右腕にブルーノZB26二丁、ブローニングM1918三丁、グロスフスMG42四丁、M60三丁と、計十二丁の機関銃。
左腕にミニミ軽機関銃五丁、グロスフスMG42三丁、RPK-74五丁、ジョンソンM1941三丁、計十六丁の機関銃。
両腕合計二十八丁。シルエットを膨張させる機関銃の束から、ベルトリンクが数本垂れ下がった。ダークガンは右腕の十二丁をランへ、左腕の十六丁を千早に向けた。
「起きろブレイドッ!!」千早が怒鳴った。
千早はハートフルエナジーで白く光る手を合掌させた。半径二キロ圏内にある死体の『腕』が浮遊し、千早のもとに集まってきた。老若男女問わず、腕という腕が集結し千早の肩や背中と連結した。千本にも及ぶ腕を武装した千早の姿は、千手観音像を思わせる異質なシルエットを描いた。
「『千手装甲拳』」
嗚咽しながら、ランが起き上がった。爆風を近距離で喰らったダメージは否めず、体じゅうに地雷の破片が刺さっていたが、辛うじて致命傷は免れていた。それに、そんな傷をどうこう言っている場合ではない。太腿に深く食い込んだ破片を握って引き抜き、ランは顔の前で大剣を構えた。
「『廻る水面』」
水を纏った大剣を、柄を軸に高速回転させた。流水が円を描き、鏡のような半透明の水面を造り出した。
ダークガンの双眸がボッと燃える。
『……ファイア……!』
激しい銃声を鳴らし、ダークガンは一斉掃射を始めた。
マズルフラッシュが花火のように上空から千早たちを照らす。千早は千本もの腕を同時に動かし、襲い来る弾丸の雨を拳で打ち返した。ランは流水の盾で弾丸を弾き返し、防御に徹した。
無数の薬莢が宙を舞い、路上に積み上がった。絶え間のない銃撃が終わるまで、ダークガンの弾が尽きるまで千早とランは耐え抜く以外に無い。
千早が操る死体の拳は、ハートフルエナジーで強化されているとはいえ硬度に限界がある。ダークガンが放つ銃弾とあたれば当然、肉の方が負けた。弾丸一発を殴るごとに拳が一つ駄目になり、腕を捨ててはまた別の腕を補充する。
この作業を同時に機関銃と同じ数、十六回行う。コンマ数秒後にはまた次の銃撃が襲う。また同じ要領で銃撃を無力化。その繰り返し。弾切れまで、延々と繰り返す。
ランもまた同じだった。流水の盾は、大剣から発生する水が一定量を保ち、同じ速度で回転し続けなければ効力を失う。速過ぎても均衡を崩し、遅すぎては硬度を失う。一瞬のミスも許されない、絶妙なコントロールを続けなくてはならない。
遠目にその攻防を見守っていた妖精たちは、脱帽する。
これがサイコパスの真骨頂。『悪魔計画』に選ばれし少女たちの正念場。
――異常者とまで言われるその特異な脳にのみ許された、人外の集中力を継続するッ!
『……ワンダフル……』
ダークガンの弾薬が尽きるのと、サイコパスの脳が焼き切れるのが先か――根比べの戦いだった。
跳ね返し損なった弾丸が千早の頬を掠った。極度の集中状態に没入していた千早の精神は、もはや痛みなど眼中になかった。やがて千本の腕を支える足に限界がくると、千早は並列思考で足の肉をアスファルトにへばりつかせ、固定した。
(ヤツのこれまでの動きを見るに、マガジンの数は無限だが逐一弾切れは起こる。再装填を挟まなくては次の銃撃に移れない)
ベルトリンクも着実に短くなっている。マガジンが空になり、銃撃が一旦休止するその瞬間が勝負だ。
ダークガンが道路に着地し、路面に亀裂が走る。まだ銃撃は止んでいなかった。
ファッション店のドアを蹴破り、破損したバイクを片手に芭海が路上へ躍り出た。
「おぉらッ!」
走りながら一回転し遠心力を加えると、芭海はダークガンへ向かってバイクを投げつけた。
『……ディスターブ……』
ダークガンの腹部装甲がパカッと開いた。千早が芭海に怒鳴った。
「正面は駄目だ! 退けッ!」
ダークガンの開いた腹から、M18 57mmバズーカが飛び出した。
一発目でバイクを吹き飛ばし、次弾で芭海を狙う。
バズーカが放った弾を、芭海はもう一方の手に持っていたマネキンで防いだ。マネキンが爆散し、四肢があちらこちらに飛んでいった。爆発の煙に紛れ、芭海はダークガンの頭上へ跳躍した。
芭海はファッション店から拝借した裁断ハサミを、プレデターアイで強化していた。ダークガンの頭上を跳び越えながら、脳天目がけ裁断ハサミを投擲した。
ちょうどその時、ダークガンの両腕の機関銃が全ての弾を撃ち尽くした。掃射が終わった途端に、千早は自分とランを治療しながら一旦引き下がった。ランは大剣を構え、ダークガンへ突撃した。
『……グレイト……』
ダークガンのヘルメットが真っ二つに開き、中からM26手榴弾が打ちあがった。頭上に迫っていた裁断ハサミと衝突し、手榴弾は炸裂した。芭海は爆風の餌食になり、隣のビルの二階に窓から突っ込んだ。
間合いを詰め、ランが大剣を振りかぶった。ギロッとランの方を向くと、ダークガンはその場に片膝をついた。
ダークガンは膝から下を丸ごとFIM-92 スティンガーに変形した。地面にほぼ接着した状態で、膝の発射口からミサイルを撃つ。地表でミサイルを爆発させ、ダークガンは自らを高々と打ち上げた。
ランの大剣は空振りした。爆風を利用し、ダークガンはランの頭上を飛び越えていた。跳躍しながら宙返りし、ダークガンはランへバズーカを放った。弾はランの背中を直撃した。
ランは道路沿いの建物のなかへ、爆発に吹き飛ばされた。ダークガンは対面のビルの壁面を蹴ると、軽快な身のこなしで路上に着地した。
「クソ……ブレイド、プレデター! 聞こえるか!」
千早はダークガンと一対一で対峙する羽目になった。その距離およそ五十メートル。
ハートフルフォンからは芭海の声が微かに聞こえたが、かなりのダメージを負っている。ランはまだ立ち直っておらず、最悪意識を失っていることもありうる。
千早の血肉を操る能力は遠隔操作性が優れていたが、生きた人間の治療は非情に繊細な作業であるため、直接視認していなければ難しい。ランと芭海はどちらも屋内にぶっ飛ばされてしまったため、位置はわかっても治療はできなかった。
千早は舌打ちした。
(強いなこいつ……能力も当然厄介だが、それよりも……)
千早とダークガンでは相性が悪い。こちらは血肉を操る能力で、対するダークガンは無際限に鉄の弾を放つ破壊兵器だ。どれだけ肉を集めても爆発で粉々にされてはひとたまりもない。
しかし相性依然に、千早は違和感を覚えていた。ダークガンの落ち着きよう、異様に冷静な佇まいとでも言おうか……。
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