「おい、プードルン」
千早はハートフルフォンに呼びかけた。安全な場所から戦況を見守る妖精たちは、すぐに応答した。
『ブラッド、大丈夫かワン!?』
「大丈夫に見えるかボケ。それより訊きたいことがある」
ダークガンはバズーカ砲を体内に戻し、腹の装甲を閉じた。開いていたヘルメットも元に戻し、急所を隠した。開いたままであればあの場所から崩せたのにな、と千早は内心で苦い顔をした。
「ダークガンが最初に現れたのはいつだ?」
『……1500年代だったはずだワン』
「これまでダークガンを倒したことは?」
『……記録では無いワン』
「ああそうかい。強いわけだな」
誕生してからおよそ五百年、一度も敗北したことのない歴戦の覇者というわけである。
ストーンホルダーは生まれてから時が経つほどに賢くなり、強い自我を持つという。ストーンホルダーの性格や個性に、千早は全く興味がない。だが、目の前にいるダークガンがこれまで積んできた五百年間に及ぶ戦闘経験が本物であることは、確かに理解できた。
これまでのストーンホルダーたちに比べ、ダークガンは圧倒的に戦闘慣れしているのだ。先の三者よりも狡猾で、冷静且つ判断が早い。ハートフル戦士に対して慢心を持っていない。いや、持っていたかもしれないが、そのうえで事態に適切に対処し、千早たちを追い詰めている。
豊富な戦闘経験とガンストーンの能力が、最悪の相性を生み出していた。銃器と爆弾は戦闘のために生まれたものだ。ダークガンは人類の英知と、ハートフルランドの神秘、そして積年の戦闘経験が融合した完璧な殺戮兵器と化していたのである。
(全く皮肉だな、人間はいつも自分が創ったモンで滅亡に追いやられる)
千早は脳をフル回転させていた。
この場での得策は、ランと芭海を連れて逃げることだ。ダークガンは銃器を発生させる特性上、機動力は低い。先ほどから行っている爆発を利用した跳躍も、飛距離は大したことがない。集めた血肉で脚力を強化した千早ならば、ランと芭海を抱えて充分逃げられるだろう。
(と言いたいところだが……)
問題は、もう一体のストーンホルダー。どこかに隠れ潜んでいる観測手だ。
オウルンの話によれば、千早たちの監視に用いられている能力はアイストーンである可能性が高いらしい。ストーンホルダーの名称はダークアイといったところだろう。
能力の性質上、ダークアイは千早が想定していた人間界の偵察員とみて間違いない。偵察員はテレパシーストーンを所持しているはずだというのも、オウルンやプードルンと意見が一致していた。ダークアイの能力はアイストーンとテレパシーストーンで確定だ。こいつの戦闘力はさほど高くない。
逆に言えば、弱いからこそダークアイは姿を見せないだろう。隠れて一方的にこちらの座標を把握し、テレパシーでダークガンに伝達して指示を送る。見事な観測手と言えよう。
(覗き魔野郎がどこにいるのかわからない以上、捕捉から逃れるのは難しい……正体隠匿を使えばタゲを外せるかもしれないが、正直そっちにハートフルエナジーを割いている余裕は無いな……)
ダークガンは自ら追跡はせず、距離が空けばスナイパーライフルやミサイルを使うはずだ。脚力を強化し、狙撃とミサイルを躱しながら、ランと芭海を抱え、尚且つ姿を消してダークアイの視界から逃れる――これだけのことを一度にできるだけのハートフルエナジーは残っていない。
(出来てもギリギリだ……一か八かの賭けに出るのは好きじゃないな……あんまり賢くないし)
それに、こうして悩んでいる時間も、ダークガンは与えてくれない。
これまでの思考は千早の頭脳が瞬時に処理したものだ。現実ではほんの一、二秒しか経過していない。
ダークガンは次弾の装填を行い、射撃準備を整えようとしていた。ダークガンは他のストーンホルダー以上に、躊躇いも迷いもしない。判断も誤らない。確実に千早たちを仕留めに来る。
千早の脳は焼き切れそうなほどに回転していた。
どうする、芭海は動けるか? ランはバズーカの直撃を受けた、治療するまで動けないはずだ。芭海はまだいけないか? 芭海にランを抱えさせて逃げれば時間を稼げる。その場合は私が囮か? ああクソ。でも仕方ないな。
ハートフルフィニッシュはまだ誰も使えないはずだ。ヒートパワーが溜まるほど、まだ力を使っていない。畜生め、ダークアイさえいなければ上手くいっていたのに。なんてことを考える時間も無駄だ。
(どうする?)
頭に浮かぶ幾つかの選択肢。どれも成功確率の低いものばかり。この状況ではどれもが正答だ。等しく確実な活路などない。だからこそ千早は迷った。
賭けに出て、三人全員が助かる方法を取るか。
誰かを犠牲にして生き残るか。その際、ランと芭海どちらを捨てるか。
問題に取り組むとき、ろくな答えが出ない時がある。解答は美しくないが、しかしそれしか答えが無いとき。誰かが作った公式を当てはめて解けと言われた時のような、気持ちの悪さ。自分の思考ではなく他人に問題を解かされているかのような具合の悪さ。
(納得のいく答えが、思いつかない……ッ!)
判断を迷う千早に、ダークガンがマシンガンを向けた、銃口の束が千早をまっすぐ見据える。トリガーが独りでに動き、銃撃を始めようとしていた。
(……しょうがない……どのみち時間が無い。……これが最善策だ)
より生存率の高い方へ。千早の思考が、誰か一人を犠牲にする選択へ傾こうとした、その瞬間だった。
――赤い光を纏った何かが、凄まじい速度で両者のあいだに落下した。
まるで、隕石でも落ちたかのような衝撃が地面を震わせた。ドガァンという、大きな音が鳴り響いた。
それが着地したアスファルトは大きく凹み、蜘蛛の巣状の亀裂が周囲に広がっていた。
「っ!?」
『ッ!?』
千早の思考が一瞬止まり、ダークガンも一旦射撃を取りやめた。互いに予想外の何かが現れたことに、千早とダークガンは目を剥いていた。
それの背中を目の当たりにした千早は、間もなく正体を悟った。だからこそ、彼女は余計に驚いた。
ダークガンもまた、その正体を見抜いた。それが纏う赤い輝きは、ハートフルエナジーの粒子に他ならなかったからだ。
粉塵が舞う。それは陥没したアスファルトに片膝と片手をついていた。快活な少女の声を、それは発した。
「主人公は遅れてやってくるってね♪」
それは立ち上がり、殺意に満ちた真っ赤な瞳をダークガンに向けた。
「待たせたねぇ――ブッ殺しにきたよ♡」
日ノ出才子――ハートフル戦士サイコ・アクセルは、太陽のような笑顔を湛え、戦場のど真ん中に参上した。
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