ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第22話 ある人肉嗜食者の邂逅! 大災厄生中継!!(後編)

公開日時: 2020年9月14日(月) 22:00
文字数:2,398

 どこの国で誰が死のうと、彼にとってはどうでもいいことだ。隣町には彼の娘が住んでいたが、彼女は賢い子なので近づくようなことはしないだろう。きっと心配はない。気になるなら後で電話したっていい。安否確認くらいなら構わないだろう。

 それとも、もう生死もわからなくなってしまう方が、いっそ楽なのだろうか。

 ここで酒飲みの馬鹿どもとつるんでいても仕方ない。この映像も家のテレビで観れる。お代を置いて彼が帰ろうとした、その時だった。

「なんだあいつ!?」

「俺あれ知ってるぞ! 前の水害の時に、似た奴が戦ってる映像を見た!」

「俺もネットで見たぞ!」

 店内が喧しいほど盛り上がった。男はテレビをちらっと見た。

 血まみれのハンマーを携え、侵攻を止めない鎧騎士の前に、一人の少女が立ちはだかっていた。

 少女は奇抜なファッションを身に纏っていた。紫色のラインが走ったトラップサンダルを履き、スリットの入った黒いロングスカートから艶めかしい太腿とともに覗く裏地には、炎を模した紫色の刺繍がびっしり施されている。腰には小さなポーチ。

 身に着けた袖の無い黒いシャツには左右に五つずつボタンが縦に並んでいた。ボタンはよく見ると人の眼球で、ぐるぐると動いていた。

 少女の身なりを見た男は、コックシャツに似ているなと思った。

 シャツから覗く肩には見覚えのあるタトゥーが彫られていた。気のせいだと思いながら彼は少女の顔を見た。

 鼻から顎にかけ、獣の牙を模した面頬で覆われていた。右目の下に二つの泣きぼくろ。

 両眼は紫色で、瞳孔は大きく開いた顎を正面から覗いたような形だった。黒い髪には、ところどころ紫色の毛が混ざっていた。

 妖艶な衣装から覗く逞しい肢体には、凛々しさと同居する獣のような獰猛さが垣間見えていた。

 少女は巨人のような鎧騎士を見上げ、自分の胸に手をあてた。その仕草を見た男は、目を見開いた。

 立ち退きかけていた男が再びカウンターに戻った。店主が振り向き、「どうしたんだ?」と尋ねた。

「いや、別に」追加のスコッチを頼み、彼は呟いた。

「娘に、少し似ているなと思って」

 

 

       ♢

 

 

 現場へ向かう電車内で、オウルンがハートフルフォンを手に慌てて大声を上げた。

「千早! ダークハンマーの近くにハートフルエナジーが出現したホッホー!」

「なに?」

 顔をしかめる千早に、オウルンはハートフルフォンの画面を見せた。映された現場のマップには、紫色の点が点滅していた。キュウコやロケロンも一緒に画面を覗き込む。

「キュキュ!? もしかして、これ……」

 顔に汗を浮かべ、オウルンは言った。

「このハートフルエナジーの強さは、間違いなくハートフル戦士だホッホー」

 千早は電車の外の街を仰いだ。ダークハンマーがいる被害現場まではまだ何キロもある。電車の速度では限界だと思われた。ある程度近づいたら、降車して変身し走って向かった方が早いだろう。外を見つめる千早の心中には、期待と焦燥が同時に湧いていた。

「……四人目の、戦士だと……?」

 

 

 ハートフル戦士サイコ・プレデターへと変身した水鶏芭海くいなはみは、3メートルの巨体を有するダークハンマーと対峙した。

 小ビルが並ぶ市街地は凄惨な有様だった。潰された車両に、煙を上げる建物。蹴散らされた人体の肉片が散らばる道路はアスファルトが割れ、蹂躙された自衛隊の戦車が果てている。ダークハンマーが踏んだ路面は陥没し、ハンマーには血と肉片がこびりついていた。

 芭海は戦車から上半身を乗り出したまま、空を仰いで死んでいる自衛隊員を一瞥した。腹から肋骨が飛び出し、口から血を流して白目を剥いていた。戦車はハンマーで叩き潰され車体がべっこり凹み、主砲が上を向いていた。

 辺りには迷彩服姿の死体が無数に転がっている。五体満足の死体はほぼない。ぐるっと周囲を見回し、芭海は瓦礫とともに落ちていた一時停止標識に目を留めた。

「……」芭海はダークハンマーの顔を見上げた。

 兜の中に黄色い眼が発光し、胸の中では黄色い炎が燃えていた。プードルン曰く、胸の中で燃えるコアを破壊するか、取り出せば倒せるらしい。

 遠くから見た限り、敵の武器は巨大なハンマーとそれを振り回す腕力。外見通りの重量級で、動きはさほど速くない。

 芭海は人体の解体を始める時のように、自分の胸に手をあてて心拍を感じとった。集中力を高め深呼吸し、芭海は言った。

「やあ、初めまして。僕はサイコ・プレデター」僅かに右に寄り、芭海はダークハンマーの方へ歩いた。「君はダークゴットズの手先のストーンホルダー、ってことでいいんだよね? 人々を恐怖に陥れて……ダークエナジー? を、集めてるんだよね?」

 ダークハンマーは兜の中で反響するようにくぐもった声を発した。

『現レタナ、ハートフル戦士メ』

 ブロックからもがれ、路上に転がる一時停止標識の傍まで近づき、芭海は立ち止まった。

「ホントは君に興味なんて無いし、誰が何人死んでもよかったんだけど……都合が変わった。……大人しく僕に殺されてよ」

 ダークハンマーが獲物を振り上げた。重量が乗り、具足がミシリとアスファルトにめり込んだ。

『死ネ、ハートフル戦士』

 ハンマーが振り下ろされる。その瞬間、芭海は足下にあった標識を蹴り上げ、手にキャッチした。

 頭上から迫るハンマーに標識をあてて躱すと、芭海はダークハンマーの懐に飛び込んだ。長身のダークハンマーの頭の高さまで跳躍し、空中で標識を振りかぶった。

 芭海は思い切りダークハンマーの顔面を殴打した。ガキイインと激しい金属音が鳴り、ダークハンマーが後ずさった。

『ナニ!?』

 ダークハンマーの胸を蹴り、宙返りして芭海は着地した。空振りしたハンマーはアスファルトに深く沈み込んでいた。

 ダークハンマーは顔を押さえた。標識で殴られた場所に傷ができていた。黄色く光る眼が丸くなった。

『馬鹿ナ……』芭海が手にした標識を凝視して、ダークハンマーは驚愕した。『タダノ人工物ガ、俺ノ体ニ傷ヲツケタダト……!?』

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