ダークハンマーが出現した街は、神崎家がある■■町から県を二つ跨いでいた。電車を使ったとしても最低一時間以上かかるうえ、この緊急事態下では交通規制がかけられている可能性が高かった。
電車が動かなければ、最悪変身して現場まで走るしかなかった。目下、戦力に次いで千早たちに足りないのは敵のもとへ駆けつけるための機動力だった。
千早たちが電車に乗り込んだのと同時刻、反対側の別の県から渦中の現場へ向かう一台の車があった。
運転席にいたのは茶髪の女、プードルンだった。隣には、ハートフルフォンを握りしめた水鶏芭海が座っていた。
「急にどういう風の吹き回しなんだ?」
水鶏芭海は窓枠に頬杖をつき、車を運転するプードルンに穏やかな微笑を向けた。
「とでも言いたげだね、プードルン」
「…………」
ハンドルを切りつつ、プードルンはちらっと芭海を一瞥し、前方に目を戻した。視線の先にある街には黒煙が上がっていた。
「……当然だワン。ずっと断り続けていたのに、いきなり戦士になりたがるだなんて……我々にとっては嬉しいことだワンけれど、すぐに信頼しろと言うのは難しいワン」
ハートフルフォンと接続したカーナビには、現在車が向かっている街のマップが表示されていた。マップには赤い光が点滅し、ダークハンマーの居所を示していた。
「ま、そうだね。そもそもプードルンはカニバリストの僕を良く思っていないし、正直僕と組むなんて反吐が出るほど嫌なんでしょ?」
「……」沈黙は肯定。
「僕だって善人になったわけじゃない。人はこれからも食べるし邪魔をするなら、一人を除いて誰だろうと排除する」
ハートフルフォンを握りしめ、芭海は胸に手をあてた。恍惚とした表情を芭海は浮かべた。
「ただね、僕、わかったんだ……僕が、本当は何をしたかったか」
「……何をしたいか、ワン?」
「そう」とろんとした目でプードルンを見つめる。恋する乙女のような純粋な瞳は、むしろプードルンをぞくっと震え上がらせた。
「恋って、素敵だね。プードルン。その人のためなら、なんだってできる気がする」
ダークハンマーによる災害から逃れようとする人々でごった返し、対向車線は渋滞になっていた。すれ違う車内に恐怖の表情を浮かべる人々がいるなか、芭海はうっとりしていた。
「才子ちゃんはハートフル戦士、そして僕もハートフル戦士……こんな僕でも、才子ちゃんと一緒に居てもいい理由がある。きっとこれは運命だよ。僕は才子ちゃんの傍に居るべきなんだ。命をかけてでも、僕は才子ちゃんを守るべきなんだ」
渦中の街が近づいてきた。高速を抜けた辺りで警察が交通規制を敷き、ドライバーにUターンを促していた。車ではここから先に行くことはできない。
芭海はシートベルトを外し、ドアのロックを解除した。
「才子ちゃんは変身ヒロインが大好きなんだ。僕が強い変身ヒロインになれば、きっと振り向いてくれると思わない?」
バリケードの前で赤く点灯した誘導棒を振る警官が近づく。芭海が声のトーンを落とした。
「突っ込め」
「……」プードルンはこのサイコパスを利用する覚悟を決めた。「了解だワン」
プードルンはアクセルペダルを深く踏んだ。車が加速する。
助手席のドアを開けながら、芭海はプードルンにウィンクした。日々人の血肉を貪る、白い歯を見せて彼女はニッと笑った。
「才子ちゃんへの恋心――それが、僕の戦う理由さ」
ドアを開けて外に身を乗り出すと、芭海は走行中の車の屋根に登った。規制を敷いていた警官が仰天する。ハートフルフォンを口に咥え、芭海は振り落とされないようにアンテナを掴んだ。
笛を吹き、警官が誘導棒を振り回す。プードルンはアクセルをベタ踏みした。止まらないと判断し、警官が仲間に呼びかけて進路から離れた。
車がバリケードに突っ込んだ。路上に停められたパトカーに衝突しながら、通行止めを無理矢理突破する。プードルンは汗を浮かべてハンドルを強く握り、半ば、もうどうにでもなれという気持ちで飛ばした。
戦場へ向かう車のアンテナから片手を離し、芭海は歯で噛んだハートフルフォンに指を触れた。タッチした画面から、眩い紫色の光が発した。
狂気にも見える笑みを湛え、芭海は詠唱した。
「ハートフルチェンジ」
芭海の全身から溢れたハートフルエナジーが光り輝いた。
体のあちこちから大小様々なサイズの眼球が無数に溢れ出し、芭海を包み込んだ。芭海を完全に覆った眼球の群れは粘性を感じさせるぐちゃぐちゃという音を立てながら蠢いた。やがて眼球同士の隙間から紫色の光を走らせ、大きく膨らむと風船のように弾けた。
周囲に眼球が飛び散る。破裂した眼球のなかから現れたのは、黒い衣装に身を包んだ芭海だった。
顔の半分を覆う獣の牙を模した面頬が微かに開き、芭海の興奮した息が漏れた。街へ続く道路の先に、猛威を振るうダークハンマーが小さく窺えた。芭海は紫色の瞳を輝かせ、身震いした。武者震いだった。
カーナビの現在地に、新たに紫色の光が点灯した。新たなハートフル戦士の誕生だった。
第四のハートフル戦士 サイコ・プレデター
「さァ、どう料理してやろうか?」
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