ステルスでダークアイの追跡を逃れ、ハートフル戦士一同は神崎家に無事帰還していた。
病室で変身し、東京へ向かう際に日ノ出才子はあろうことか病室を吹き飛ばしていたので、その辺りの記憶処理で妖精はてんてこ舞いだった。戦士たちは疲れ果てて、家に帰ると倒れるように眠りについた。
その夜、神崎千早は一階のリビングに呼び出された。食事を摂らず寝ていたので空腹が酷く、千早は身を引きずるようにしてリビングに昇った。
「あ、千早! もう準備できてるホッホー!」
「……は?」
食卓には豪華と言えなくもない量の食事と、戦士と妖精全員が揃っていた。空いてる椅子を指し、オウルンが千早に促した。
「千早はそこだホッホー」
「……なんだこれは?」
「なにって、夕食だホッホー」
エプロン姿でキッチンと食卓を行き来していたキュウコが、千早の方を振り向いて楽しそうに言った。
「才子の退院祝いと、祝勝会だキュ!」
「は?」
ランと並んで座るロケロンがうるさいくらい元気な声を上げる。
「ハートフル戦士も四人揃ったことだし! あのダークガンを倒すなんて凄いことだケロ!」
「やったのは日ノ出だけどな」
ランがくすっとした。「その才子さんを治したのは千早じゃないですか?」
「…………」
珍しく私服姿のプードルンが言った。
「息抜きというわけではないけれど……折角だし、それにキュウコがご馳走を振る舞いたいっていうから、千早にも付き合って欲しいワン」
まだ寝惚け気味の千早の背中をオウルンが押し、半ば無理矢理着席させられた。
「千早も、たまにはラボじゃなくてこっちで食べることも悪くないホッホー」
「……」ツッコミたいことよりも空腹の方が勝り、千早はため息を吐いた。「もういい、好きにしろ」
「ホッホー♪」
(……何が嬉しいんだこいつ)
食事が出揃い、全員が席についた。皆がグラスにジュースを注ぐなか、プードルンはまだしも芭海が赤ワインを用意していたことに、妖精一同は目を点にした。
「プードルン? それ……」
「……私は諦めたワン」
「お酒飲むハートフル戦士、初めて見たキュ……」
飲み物の準備を終えると、キュウコが手を叩いて食卓を静かにした。
「じゃあプードルン、お願いするキュ!」
「わかったワン。コホン、では僭越ながら……」
グラスを手に、プードルンは立ち上がった。
隣に座る芭海と、その横にいる才子、それから千早とランをぐるりと見回した。
「芭海、才子、千早、ラン……ハートフル戦士になってくれて、本当にありがとうワン。きっとこれから……辛く苦しい戦いが待っているワン。それでも、私たち妖精はあなたたちを全力でカバーし、ともに戦うワン。だから、どうか……ダークゴットズから世界を救って欲しいワン」
才子が勢いよく立ち、プードルンのグラスに自分のグラスを一方的にぶつけた。
「任せてっ! 何が来ても私がみ~んなブッ倒してあげるよっ! カンパ~イ!」
芭海がワイングラスで、才子のノリに便乗した。
「乾杯~才子ちゃん」
「カンパイ~芭海ちゃん~」
「あ、あの、まだ話したいことが……」
「もういいか? 腹減って敵わん」
「食べましょうかロケロン」
「ケロ!」
「えっと、みんな、プードルンがまだ話してるキュ……」
「協調性……」
「プードルン、この子たちに常識を求めるのは無理だホッホー……」
煮え切らないプードルンを置いたまま、才子の退院祝いと祝勝会、戦士四人集合祝いはぐだぐだとなし崩しに始まったのだった。
「才子ちゃん嫌いな食べ物ある? 嫌いなの全部避けていいよ僕が食べてあげる」
「水鶏お前、人肉以外も食えんのか?」
「食べられるよそりゃ~。これでも高校通ってましたから~」
「へ~! 芭海ちゃん高校生なの? 私は中学生だよ!」
「息を吐くように嘘をつくな日ノ出、お前学校行ったことないだろ」
「ほら、プードルンも座ってケロ!」
「……もういいワン。今日は飲むワン」
「オウルンこれ肉剥いてくれ」
「はいはいホッホー」
「いっぱいおかわりして良いキュよ~!」
「才子ちゃん、あ~ん♡」
「あ?」
「『あ?』って言われた……」
「才子、もしかしてあーんする文化知らないキュ?」
「マジかケロ……」
「アニメで観ませんでした? そういうシーン」
「あったかなぁ……ていうか人が差し出したもの口に入れるのが論外じゃない? 毒入ってたらどうすんの?」
「才子、これキュウコが作ったものだって忘れてるキュ?」
「どうせ日ノ出は敵と戦うシーンしか覚えてないんだろ」
「あれ!? ていうか私が寝てるあいだのニチアサ観れてなくない!?」
「大丈夫才子ちゃん! 才子ちゃんと会った日からうちのデッキに全部録画してあるよ!(観てないけど)」
「ほんとに!?」
「うん! 今度一緒に観よ!」
「わ~い、ありがとう芭海ちゃんっ!」
才子が芭海に抱きついた。芭海は赤面しつつ、才子に厚く抱擁し返した。
「あ~才子ちゃん可愛い~、ずっとぎゅってしてた~い」
「ずっとはやめて~」
「素直~……そこも好き!」
手にしてたフォークを握りしめ、キュウコはじゃれ合う才子と芭海をじっと見ていた。キュウコの手が止まっていることにオウルンが気がつく。
「キュウコ? どうしたホッホー?」
「初めて仲間の戦士を刺したいと思ってるキュ」
「ホ?」
「キュウコも録画しておけばよかったキュ……」
「?」
腹の虫が治まったところで、千早は食卓を挟み対面にいるプードルンに話しかけた。
「プードルン」
「ワン?」
「君に酔いが回る前に話しておきたい。今日の戦いの反省は、まあ今話しても誰も聞かないだろうから明日でいい。……残り二人の戦士についてだ」
「……ワン」
ハートフルランドのプロジェクトD『悪魔計画』に選ばれたサイコパスの少女は全員で六人いる。あと二人、日本のどこかに仲間のハートフル戦士がいるはずなのだ。
「既に妖精が合流し、私たち同様に事情の説明を受けているはずだが……その妖精どもと連絡は取れないのか?」
「ワン……残りの二人を担当しているミミミミンとニャーニャには何度も通信を図っているけど、返事は一向に来ないワン」
「ニャーニャは猫さんの妖精!? ミミミミンは? ミミミミンは何の妖精なの!?」
「ミミミミンはウサギの妖精だキュ」
「日ノ出、君が入るとややこしくなるから話に割り込むな」
「は? ぶっ飛ばすぞ」才子が笑顔のまま言った。
「殺意高ぇな」
「お? 才子ちゃんに喧嘩売るのかお前? 刻んで朝食にしてやろうか」
「水鶏お前は頼むから日ノ出のブレーキになってくれ便乗してくんな」
「賑やかですね~」
「ランは止める気全っ然ないケロね……」
「で、その二人がいまだ姿を見せない理由はなんだ?」
「私が芭海にそうだったように、説得に手こずっている場合が考えられるワン。……あなたたちサイコパスに分類される少女と交渉する機会は今までなかったから……」
「まあ、急に戦士になれと言われても拒むのが普通だな。……だが六人全員揃わないことには、戦況は不利なままだ。ダークゴットズに勝つには六人全員の力が必要だ」
グラスをテーブルに音を立てて置き、才子が挙手しながら立ち上がった。
「ハイハイハイハイ! ハートフル戦士のリーダーは誰にする!? ヒロインがチーム組むならリーダーは大事だよね!」
芭海が親指を立ててウィンクし、才子に言った。
「僕は才子ちゃんがイイと思うよ♪」
「えっ、ヤダ……」
「イヤなの!?!?」
「意外キュ……」
才子はケロッとして言った。「だってなんかリーダーって重要な役目だしメンドくさそうじゃん~」
「うわ~サイコパスっぽいホッホー」
「それに~、真ん中に立つレッドとかピンクって意外とリーダー格じゃないんだよね~」
「わかる~(観たことないけど)」
「芭海の言動が才子の態度によってコロコロ変わるの面白いケロ……」
「芭海さんは尽くすタイプの乙女なんですねぇ」
「リーダーならやっぱり、千早が適任だと思うホッホー」
「そうキュね、参謀も務めてるし」
「私も千早が司令塔だと安心できます」
「僕もケロ」
「リーダーかどうかはどうでもいいが、もとより全員私の指示に従ってもらうつもりだ」
「じゃあリーダーは千早ちゃんに決定ね!」
「は? 千早『ちゃん』?」
「カンパイしよ、カンパイ! ほらグラス持って!」
「うるさい」
「持てよお前殺すぞ」また才子が笑顔で言った。
「だからなんでそんなに凶暴なんだよお前」
神崎家の食卓は夜遅くまで賑わった。その間、才子が何度か口にした言葉がやけにキュウコの胸の中に、染み込むようにして残った。
「はぁ~……いま私、最っ高に幸せだなっ♪」
もし、この一家団欒に似た光景のなかに居ることが、才子にとって初めての経験なのだとしたら――。
「……良かったキュね、才子。……本当に」
日ノ出才子をハートフル戦士にしたことは、少なくとも彼女にとって間違った選択ではなかったのだと――キュウコは信じることができた。
彼女を救えたかもしれない。
そうだ。
世界を救う前に、もっと大事にしなきゃいけないことがあったんだ。
誰かを救うことは、世界を護ることと同じくらい、難しいことだから。
「キュウコ? 大丈夫ホッホー?」
「うん、大丈夫。何でもないキュ!」
才子、私は――あなたと会えてよかった。あなたを救えてよかった。
今は、心からそう思う。
だから。
どうか、この先の長い戦いの中でも。
あなたがその輝きを、失いませんように。
ハートフル戦士サイコアクセル
第1部 完
読み終わったら、ポイントを付けましょう!