鎧の破片をボロボロとこぼし、ダークガンは立ち上がった。気がつくと、彼はスクランブル交差点に戻って来ていた。広大な交差点は血の海に満ち、そこかしこに死体の山がある。
どこを見ても死体と血飛沫の痕がある凄惨な現場だった。よろめき、足を踏みかえるとたまたま眼下にあった死体を踏んだ。若い男の頭蓋が砕け、脳漿がぶしゃっと噴き出した。
『……ハートフル、ウォリアー……』
ダークガンの胸の中にある灰色の炎が燃え上がった。アヴェンジャーが引っ込み、その数倍の質量の大量のマシンガンが体じゅうから出現した。
『……キル……!』
右腕、ブローニングM1918六丁、RPK-74五丁、ジョンソンM1941三丁、AK-47十丁、M16自動小銃五丁、M4カービン七丁、SIG SG510九丁、H&K HK416九丁、AA-12八丁、レミントンM870十丁。
左腕、グロスフスMG42五丁、M60七丁、ブルーノZB26四丁、ステア―AUG七丁、M63八丁、FN CAL五丁、StG44八丁、64式7.62mm小銃十丁、ミニミ軽機関銃九丁、KS-23六丁、Kel-Tec KSG九丁。
背面、H&K MP5十二丁、MAC-10十丁、FN P90十五丁、UZI九丁、H&K UMP七丁、トンプソン十丁、FEG KGP-9十五丁、レミントンM870四丁、M16七丁、M4カービン五丁、H&K HK416九丁。
二百三十四丁の銃口で、ダークガンは死角を無くした。異常に長いベルトリンクが足下にとぐろを巻く。スライド、ボルト、ポンプ、あらゆる方式で弾丸が薬室へ送られる音が、死肉と血で満ちた地獄の交差点に奇妙なリズムを刻んだ。
ダークガンの視線の先にあるビルの屋上に、才子が現れた。
「わぁお♪ 銃がいっぱい!」
『……キルユー……』
才子の赤い瞳が一際強く発光した。スカートから覗く脚や、腕、額の皮下から血管が浮き上がった。
「二倍じゃ無理そうだな~、これ~」
ダークガンの胸の炎とゴーグルの中の双眸が、爆発するかのようにボンッと燃えた。
『……ファイア……ッ!』
ダークガンの二百三十四丁の銃火器が、全方位に向けて一斉掃射を開始した。
才子はすぅと息を吸った。
「『十倍速』」
才子が屋上から消える。直後、才子がいたビルがおびただしい銃弾で蜂の巣になった。
ダークガンの全方位射撃は、まるで戦場の銃撃戦を全て一点に纏めたかのような壮絶な破壊の嵐だった。弾丸の嵐が交差点を囲む信号や標識、建物を何から何まで等しく撃ち抜き、蹂躙した。
黒い銃身と装甲がマズルフラッシュで明るく照らされ、ダークガンの足が沈むほどの空薬莢が積み上がる。弾切れを起こしたとしても、体じゅうにある他の銃が発砲しているうちにマガジンを交換する。理論上、ダークガンは半永久的に銃撃を持続させることを可能としていた。
死角無し。ダークガンが完成させたのは圧倒的物量に任せた完全防御だった。
――その、はずだった。
小鳥が逃げる隙間も無いような殺戮の大嵐のなかを、赤い閃光が駆け抜けるのがダークガンの眼に映っていた。
『ッ!?』
それはダークガンにとっては異次元のスピードだった。間断なく飛ぶ弾丸のあいだを縫うようにして、稲妻が駆けるかの如く光が移動し、着々とダークガンへ迫っていた。
対する才子の目に、その景色はダークガンの視界の十分の一の緩慢なスピードで見えていた。
『十倍速』で動く才子の世界では、弾速も十分の一に落ちている。M4カービンを例に挙げるならば、銃口初速は秒速約九百メートル。才子のスピード内では、秒速九十メートルまで減速する。
拳銃の弾速は秒速三百メートル前後。弾速と考えるならば、秒速九十メートルは非常に遅い。
スナイパーライフルの狙撃に対応した千早の例をみる通り、ハートフル戦士の反射神経において、実際のスピードより遥かに劣る秒速九十メートルの弾丸を回避することなど実に容易かった。
(弾が多いだけ、避けるのは簡単……だけど……)
一つ問題があるとしたなら、才子の身にかかる負荷だった。
『十倍速』という高次領域(こうじりょういき)は、ハートフルエナジーを消費するのみならず才子の肉体に多大な負担を強いていた。
弾丸のあいだを通り抜け、ダークガンへ距離を詰める今この瞬間も、才子の心身は削れる。心臓が不規則に鼓動し、血涙と鼻血が溢れ出た。
「……はぁ、はぁ……」
弾丸を躱して走りながら、才子は口をにいっと歪ませ、話した。
「一年くらい前だったかなぁ……町で見かけて、なんか悪そうな人たちだったからやっつけようとしたんだよね」
十倍のスピードで動く世界では、誰も才子の声を聞き取れない。ダークガンへ向けて放たれたその言葉は、ありえない早口で過ぎ去っていく。
「で、そしたらその人たち、ヤクザだったみたいでさぁ……ボコボコにしてたら、ピストル出して来たんだよね……」
血を吐きながら、それでもなお、才子は顔に太陽のように明るい笑顔を貼り付け、敵へ肉迫した。
「その時に不思議なことがあったの……ヤクザのおじさんはピストルを撃ってるのに、全然私に当たらない。ちゃんとピストルはこっちを向いてるのに。結局、一発も私には当たらなかった。……そこで私、学んだんだぁ」
弾丸の嵐をくぐり抜け、才子はとうとうダークガンの懐へ辿り着いた。耳からも血が出始めていた。才子はダークガンの肩にポンと手を置き、もう一方の手で拳を振りかぶった。
「ピストルの弾って、ちゃんと狙わないと当たらないんだな~って……」
拳を放つ瞬間、才子は加速を解除した。
閃光の如く眼前に現れた才子の、血にまみれた笑顔がダークガンのゴーグルに反射して映った。
「ねぇ、ちゃんと狙ってるの?」
豪速。
頭上から振り下ろされた才子の拳はダークガンのヘルメットを陥没させ、圧し潰すように、彼を交差点の中心に殴り倒した。
「『血拳一振』!!」
渋谷スクランブル交差点はボコンッと凹み、標高を実に五十センチ落とした。
♢
瞬間移動にも等しい超スピードで日ノ出才子が目の前に現れた時、ダークガンは振り下ろされる拳を躱せないことを悟った。
ダークガンの思考は、攻撃を喰らう前提でいかに反撃を加えるかに移行していた。
「『血拳一振』!!」
才子の拳がヘルメットを深々とめり込む。ダークガンの頭部は才子の拳と交差点のアスファルトでサンドイッチされていた。
ストーンホルダーに物理攻撃は通用しないため、アスファルトに叩きつけられたことによるダメージは皆無だった。しかし、頭部を直撃した才子の拳の衝撃は、ダークガンの身に確実なダメージを与えていた。ダークガンはこれまで耳にしたことのない、己の頭がかち割れる音を聞いていた。
(……?)
ダークガンを地面に叩きつけた才子は、違和感を覚えていた。予想よりも手応えが無い。彼女はすぐにその原因を察した。
(体に纏ってる銃が、クッション代わりになってる……?)
二百三十四丁に及ぶ銃器を纏うことは、つまり数百キロの鉄の塊で身を固めているのに等しい。ダークガンが発生させる大量の銃器は、攻撃武器であるとともに防具の役割をも果たしていたのである。
「——ッ!?」
才子が拳を振り下ろした直後——ダークガンを地面に殴り倒してから実に0・5秒後のことだった。
腕から生えたライフルの一つ、AK47の銃口が才子の頭に向けられた。
単射で放たれた弾丸を、才子は身を仰け反らせギリギリで躱した。銃弾は額を掠った。
(殴られながら、怯まずにカウンターしてきた!?)
背面から生えたマシンガンを発砲し、その反動を利用してダークガンは素早く起き上がった。ヘルメットは拳の形にべっこり凹んでいたが、ダークガンはダメージを感じさせない身のこなしで体勢を立て直し、才子と再び対峙した。
拳を受けてから一秒余り。あまりに早い立ち直りに、才子は仰天していた。
(ダメージゼロ!? そんなわけない……痛みが無いの!?)
才子はハッとした。
(そもそも、こいつらに痛みなんてあるの?)
本来、ストーンホルダーに痛覚は存在しない。
認識機能として備わる触覚が、体を構成する鎧に傷をつけた際に過剰に反応し、ダメージの度合いを自身に伝える。その過剰な触覚を痛覚と誤認し、攻撃を受けた際に怯んでしまうストーンホルダーは多々いる。
ダークガンは違った。
五百年に渡る戦歴を積み重ねたダークガンは、痛みに似た触覚の過剰反応がただの知覚信号に過ぎないことを心得ていた。
才子が拳を構えた状態で眼前に現れた時、ダークガンは殴られる覚悟を決めていた。受けるとわかっている攻撃に驚くことはなく、痛覚がなければ怯むこともない。故に、ダークガンはダメージを喰らいながらほぼノータイムで反撃に転ずることができた。
『……ストロング……』
ダークガンは、才子が強敵であることを認めた。
本気で戦う価値のある相手だと。
両腕を覆っていた大量の機関銃を瞬時に引っ込めると、今度は十数丁のガトリング砲を出現させた。
右腕にM134ミニガン七丁、左腕にGAU-19/A六丁。
才子は半歩退き、ファイティングポーズをとった。
『……ファイト……ッ!』
ダークガンが両腕のガトリング砲を一斉掃射する。才子は加速し、至近距離から放たれた弾丸の雨を躱して背後に回り込んだ。
才子が後ろに移動することを読んでいたダークガンは、ひそかに左肘から生やしていたM120 120mm迫撃砲を放ち、反動を利用して右足を軸に半回転した。
「!!」
背後へ回り込もうとした才子と、素早く踵を返したダークガンが正対する。銃身を猛回転して乱射するガトリング砲から、今さらブレーキをかけたところで逃げ切れないことを才子は悟った。
(う~ん……しょうがない)
弾丸の嵐を放つダークガンの懐へ、才子は敢えて踏み込んだ。
『!?』
どうせダメージを受けるなら、ただで負傷するだけで済まさない。
「玉砕☆覚悟♡」
飛び交う銃弾が才子の体を削り、貫通する。辛うじて致命傷を逃れながら、右腕のM134ミニガンの一丁を正面から素手で鷲掴み、才子は握力で無理矢理銃身の回転を止めた。
左手を犠牲にダークガンの右腕を封じると、才子は右手で渾身のパンチを放った。
「『三倍速拳』!」
拳を打つ瞬間のみ倍速し、才子は高速のパンチを叩き込んだ。直撃を喰らったダークガンの胸の装甲に、亀裂が走った。
「そ~れっ!」
才子は足で胴を押さえると、掴んでいたガトリング砲の銃身を引っこ抜いた。ダークガンの腕とガトリング砲の連結部がブチブチと奇怪な音を立てた。
引き抜いた銃身でダークガンの顔面を殴打する。よろめきながら、ダークガンは左腕のガトリング砲の束で才子に殴りかかった。
地面すれすれまで仰向けに倒れて攻撃を回避し、才子は地に手をつきながらガトリング砲を蹴飛ばした。砕け散ったガトリング砲が才子の頭上を舞った。
『……ファイア……ッ!』
右腕のガトリング砲で才子を狙う。才子は立ち上がる手間を惜しみ、しゃがんだ姿勢から跳躍すると、空中で一回転してダークガンの右腕に踵落としした。
ガトリング砲が踏み抜かれ、バラバラに破砕した。
ダークガンは左手を、リボルバーの4インチコルトパイソンに変形した。拳銃はライフルやマシンガンほど構造が複雑でなく、サイズも小さいため容易且つスピーディに生成できるのだ。
撃鉄を起こし、才子のこめかみに銃口を突きつける。発砲と同時に腰を落とし、銃弾を躱した才子はダークガンに距離を詰め、顔にパンチを放った。
ダークガンが迅速な反射神経で顔を横にずらし、才子のパンチをさっと避けた。
(動きが速くなってる!?)
ダークガンの背中に生えていた大量の銃器が消えていることに、才子は気づいた。重りとなる銃器を格納し、軽装で戦うスタイルに変えたのだ。
才子の『停止不可(スーパーアクセル)』の能力は、ダークガンの射程距離と弾幕の利点を無効化している。ならば重荷にしかならない銃器を幾つも抱えている必要はない、というダークガンの判断だった。
(やっぱりこいつ……)
レミントンM870に変形させた右腕を、ダークガンは才子の顔に突きつけた。銃身を横から叩いて射線を逸らすも、放たれた散弾は才子のこめかみを掠った。
後方へ跳びながら、ダークガンが左腕を才子の前に突き出した。また拳銃かと思ったが、その腕にはAA-12ショットガンが四丁装着されていた。
「っ!」
地面を蹴る瞬間だけ、才子は加速した。横にある交差点沿いのビルまで跳び、壁を蹴ってダークガンの後方二十メートル先に着地した。
AA-12をしまい、左腕もレミントンM870に変形させ、ダークガンは才子を振り向いた。回避してすぐ、才子は攻撃を仕掛けなかった。
息を切らす才子の両腕は、散弾を受けてズタズタになっていた。あと一歩、回避が間に合わなかったのだ。両腕でガードしていなければ、血まみれになっていたのは胸の方だった。
「はは……やっぱり……」
指の血をぺろっと舐め、才子は愉快そうに笑った。
「ダークグラビティより強いね、あんた……」
『…………』
ダークガンはガスマスクの奥から、掠れた小さな声で呟いた。才子にも聞こえないような声量だった。
『……エキサイティング……』
ダークアイのテレパシーが、頭の中からダークガンに話しかけてきた。
(『退ケ、ダークガン。相手ガ悪イ』)
(『……ノー……』)
(『退散ダ。今始末スル必要ハ無イ』)
ダークガンはゴキゴキと首を回した。レミントンのスライドを引き、テレパシーと現実の口の両方から彼は言った。
『……シャラップ……』
ダークアイの焦る声がした。
(『ダークガン! 言ウコトヲ聞ケ! ダークガン!』)
才子は軽く跳躍運動し、頬を手でペチペチと叩いた。程良く興奮してきた。エンドルフィンのおかげで痛みが鈍っている。体の動きに支障はない。
敵に勝つまで、体がもてばそれでいい。
「ふんっ!」ボロボロのアスファルトを踏みつけ、才子は拳を構えた。
ダークアイのテレパシーを全てシカトし、ダークガンもまた両腕のショットガンを構えた。
才子とダークガン、二人は正面から向かい合う。
素手と銃。
人間と兵器。
独善と絶対悪。
ハートフル戦士とストーンホルダー。
悪魔と悪魔。
「……殺るよ♡」
『……カモン……』
地面を蹴散らし、才子はダークガンへ迫る。
才子は拳を、ダークガンは弾丸を、互いに向かって放ち合った。
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