子の目の前で広がった。肌をピリつかせるほど凄まじい破壊の想定規模に、才子は目を剥いた。
「やっば」
回転するダイヤから、強力な斥力が放たれた。才子は紙一重で横に走り出したため斥力を逃れたが、背後にあったビルは丸ごと消し飛んでいた。
「あれは流石に死ぬなぁ……!」
ダークグラビティが左手を才子に向け、再び斥力を放つ。才子はアスファルトを強く蹴り、全力疾走で斥力を躱した。
ダークグラビティが放つパワーが、街を蹂躙していく。高層ビルが紙くずのように粉々に散り、車も電車も人も、何もかもが容赦なく吹き飛ばされた。
地響きがしたかと思うと、砕け散ったビルの破片や吹き飛ばされた車が、空高く上昇を始めていた。辺り一帯のビルが根こそぎ地面から引っこ抜かれ、空に浮かぶ黒い球体に引き寄せられていく。
吸い寄せられた建物や瓦礫、コンクリート片はやがて大きな塊となっていった。才子とダークグラビティの周囲が更地になる頃には、空には巨大な瓦礫の塊が五つ浮かんでいた。
ダークグラビティが左手を上げる。ダイヤが空に浮かぶ瓦礫の塊の裏側に回り、ぴったりとくっついた。
何が起こるかは、容易に想像がついた。
「ははっ……ちょっとまずそう~」
ダークグラビティが両手を振り下ろしながら叫んだ。
『グラビティ・メテオッッ!!』
宙を浮いていた瓦礫の塊が斥力によって弾かれ、高速で才子目がけて降り注いだ。
球体は1つにつき直径100メートル近くあり、それぞれがまさに隕石の如き威力を持っていた。
「ぉらぁっ!」
全速力で走り、才子は一つ目の隕石を免れた。が、さらに2つめ、3つめの瓦礫の塊が、才子目がけて降ってくる。
「あはっ……」
2つ目は躱しきれなかった。直撃の寸前、瓦礫の塊を殴りつけて跳び、なんとか衝突から逃れる。路上を転がり立ち上がると、すぐに3つめの塊が頭上に迫っていた。
「はははっ……ははははは………!」
才子は、正面から隕石を殴りつけた。
パンチの衝撃が瓦礫の塊を震わせるが勢いは止まらず、才子は崩れる隕石の下敷きになった。
『…………』
残り2つの隕石を滞空させ、ダークグラビティは才子を潰した瓦礫の山を睨みつけた。
『!』
一部の瓦礫が吹き飛び、下敷きになっていた才子が外に出てきた。脱出して即、才子はダークグラビティに向かって走り出した。
『ヤハリマダ生キテイタカ!』
才子は頭部から激しく出血し、左腕は折れた骨が皮膚を突き破り露出していた。
「はははははははははは!」
なおも心底楽しそうに笑い声をあげ、才子はダークグラビティを目指した。
『イカレ女メ!』
落下する瓦礫の塊を大ジャンプで躱すと、才子は塊の上を走りダークグラビティの頭上を跳び越え、背後に回り込んだ。
『スピードガ上ガッテイル!?』
背後から、才子がダークグラビティに接近する。振り返りながら、ダークグラビティは両腕をクロスさせた。
次の瞬間、最後の瓦礫の塊の中にあった重力を生む球体と、斥力を生むダイヤがテレポートし、入れ替わった。ダークグラビティがクロスした腕を開いた次の瞬間、斥力が解放され塊になっていた瓦礫が一気に四方八方へ炸裂した。
さながら榴弾の如く破裂した瓦礫群は、明確な狙いもクソもなく、街中に滅茶苦茶に散らばった。
『躱セマイ!!』
コンクリート片や鉄骨、ガラス、車のボンネット、ちぎれた人の腕……無数の瓦礫が才子に襲いかかる。
その時才子に動揺はなく、恐怖もなく――彼女はただ冷静に、落ちてくる瓦礫の隙間にある小さな活路を探していた。
何故そんなにも平静だったのか? 答えは簡単だ。
瓦礫が襲い来る光景が、才子の目にはスローモーションで映っていた。
俗にゾーンなどと呼ばれる極限の集中下における情報量の拡大——が、全くなかったとは言えないが、この現象を起こしているのがそれだけでないことを才子は自覚していた。
胸が熱くなる。ハートフルエナジーが燃えている。きっとこれが自分の能力なんだと、才子は悟った。
力の使い方は、ハートフルフォンが教えてくれた。言葉ではなく概念として、才子の魂に直接、どうやって敵を斃せばいいのかを告げていた。
サイコ・アクセル――その名の通り、才子の力とは――……
加速する能力——『停止不可』ッ!!
才子の肉体が流れる時間は、急激に加速する。小動物が人間よりも早い時間を生きるように、才子は濃く濃縮された時間のなかで、常人を遙かに超えたスピードで呼吸し、鼓動し、思考していた。
緩慢なスピードで落ちてくる瓦礫の雨を難なく躱し、才子はダークグラビティのもとまで辿り着いた。通常の時の流れにいるダークグラビティには、まだ目の前にいるはずの才子の姿が見えていなかった。
この超加速は、ハートフルエナジーが最高潮に充填されなければ発動できない必殺技なのだと才子は早々に理解していた。
発動可能時間は、ハートフルエナジーの消耗速度から概算し、加速中の才子の体感にしておよそ5秒といったところ。
通常の時間ではまだ、0.1秒も経っていない。
時間が通常の流れに戻るその瞬間――才子はダークグラビティの胸の中にある2つのストーンに狙いを定め、拳を振り抜いた。
「ハートフル・フィニッシュ――『神速拳』」
時が戻る。
突如眼前に現れた才子に、ダークグラビティが殴り飛ばされ遥か彼方へ飛ばされた。ダークグラビティの胸の中からは力の源であるストーンが抜き取られ、その2つのストーンは才子の手に握られていた。
『オ……ノレ……ハートフル戦士ィィィィイィィィ!!!』
ストーンを失った黒い鎧は一点に収束すると、直後に爆発を起こした。
木端微塵に散るダークグラビティを眺め、才子は笑顔を花咲かせた。
「ははっ、やった! 勝った! 初勝り――――――――」
通常の時の流れに戻り、才子に大量の瓦礫の雨が降り注いだ。
ガラス片に引き裂かれ、鉄筋に貫かれ、鉄骨に押し潰され、才子はコンクリートの下敷きになった。
噴水のように血を噴き出し、肉片を撒き散らして才子の意識は途切れた。
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