「お待たせ、ブッ殺しにきたよ♡」
日ノ出才子は対峙するダークガンと神崎千早のあいだに割って入り、突如戦場へ現れた。彼女の登場は千早も含め、誰もが予想しない事態だった。
才子のハート型の赤い瞳と、ダークガンの灰色の眼が合った。ピリッと空気が張り詰めた。
千早は瞠目して才子の背中を見ていた。
(日ノ出!? ……意識が戻ったのか? なんでここに……)
体に赤い粒子を纏う才子は、確かに変身していたが、以前と同様に姿は変わっていない。着ている服は、いつ目が覚めてもいいようにと芭海が購入し病室に置いていたものだ。セーラー服を基調に私服風にアレンジされた既製品で、完全に芭海の趣味なのだが、才子と初めて会った際の服装が影響していることは間違いない。
才子がくるっと千早の方を振り向いた。千早をビシィッと指さすと、才子は鬱陶しいほどに明るい笑顔をし、元気な声を上げた。
「だいたいのことはキュウコから聞いたよ! あなた、私の仲間なんだよね!?」
千早は呆気に取られていた。噂には聞いていたが本当に元気なガキだ。
「なんかピンチそうだったから助けにきたよ☆ まぁ、ピンチじゃなくても駆け付けたけどねッ!」
(なんだこいつ……)
ニカッと歯を見せて笑い、親指を立てる。元気なことも駆け付けてくれたことも結構なのだが、この状況でこいつに頼っても本当に大丈夫なのか? 苦労して蘇生したのに、また死なれでもしたらたまらないぞ。
(ん? あれは……)
才子が着るセーラー服風の衣装には、スカーフの代わりにリボン型のハートフルジュエリーが付けられていた。リボンの中心には、赤いダイヤ型のリパルジョンストーンがセットされたブローチがある。
(ハートフルジュエリー……こいつに使えるのか?)
千早が抱く数え切れない不安をよそに、才子は拳をブンブン振って謎のアピールをした。
「私が来たかにはもう大丈夫っ! ゆっくり休んでて♪ 悪者は私がやっつけておくから!」
黙って考えてばかりいると勝手に話が進む。集まったサイコパスのなかで一番扱いづらいヤツだ、と思いながら千早は急いで喋った。
「おい待て! 目覚めたばかりで動けるのかお前! ここは一旦退くぞ、私の指示に――」
ダークガンが機関銃の束を、才子に向けた。右腕の十六丁に及ぶ機関銃のトリガーが一斉に引かれる。
『……キルユー……』
千早は目を丸くし、怒鳴った。「避けろ!!!」
瞳から赤い光の尾を引き、才子はダークガンへ振り向いた。恐ろしく俊敏な動きとは対照的に、彼女が発した声は陽気だった。
「大丈夫♪ 私に――」
発砲しようとした瞬間、ダークガンの目の前から才子が消えた。
次にダークガンの眼に飛び込んだのは、視野をいっぱいに埋める才子の拳だった。
「——任せて☆」
メリゴキメキメキ。
ダークガンのゴーグルの右側に、才子の拳がめり込む。
トリガーを引き切り、発砲を始めるよりも前に――ダークガンは才子に殴り飛ばされた。
ダークガンの視界が全て、線になる。
ビルを二棟貫き、気がつくとダークガンは地上百メートルを滑空していた。ハートフル戦士の動体視力をもってしても、千早にはそこで起きたことの全容が目で追い切れなかった
才子がダークガンの前に瞬間移動し、信じ難いスピードで拳を振り抜いた。千早にとっては、ダークガンがその場から突然、消滅したかのようだった。
空気が弾ける轟音が響き、衝撃波が道路の瓦礫を吹き飛ばした。柄にもなく、千早は戦慄していた。
(……なんだ、今の……今のが、通常攻撃か?)
敵に距離を詰め、殴る。――という、単純動作。
それがあまりに速く、あまりに剛力。たったそれだけで、こんなにも壮絶な威力を誇る。
遠目に観察していただけでは体感できなかった、才子という戦士の力。コスチューム、防御力、正体隠匿、全てを捨ててフィジカルと能力に特化した超攻撃型バーサーカー、その圧倒的破壊力を千早は肌で実感していた。
(真似できない……したくもない。他の全部を捨てて攻撃力に賭けるなんてリスキーなこと、誰もやろうと思わない。それを無意識下でやってるってんだから、本当にイカれてやがる……!)
千早は他者に対し、初めて畏怖に似た感情を覚えていた。この戦争に勝てると、自分に確信させた根拠を改めて目の当たりにし、千早は心中に高揚を募らせていた。畏れと昂ぶり。
(これが、日ノ出才子……)
ハートフル戦士サイコ・アクセル……ッ!!
才子は軽く千早の方を向き、手を振った。
「じゃあ、ちょっと斃してくるね♪」
「ちょっ、待っ――」
轟音を響かせ、才子は瞬く間にその場を去って行った。ダークガンを殴り飛ばした方向へ走り出した才子は、すぐに見えなくなってしまった。
「おい! ああもう!」
道路沿いのビルの窓から、芭海が顔を出した。才子が去った方角を見て驚愕の声を上げる。
「え!? 今の才子ちゃん!?」
千早は苛立ちを露わにし、芭海に怒鳴った。
「おいお前! 今まで何してやがった!?」
「ごめん、武器になりそうな物探してた!」
「クソが! グラビティストーンの力を使えば効率的に手に入るだろ!」
「あっ! ごめん忘れてた!」
「死ね!」
芭海は才子が向かった方を指さし、聞いたことがないくらい高い声できゃぴきゃぴ騒いだ。
「ねえねえねえねえ! ていうか才子ちゃん僕が選んだ服着てなかった!? わぁ~僕が買った服着てくれたんだぁ~~」
「ウっザ!」
才子の着地で砕けた道路を駆けつつ、千早は芭海が居るビルの一階を指して言った。
「下の階でランがぶっ倒れてるから連れて来い、君も治療してやる。僕は日ノ出を見に行く、ただでさえ防御力が低いからなあいつは。また死なれたら困る!」
ハートフルフォンから、出し抜けにキュウコの声がした。
『千早! 聞こえるかキュ?』
千早は飛びつくようにハートフルフォンに向かってまくし立てた。
「キュウコ! あいつ大丈夫なのか!? いつ目覚めた!?」
『ついさっきだキュ! キュウコは今、プードルンたちの所に向かってるキュ!』
「君のことはどうでもいい! あいつの体は平気なのか?」
『検査する前に飛び出して行っちゃったキュ!』
「だろうな! ピンピンしてるしこの際体調はどうでもいい、不備があれば私が治す」
『才子はもう戦ってるのかキュ?』
「とっくに敵ぶん殴りに行ったわ!」
『マジかキュ!?』
通りを一つ抜けても、まだ才子とダークガンの姿は見えなかった。あの一撃でいったいどこまで殴り飛ばしたというのだ。
「才子のやつ、ハートフルジュエリーを付けてたが……使い方は教えたのか?」
『説明はしたけど、理解してるかは不安だキュ!』
「同感だな、だが……」
立ち並ぶビル群の彼方から衝撃が響き、粉塵が舞い上がった。銃声と爆音が鳴る。才子とダークガンの衝突が、渋谷の街を震撼させていた。
「……もしあいつがリパルジョンストーンを使えるなら……勝機はあるぞ」
ダークガンはビルの外壁に上半身が突き刺さっていた。腹筋運動で壁を抉って抜け出すと、ダークガンは自ら地上へ落下した。ダークガンのブーツはアスファルトに深くめり込み、道路に亀裂を走らせた。
前方から足音がした。顔を上げると、才子が立っていた。先ほどと同様の高速移動で追いかけてきたらしい。
『……ニューフェイス……』
先の一撃で割れた右眼のゴーグルの破片がパラパラと散る。ダークガンは首をゴキリと鳴らした。
ダークアイがテレパシーで話しかけてきた。
(『ダークガン、ソイツノ能力ハ恐ラク加速ダ。私ノ索敵スラモ逃レル速サダ』)
(『……アイシー……』)
才子は距離を詰めず、ニヤニヤして道路の真ん中に立ちダークガンを眺めていた。余裕の表れなのか、才子は顎に手をあててうんうんと頷いた。
「良いねぇ。悪そうな見た目してる。前に戦ったヤツは確かダークグラビティとか言ったなぁ……じゃああなたは、ダーク……ダークマシンガン? ダークピストル? みたいな感じ?」
クスクスと才子は笑った。ダークガンは才子の足下を見た。素足だ。それにハートフル戦士にしては、格好が不自然だ。変身しているとは思えない。
コスチュームにエネルギーを割いていない?
だとしたら、防御力は低いか?
確かめる必要がある。
「ねえ、あなたさ――」
べらべらと緊張感なく喋る才子に、ダークガンは容赦なくマシンガンの掃射を浴びせた。
が、射撃を始めた次の瞬間に才子の姿が消え、同時に脇腹に打撃を受けた。
『!!』
超高速でダークガンの背後に回り込んだ才子が、脇腹に後ろ蹴りを入れていた。あちこちに銃弾をばら撒きながら、ダークガンは宙へ飛ばされた。
落下しながら、ダークガンは機関銃の照準を才子へ合わせた。しかし既に、才子はその場からいなくなっていた。
頭の下から、砂利を踏む音。首をよじり落下地点を見ると、再び才子が回り込み、ダークガンを待ち受けていた。
才子の回し蹴りがダークガンのうなじに炸裂した。横に飛んだダークガンはビルを貫き、隣の通りへ転がっていった。
「……はぁぁ~~~……」
ダークガンを打った手と足に残る硬い感触や痛みに、才子はうっとりした。まるで久しぶりに生きた実感を味わっているかのような、懐かしさすらあった。
事実、才子は四週間に渡って意識がなく、大半は肉体さえ死亡した状態だった。才子自身にとっては、初めて変身しダークグラビティと対戦したのはつい昨日のことで、タイムトラベルをしたみたいに不思議な気分だった。
街に蔓延る血生臭い香りに、ダークガンが放つ硝煙の臭い、裸足で踏むアスファルトの硬さや、冷たい風、胸の奥で温かく燃えるハートフルエナジー――全てが、才子がここに生きていることと、戦士として立っていることを教えてくれる。
恍惚とした顔で、才子は両腕を広げた。街の酷い臭いとは裏腹に、清々しいほどに青い空を仰いだ。
「なんか……すっごい、良い気分だなぁ……。頭ん中で引っかかってたものが取れたみたいな……肩の荷が下りたみたいな……体が軽い、心も……」
ビルを貫く不格好なトンネルの向こうで、起き上がったダークガンが灰色の眼光でギラッとこちらを睨む。赤く光る瞳でダークガンを見つめ返し、才子は吐息とともに囁いた。
「今なら……何でもできる気がするよ……」
ガシャン。ジャキジャキジャキンッ。
ダークガンが両腕の機関銃を格納し、FIM-92 スティンガーと91式携帯地対空誘導弾を両腕に二丁ずつ生やした。
「お?」
日米をそれぞれ代表するスティンガーの照準カメラが、才子を補足した。
『……ショット……』
米式スティンガー四発はまっすぐビルの穴を通り、才子へ突撃した。91式のミサイルは発射されるとすぐに上昇し、ダークアイの遠隔操作のもと才子がいる通りへ周囲の建物を迂回した。
「お、ミサイル? あれれ、ダークミサイルだった?」
才子に逃げる仕草は無く、むしろ悠然に腰に手をあてて、白煙を吐きながら迫り来るミサイルを眺めていた。
正面から四発、左方から一発、右斜め上空から二発、頭上から一発。才子は目をきょろっと動かし、ミサイルを一つずつ認めた。
サイコ・アクセルの能力は、『停止不可』。
自身の肉体と精神の時間を加速する効果がある。ハートフルエナジーの消費によって任意の速度で行動ができる。二倍に加速すれば、才子以外の全てが二分の一のスピードになる。
初めて変身した際、ハートフルエナジーを余さず攻撃力に注いでしまったが故に、才子は戦士が本来自動的に得るはずの『能力の自覚』すら損なっていた。だからダークグラビティとの戦闘時には、土壇場まで加速能力を自覚せず無意識下で行っていた。
今の才子は『停止不可』を自覚し、操作法も勘で理解していた。ハートフルエナジーが尽きぬ限り、才子は望む『時』の速さで流れる世界を自由に漂うことができた。
日ノ出才子のハートフルエナジーは、『悪魔計画』に選ばれた少女たちのなかでも最高純度。最もエネルギー変換効率の優れたメンタルを持っている。変換効率の良さはそのまま能力発動や身体機能へのラグを失くす。
ことスピードを重視するサイコ・アクセルにとって、その高純度のハートフルエナジーは、『停止不可』に最適の性質といえよう。
八発のミサイルが迫る刹那、才子は能力を発動した。
「『二倍速』
才子の全機能が加速する。脳細胞、拍動、血流、精神活動、全てが二倍のスピードで動き出す。同時に、世界は二分の一の速度に落ちた。緩慢に流れる時の中を、才子だけが自由な速さで過ごし、自分だけの世界を満喫する。
正面から飛んでくる一発目のミサイルを、起爆しないように弾頭を避けて掴み、頭上から迫るミサイルへ向かって投げつけた。二発目を左方のミサイルへ、三発目を右斜め上空のミサイル二発を誘爆するように投げる。そして四発目、ビルの穴へ駆け込んでミサイルをキャッチすると、才子はステップを刻んで一回転し、大きくモーションをつけてダークガンへ投げ返した。
ダークガンやダークアイの眼には、才子が凄まじい速さで動いたように見えていた。八発のミサイルを同時に無効化し、そのうち一発をダークガンへ投げ返すという荒技をやってのけたのだ。実際、才子は速かった。
己が放ったミサイルが胸を直撃し、ダークガンはその場でひっくり返った。鎧の破片が飛び散り、胸部からは煙が立ち昇った。
『……オーノー……』
首を振って煙を払い、ダークガンが立ち上がる。ダークアイのテレパシーが思考内に響いた。
(『左ダ!』)
『!』
左を振り向いたダークガンの顔面に、才子の拳がめり込んだ。ガスマスクの左側のキャニスター吸収缶が凹み、ダークガンは路面を削りながら殴り飛ばされた。
途中で衝突した外灯をへし折り、ダークガンはバウンドして道路に沈んだ。
ダメージに身を震わせ、四つん這いで起き上がりながらダークガンは掠れた声を絞り出した。
『……ハイ……スピード……』
ダークガンの顎を、才子が蹴り上げた。強制的に起立させられ、仰け反ったダークガンの腹に才子が強烈なストレートパンチを入れた。
鎧が軋んで亀裂が走り、ダークガン眼の光が点滅した。
「はぁっ!」
才子が拳を振り抜き、ダークガンは建物を四棟貫いていった。ちぎれたアヴェンジャーのパーツが、ダークガンが通過した道に散乱した。
「ん?」
足下にコロンと、何かが転がる音がした。
目をやると、M67破片手榴弾が三つ落ちていた。ピンは抜かれていた。
「なんか爆弾っぽい!」
直後に手榴弾は爆発した。一瞬加速して消え、すぐに加速を解除した才子は百メートル後方に姿を現した。
避け切れなかった手榴弾の破片が体のあちこちに刺さっていた。芭海が用意した服が、早くも血と煤で汚れてしまっていた。
「痛ってて……あっぶな~……」
手足に刺さった破片を指でつまんで抜き、才子はげぇっという顔をした。ただでさえコスチュームの防御がない才子にとって、ダークエナジーで満ちた爆弾の破片は微量でも充分な凶器だった。
「ふ~ん、やるねぇ」
唇をぺろっと舐め、才子は路面を踏みしめた。全身にハートフルエナジーを迸らせ、才子は加速を発動した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!