東京都
渋谷スクランブル交差点の一度の青信号で行き交う人の数はおよそ三千人である。信号が切り替わった途端に、徒競走のピストルが鳴らされたかのように大勢の会社員や学生、主婦、様々な人間が互いへ四方から歩き出す。
午前八時。多くの通勤するサラリーマンや登校する学生が、交差点前で信号待ちをしていた。平和な平日の朝だった。信号が青に切り替わる。
潜在意識で競走に臨んでいるかのような、都会人特有の早足で人々は進んでいく。なかには駆け足をする者もいる。あっという間に、広大な交差点は流れ狂う人混みで溢れ返った。
交差点の混雑が最も高まった時だった。
ガスマスクで顔を覆った黒い鎧騎士が、交差点の中心に降り立った。突然現れた2メートルの黒い鎧騎士が、109ビルの屋上から一歩でそこまで跳躍してきたことなど、行き交う人々は思いもしなかっただろう。周囲の人間にはそんな余裕さえなかった。
ダークガンは着地する際、その場を歩いていた女子高生とサラリーマンを踏み潰していた。潰れた女子高生とサラリーマンの体は折れ曲がり、空を仰いだ腕はビクビクと痙攣していた。隣を歩いていた同級生に、内臓が飛び散った。
着地してからダークガンが次の行動を起こすまで、血を浴びた者や犠牲となった二人の体が折れ曲がる鈍い音を聞いた通行人は凍りつき、何が起きたかを理解することができなかった。
人々が目の前で起きたこと――鎧の騎士の正体は不明だが、すぐそこで人間が惨たらしく死んだ――という事実を悟り、パニックに陥る直前。
出現から一秒後。
ダークガンが両腕を広げる。
突如、黒い鎧の全身からおびただしい数の、ありとあらゆる銃火器が飛び出した。
右腕からはAK-47七丁、M16自動小銃五丁、M4カービン三丁、SIG SG510四丁、H&K HK416八丁、AA-12三丁、レミントンM870四丁が生えた。
左腕からはステア―AUG五丁、M63四丁、FN CAL二丁、StG44六丁、64式7.62mm小銃五丁、AK-47二丁、ミニミ軽機関銃七丁、KS-23三丁、Kel-Tec KSG四丁が生えた。
背中からはH&K MP5九丁、MAC-10五丁、FN P90八丁、UZI五丁、H&K UMP二丁、トンプソン三丁、FEG KGP-9四丁が生えた。
大量の銃火器を体表に生成したダークガンの姿はいびつに膨らみ、奇怪な怪物のシルエットを描いた。本来手動で引くはずのボルトやスライドが自動で稼動し、マガジン内の弾薬を薬室に送り込み射撃準備を完了させた。
ゴーグルの奥にあるダークガンの灰色の瞳が燃え盛るようにボッと光った。ガスマスクの中から、くぐもった声が告げた。
『……ファイア……』
ダークガンの身に帯びた全ての銃が、全方位へ向けて一斉に掃射を開始した。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ。
交差点にいた人々を、銃弾の嵐が襲う。
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン。
三千人の通行人を、弾丸が撃ち抜く。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ。
ダークガンの周囲にいた人間が、波のようにばたばたと倒れていった。真上から見た交差点の景色は、まるで水面に波紋が広がるかのようだった。
真っ赤な鮮血に染まる波紋。
ババババババババババババババババババババババババババババババババババ。
立ち尽くすサラリーマンの腹が無数の弾丸に貫かれ、内臓が飛び散る。逃げ惑う学生の頸動脈を撃ち抜いた弾丸が、その前にいた中年男性の頭を直撃した。男性の片方の眼球が、歪んだ弾丸とともにこぼれ出た。
バララララララララララララララララララララララララララララララララララララ。
無数の悲鳴が巻き起こる。肉が裂ける音や骨が砕ける音が鳴るたびに途切れる断末魔、アスファルトを銃弾が跳弾する甲高い音。それら全てを、合計百八丁の銃器が鳴らす爆音のように積み重なった銃声が掻き消した。
交差点が血の海に染まるのに、一分もかからなかった。銃声がやむと、そこにはもう生きている人間はいなかった。蜂の巣になった学生やサラリーマンや、粉々になった死体が散らかる。
血と肉塊にまみれた地獄絵図の中心に立つダークガンの体から生えた、百八の銃口からは白い硝煙が立ち昇っていた。煙に覆われたダークガンの腕と背中から生えた銃身は高熱を帯びていた。
空のマガジンがダークガンの足下に大量に落下した。ガスマスクから狭い通気口を息が通る音が鳴った。全ての銃に突如、弾薬を充填したマガジンが生えた。ボルトとスライドが自動で引かれ、再び射撃準備が整う。
『……キルオール……』
体表に纏う銃器のそれぞれが、花開くように別の角度を向いた。ダークガンが次に狙ったのは、交差点を取り囲むビル群だった。
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