ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第28話 みんなで頑張る☆ 才子復活大手術12時間!!(前編)

公開日時: 2020年9月23日(水) 12:36
文字数:2,270

 ダークアンダーワールド

 

 黒い雨が絶えず降り、強風が吹き荒れる闇の世界だった。

 どす黒い海の高波が岩を削り、空を劈く雷が荒れ果てた大地を照らす。黒い霧で覆われた世界は見渡すことができない。果たして陸がどこまで続くのか、海がどこまであるのか、どれだけの者がそこに住まうのか、実はほんの小さな部屋の中にあるのか、宇宙のように広大なのかさえ、そこでは全てが不明瞭だった。

 荒波に削られた海岸に、黒い靄に覆われたシルエットが立っていた。赤い双眸そうぼうが闇の中で煌々と灯る。その背後に紫色の双眸が現れた。

 低く、おどろおどろしい声が紫色の瞳の明滅とともに発せられた。

『ダークハンマーまでもが堕ちたか』

 赤い眼を持つシルエットは、荒れ狂う黒い海を眺めながら言った。

『ああ。ハートフル戦士の仕業だ』

『うむ。して、人間界に遣わした偵察から報は入ったのか?』

『ダークハンマーを仕留めた戦士を一人確認した』

『ではすぐに殺すのだ』

『しかし、すぐさま正体隠匿で姿を消されたそうだ。追跡は失敗した』

『小賢しい。脆弱な小娘どもめ』

『…………』

 赤い双眸が一際強く発光し、相手を振り向いた。強い波が断崖絶壁を衝突して弾け、水飛沫が頭上まで昇った。

『脆弱という考えを、我々は改める必要があるかもしれない』

『なんじゃと?』

『ダークグラビティ、ダークアクアに続いて、近接戦に優れたダークハンマーまでもが敗した。以前の戦士を圧倒した我らが誇るべき兵士たちがことごとく帰らぬ身となったのだ』

『うむ』

『この度のハートフル戦士は、一筋縄違うのかもしれないぞ』

『……例えそうだとしても、所詮は人間の小娘よ』

『油断は許されない。ダークエンペラー様の復活が遅れている』

『ああ、それは確かじゃのう。では次は誰を送る?』

『もう決めてある。先の者たちよりも殺戮に特化した兵士だ』

『ほほう。もしや、ヤツか?』

 雷鳴が轟き、雨雲から差す稲妻が黒い靄に覆われた二人を照らした。一瞬、靄の向こうにある赤い眼をした顔が露わになった。雷光に照らされたその顔は髭に覆われ、西洋人の老いた男の姿をしていた。キトンと呼ばれる古代ギリシャによく見られた衣服を身に纏い、露出した肉体は筋骨隆々。絵画、あるいは彫刻で表現されるその姿は、ギリシャ神話の最高神ゼウスそのものだった。

 雷光がおさまり、ダークゼウスの姿が再び闇に包まれた。赤い眼をチカチカと明滅させ、ダークゼウスは黒い海の遠くを見据えた。

『次にゲートが開いた時……人間どもは恐怖に震えるだろう。自らが生み出したものによって滅ぼされる苦痛と戦慄を味わう。そしてその恐怖が生むダークエナジーが、我らがダークエンペラー様復活の一助となるのだ』

 

 

       ♢

 

 

 水鶏芭海くいなはみは一日でハートフルエナジーを譲渡するテクニックをものにした。もう一日かけ、神崎千早かんざきちはやとプードルンの指導のもとハートフルエナジーを他者へ流し込む予行演習を行った。鶴来つるぎラン同様、芭海はみのコントロールセンスはかなり高かった。

 その翌日。ダークハンマー出現と芭海合流から三日後。

「始めるぞ」

 神崎家地下ラボにて、日ノ出才子再生の大手術が決行された。

 

 

 作業台の上には3Dプリンターで造られた才子の全身の型が設置されていた。雪原に身を放ったかのようなくっきりとした人型の窪みは、才子の体の凹凸を限りなく忠実に再現している。型は才子が仰向けに寝た体勢を形作っていた。

 ハートフルエナジーを用いてラボを消毒し、死体槽を作業台の傍に置いた。千早だけが変身し、ランと芭海は無用な消費を避けるためにもとの姿のまま臨んだ。

 千早は作業台の型の隣に時計を置いた。時計はちょうど正午を指していた。

「所要時間はおよそ12時間。そのあいだ、私は日ノ出才子ひのでさいこの再構築に集中する。ランと水鶏は私にハートフルエナジーを注ぎ続けろ。一気に譲渡するんじゃなく、私のハートフルエナジーの消費に合わせてくれ。常に私の力が充填された状態を維持するんだ」

「わかりました」

 芭海が問う。「もしエナジーが足りなくなったら?」

「足りる計算だが、もし不足した場合は妖精どものエナジーを借りる。それでもだめなら諦める」

 芭海の眉がぴくっとした。彼女が口を開く前に、千早が素早く言った。

「失敗する確率は低い。可能と判断できなければ、私は実行したりしない。確実に成功すると言ってもいい」

「……神崎」

「なんだ」

 才子の血肉と骨が収まった死体槽を一瞥してから千早を見つめ、念を押すように芭海は頷きかけた。

「頼んだよ」

「君こそ、12時間終わるまでにへばるなよ」

 千早は作業台へ振り返った。白いローブが揺れた。千早がコリをほぐすように首を回す。オウルンが死体槽の蓋を開いた。途端に血の臭いが漂った。

「失敗なんてしないさ。私にだって、こいつは必要なんだ」千早は両手を作業台の型枠の上に挙げた。「始めよう」

 ランが千早の右肩に、芭海が左肩に片手を置いた。4人の妖精はその後ろで様子を見守っていた。キュウコが唾を呑む音がやけに大きく、ラボの中に聞こえた。

 髑髏型の千早の瞳が強く輝いた。手の十指が仄かに光る。

 死体槽の中の血肉が全て浮かび上がり、型の上に滞空した。無重力空間のように浮く肉塊のなかから、細い糸が数本垂れ下がる。

 糸は型の中に降りると、互いに絡み合い才子の肉体を編み始めた。垂れ落ちる糸には時折原形のある臓物や骨が混ざり、編まれた組織や神経と結合した。組成した肉に血管が張り巡らされ、同時に並行して新たな部位が編まれていく。

 最初に造り始めたのは、胎児と同じく腸からだった。内臓の大半を先に再構築し、そこから上下に向かって体を編み込む。

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