千早はランと芭海に、作戦をさらっとおさらいした。
「まず私が遠距離射撃でダークガンの胸の装甲を剥がす。エナジーストーンを取り除くためには鎧が邪魔だからな、連中を一撃で倒すことはできない。胸部装甲を破壊した後、私が奴を引き付ける。その隙に二人は死角からダークガンに迫り、エナジーストーンを奪取しろ。無理なら壊せ。奇襲のかけ方はさっき教えた通りに」
『君が自ら囮になるなんてね、意外だよ』
芭海の皮肉を千早は鼻で一蹴した。
「遠距離攻撃に優れているのは私だけだ。適材適所さ。それに、囮よりも敵から直接ストーンを奪う役割の方が難しいぞ」
『ダークガンの猛攻を凌ぎ切れるんですか?』ランが尋ねた。
「心配しているのか?」
『ブレインが居なくなっては困りますから』
「私のことは気にするな。どんな怪我をしても頭さえ残っていれば回復できる」
もうじきダークガンが新宿に入る。巻き添えを食う人間が周囲にいない今が狙い時だった。
千早はローブのポケットの中から輸血パックを五袋引っ張り出した。明らかにポケットの容量をオーバーした輸血パックは、ハートフルマジックにより質量を圧縮されて持ち運ばれていた。ちなみにこれらの輸血パックは、血肉を操る能力を持つ千早が武器に使用するために、母が勤める病院から拝借したものである。
「準備はいいな?」
『はい』
『オーケイ』
『千早……』
「なんだ。変身している時は戦士名で呼べ」
『……気をつけてホッホー』
「……始めるぞ。作戦開始だ」
輸血パックが破け、中の血液が空中に浮いた。千早の指先が白く輝く。指揮者のように指を振ると、浮遊した血液はそれに従って揺れ動いた。空のパックが風に吹かれ、屋上から飛ばされていった。
「早速実践してみるか」
左腕のブレスレットに、千早はハートフルフォンの隣につけた小さなポーチから取り出したパイルストーンをセットした。パイルストーンがオレンジ色に光り輝いた。
「『ハートフルジュエリー・パイルストーン』」
千早が掌同士を合わせるように近づけると、血が手のあいだで一つの赤い玉に纏まった。掌で血の玉を包んでから、千早は素早く両腕を広げた。血の玉が、千早の両腕を広げた幅と同じ長さの円柱に伸びた。
パイルストーンの能力が合わさり、杭の形状になった血は鉄のように硬く凝結した。自分の背丈とほぼ変わらない血の杭を片手に持ち、千早は槍投げのように構えた。
強化されたハートフル戦士の視力は、2キロ離れた道路を歩くダークガンを正確に捉えていた。
ダークガンは千早に対し右側面を向けていた。狙いは胸部の鎧だ。横からパイルで撃ち抜き、装甲を抉り取る。
この距離ならば、瞬間的にハートフルエナジーを高めてもすぐに悟られることはない。ダークガンがこちらの存在に気付く前に、一撃加えることができるはずだ。
「五つの合図で攻撃を始める」
『了解しました』
『しくんないでね』
手にした血のパイルにハートフルエナジーを込める。ブレスレットのパイルストーンが発するエナジーが、パイルに流れ込みオレンジ色の粒子を纏った。
「『血の杭』」
パイルを握る手と反対の足を踏み出し、千早は投擲姿勢に入った。
「五……四……三……」
新宿へ向かうダークガンに、テレパシーを通じてダークアイの声が聴こえた。
(『ダークガン、私ガ言ウ方角ヲ狙撃シロ』)
ダークガンはピタッと立ち止まった。
『……イエス……』
ダークガンの右の肩当てが二つに割れ、スナイパーライフルが生え伸びた。マズルブレーキを装着された銃口に、砲熱口を備えた銃身。特徴的なそのフォルムは対物狙撃銃バレットM82だった。
バレットM82の広い銃口は、まっすぐ正確に――寸分の狂いもなく、千早に照準を合わせていた。
「二……一――」
血のパイルを投げる直前、千早はダークガンの肩に現れたスナイパーライフルのスコープと、目が合った気がした。いや、完全に、スコープは千早を映し、銃口はこっちを向いていた。
(…………なに?)
次の瞬間、ダークガンのバレットM82が弾丸を放った。
音速の倍を超える速度で発砲された弾丸は、正確に千早の頭を狙っていた。強化した千早の動体視力には、回転しながら接近する弾丸が克明に見えた。
(やばいッ!)
千早は直撃するギリギリで首を傾げ、狙撃を躱した。弾丸は凄まじいスピードで千早の耳と側頭部を削り、通過していった。
「……ッ……!」
ストーンホルダーのボディはダークエナジーで構成されている。ダークガンが出現させる銃器と、それが放つ銃弾も当然ダークエナジーで出来ていた。事前の千早の観察でも、ダークガンの銃の射程距離や弾速などの基本スペックは実物の銃器と大差無かったが、威力だけは数倍あった。ダークエナジーが込められた弾は、ハートフル戦士の装甲をも撃ち抜いた。
耳が弾け飛び、頭蓋骨が浅く抉られた。銃弾を掠った威力で、千早は後方へ突き飛ばされたように倒れた。
「……クソが……!」
すぐさま『血肉を統べる指』で治療を始めながら、千早は立ち上がり射線を避けてダークガンを覗き込んだ。
(あいつ、何故私がいる場所が正確にわかった!? 敵の位置を察知する能力か!? こっちを見向きもせずに、完璧に狙って来やがった!)
ダークアイがダークガンに指示を下す。
(『仕留メ損ネタ。私ノ言ウ通リニ角度ヲ修正シロ』)
(『……イエス……』)
千早は屋上を這い、ダークガンの姿を認めた。すると、ダークガンのバレットM82の銃口が微妙に角度を変え、再び千早に照準を定めていた。
(は!?)
ダークガンが再度狙撃を図る。千早は咄嗟に、血のパイルを顔の前で盾にした。寸分の狂いもなく眉間を狙ってくれたため、弾丸はパイルを直撃して跳ね返った。衝撃で千早はひっくり返った。
「ああああ! クソがッ! なんなんだよ!」
千早はランと芭海に通信を図った。
「ブレイド! プレデター! 聞こえるか!? ラ――」
誰の声も聞こえない。千早は右耳とともに、イヤホンもなくなっていたことに気がついた。急いでハートフルフォンを通常通話に切り替え、千早は二人に呼びかけた。
その時、電話の向こうから爆音が聞こえた。数秒遅れ、ダークガンのいる方向と電話から銃声が聞こえた。
「ちくしょうが!」
千早は急いで屋上を走り、ダークガンから離れた。バレットM82の射程距離はおよそ2キロメートル。基本スキルが実物と変わらないのなら、射程から外れれば狙えないはずだ。
屋上を走る千早の肩を、ダークガンの銃弾が掠った。ひとまず死角に隠れるために、千早はビルから飛び降りた。
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