「……才子……?」
才子が下敷きとなった瓦礫の山に駆け寄り、キュウコは声を震わせた。
瓦礫の傍には、ちぎれた才子の右手と血まみれのハートフルフォンが落ちており、ダークグラビティのコアとなっていたストーンが転がっていた。
目を剥き体を震わせ、キュウコは後ずさった。
「そんな……才……子……」
瓦礫の山からは、徐々に血の海が広がっていた。
サイコパスの少女をハートフル戦士として選び、ダークゴットズへと再び人類が挑んだその日―――
1人の少女が、命を落とした。
――日ノ出才子をハートフル戦士に変身させることを、キュウコは最後まで迷っていた。
才子には家族がいない。
姉は5年前に、母は3年前に行方不明になっており、殺人容疑で服役していた父親も3年前に自殺している。
3年前に天涯孤独となってからも、才子はまるで家族とともに過ごしているかのように振る舞い続けていた。
中学校には通っておらず、そもそも才子には戸籍すら存在しなかった。
空き家にまるで我が家のように勝手に住みつき、自分で食事を用意し、居もしない引き籠もりの姉のために部屋の前に食事を置き、帰りもしない母親のために夕食を用意し、どこにもいない父親に宛てた手紙を書いていた。
13歳になると、近所の中学校の指定している制服を購入し、毎朝本当に登校しているかのように家を出ていた。
中学校の前まで行くと、校門を素通りして街へ向かった。
彼女の夢は変身ヒロイン。悪者をやっつける可愛くてかっこいいヒロインだった。
その夢に近づくためか、ただ金を得るためだったのか定かではないが、彼女は一日中街を歩き回り、不良を見つけては暴力で叩き伏せ財布を強奪していた。
そんなことを習慣にしていると、当然補導された。少年院に入れられることもあったが、そのたびに必ず抜け出し、また新たな空き家を見つけてそこに住み、普通の中学生のように何食わぬ顔で暮らしていた。
何を見ていて何が見えていないのかまるでわからない女の子だった。どこまでも純心でまっすぐで、誰よりも透明なハートフルエナジーに溢れていて、だからこそ誰よりも危険だった。
キュウコは後悔していた。才子を変身させなければダークグラビティを斃すことができなかったのは事実だ。
だとしても、彼女のこと理解せずに変身させてしまったことを――彼女が何者だったのかを理解する前に死なせてしまったことを、心から後悔していた。
温度を失うちぎれた手の前に座り込み、キュウコは声をこぼした。でも涙は出なかった。
「……才子……あなたは、いったい何だったんだキュ……?」
背後から、声がした。
「おい、そこの妖精」
まだ幼さの残る少女の声だった。キュウコは振り向いた。
「え……?」
振り向くと、そこには白衣を着た少女が立っていた。いや、正確には白衣ではない。
白衣を基調とした特異な形状のローブを羽織り、足にはヒール、腕輪を嵌め、耳には白いピアス――そして瞳にある瞳孔は髑髏の形をしていた。
そして決定的なのは、腰のポケットに収められたハートフルフォンだった。
節々に見える特徴から、キュウコは少女の正体を悟った。
「……ハートフル戦士……?」
それに加え、少女の隣にはもう1人女の子が立っていた。
白衣のハートフル戦士より頭二つ分小さく、上には灰色のカーディガン、下はショートパンツの細身の女の子だった。
小さいほうの女の子は、鳥の羽を模したヘアアピンを付けていた。その女の子をまじまじと見て、キュウコは声を上げた。
「まさか……オウルンかキュ!?」
小さい少女はうなずいた。仲間の妖精の1人である、フクロウ妖精のオウルンが人間に変身した姿なのだった。
「どうして……」
「おい、妖精。勝手に喋るな」
キュウコの言葉を遮り、白衣のハートフル戦士が一歩詰め寄った。彼女はゴミでも見るような冷ややかな眼差しをキュウコに向けていた。
「キュ……っ?」
「いいか妖精、私は動物が嫌いだ。私の前で発言したければ人の姿に化けろ。じゃないとバラバラにするぞ」
キュウコの後ろにある瓦礫の山を指さし、ハートフル戦士は言った。
「邪魔だからそこをどけろ」
「え……」
当惑し、意図を尋ねるためにオウルンのことを見た。オウルンは無言で、諭すようにキュウコに頷きかけるだけだった。
「いいからどけろ、妖精」
苛立たし気にそういうと、ハートフル戦士は人差し指を立てた。
「そこの戦士を回収する」
「回収……?」
戦士の瞳が白く光る。ハートフルエナジーの発光反応だった。
ハートフルエナジーをほとばしらせ、戦士の少女は言った。
「勝手に死んだことにするな。ただ体が原型を留めていないだけだろう」
キュウコは目をぱちくりさせた。
「それって死んでいるんじゃ……?」
戦士は舌打ちした。
「人に化けて話せと言っているだろ、ケダモノが!」
「ヒィッ……っ」
「……想像力のない妖精だな」
戦士は人差し指の先にハートフルエナジーを集中させながら話した。
「死とは何だと思う? お前は死をどう定義する?」
途端に、瓦礫の隙間から血が飛び出し、宙に浮き始めた。血だけでなく、肉片や粉々になった骨が、次々と瓦礫の下から現れ空中を浮遊した。
キュウコは目を見開いた。
「これは……いったいキュ!?」
ハートフルフォンの傍に落ちていた才子の右手も、血肉とともに浮き上がった。
奇怪な光景を冷めた目で眺めながら、戦士の少女は続けた。
「死とは完全な存在の消失を言う。逆に言えば存在さえ消失しなければ死にはしない」
遠くに飛び散った微細な血の一滴まで、余すことなく才子の一部だったものが集まってくる。例えるならそれは、無重力空間で輸血パックをぶちまけたかのような光景だった。
「ここにはまだ新鮮なこいつの血肉が全て残っている。パーツが全部揃っているなら元通りにできる。組み立てて治るなら、それは死じゃない。ただの仮死だ」
そう言うと、戦士は人差し指をオウルンに向けた。直後、浮遊していた才子の血肉が、鳥の群れのように一斉にオウルンに向かって飛び込んだ。
血肉はオウルンが抱えていた巨大なビンのなかに注がれ、一滴の血も余すことなくきれいに収まった。赤黒く満たされたビンを地面に置き、オウルンは丁重に蓋を閉めた。
その光景を、キュウコは呆然と眺めていた。戦士は白衣のポケットに手を入れ、不機嫌そうな口調で言った。
「お前ら妖精は心だの魂だのと下らないことを言うんだろうが、心も魂も肉体に宿るものだ。心は電気信号、記憶は脳細胞に刻まれた記録に過ぎない」
血肉が詰まった赤黒いビンをつま先で小突き、戦士の少女は気怠そうに頭を掻いた。
「脳組織も全て残ってる。復元すれば記憶も心も、魂も何もかも全てが元通りになる。蘇らせるわけじゃあない。壊れた体を元に治すだけだ」
踵を返し、白衣の戦士は地面に転がっていた才子のハートフルフォンとダークグラビティのストーンを拾った。ハートフルフォンとストーンを白衣のポケットに入れ、戦士はキュウコに視線を向ける。
「……キュウコとかいうらしいな、妖精。私は神崎千早。そこのオウルンとかいう妖精にハートフルフォンを授けられた」
死体よりも冷たく、炎よりも強い意志を持つ眼で、彼女は名乗った。
「『血肉を統べる指』……サイコ・ブラッドだ」
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