朝食が終わってすぐ、ハートフル戦士と妖精の全員が地下ラボに呼び集められた。
神崎千早とオウルン、鶴来ランとロケロン、水鶏芭海とプードルン、そしてキュウコの七人は作業台を囲み、千早とプードルン以外はパイプ椅子に座っていた。パイプ椅子はラボでの会議用に、母が勤める病院から千早が勝手に持ってきたものだった。千早はいつもの回転椅子にゆったりと座り、プードルンはホワイトボードの前に立っていた。
指示棒を持ち、椅子に座る少女たちの前に立つプードルンの姿は、スーツという服装も相まって教師のように見えた。
作業台の上には見慣れない幾つかの装飾品が置かれていた。ブレスレットやチョーカー、ロザリオ、それからブローチの付いたリボン。
全員が集まったところで、肘掛けに頬杖をついた千早が言った。
「じゃあプードルン、頼む」
「任せてワン」
(よく考えたら大人の見た目であの語尾はキッツイな……)
プードルンは指示棒でホワイトボードに描かれたイラストを指した。イラストは横並びに全部で四つあり、左から右に進むよう順に矢印がふられていた。
「皆にはこれから、エナジーストーンの使い方と『ハートフルジュエリー』について説明するワン」
プードルンが指したのは、まず一つ目の左端のイラストだった。ストーンホルダーの姿をデフォルメしたイラストで、胸の中にあるエナジーストーンが強調して描かれていた。絵が上手いランがプードルンの指示に従って、ささっと描いたものである。
「ストーンホルダーたちはエナジーストーンを核に活動しているワン。実はこのエナジーストーンというのは、もともと私たち妖精がハートフル戦士を強化する目的で造った物なんだワン」
芭海が問う。「ハートフルランドで製造されたってこと?」
「そうだワン」プードルンは頷く。「長きにわたる戦いでダークゴットズに奪われ、そして数百年前から、ストーンホルダーという兵士の原材料として利用されるようになってしまったんだワン」
「それは残念ですねぇ」ランはロケロンの頭を撫でながら言った。
ロケロンはランの膝の上にちょこんと座っていた。千早や芭海が色んな意味できつ過ぎる所為で忘れがちになるが、ランとロケロンの親密度こそが、本来望まれるバディの距離感である。オウルンとプードルンはサイコ・ブレイドのコンビの仲睦まじさを目にするたびに、感覚が麻痺していることを思い知らされていたし、キュウコも才子とあんなに仲良くなれる自信はなかった。
もっとも、ロケロンの無邪気さとバディへの盲目的な懐き方、加えてランの無関心故の無償の優しさが、このコンビの関係が良好である要因だったのだが。
「ストーンホルダーが持つエナジーストーンは、戦闘し倒すことで取り返すことができるワン」
察し良く芭海が口を挟んだ。
「じゃあ、取り返したエナジーストーンは僕らの強化に使えるわけだね」
「そうだワン」
プードルンは次のイラストを指示棒で指した。
「でも、ストーンホルダーの核に使われたエナジーストーンはダークエナジーで穢れているから、そのままではハートフル戦士が使用することはできないワン」
二つ目のイラストはエナジーストーンが暗いオーラで包まれている様子を描いていた。一色のマジックで上手く表現したものである。
「ランは本当に絵が上手いケロ~」
「うふふ、ありがとうございますロケロン」
「おいそこ、イチャつくな」
「続けてもいいかワン?」
「どうぞ続けて、プードルン」
(芭海は本当に普段はまともだキュ……)
プードルンは三番目の、プードルンっぽい妖精がストーンを抱きしめるイラストに指示棒をあてた。
「穢れたストーンエナジーは、私たち妖精が浄化することで元の状態に戻せるワン。そしてようやく、本来の使い方……ハートフル戦士を強化する、ハートフルジュエリーにすることができるんだワン」
四つ目、指輪やネックレスなどの装飾品にエナジーストーンが埋め込まれたイラストを指す。プードルンが作業台にある装飾品に目をやり、全員の注目が同じ場所に集まった。
オウルンが椅子から立ち、作業台に特異な形状の宝石箱を置いた。ハートフルランド製の頑丈な保存容器である。蓋を開けると、これまでのストーンホルダーとの戦いで回収したエナジーストーンが収められていた。
一同の顔を見回し、プードルンは話した。
「この装飾品は皆に合わせて私たちが作った物だワン。この装飾品にエナジーストーンをはめ込むことで、ハートフルジュエリーとなるワン」
ハートフルジュエリーとは、要約するとハートフル戦士を強化するアイテムである。歴代の戦士たちはハートフルジュエリーの恩恵として、新たな必殺技や武器を授かってきた。
「代々、装飾品は私たち妖精がバディに見合った物を制作しているんだワン。ちょうど全員分完成したから、今日はお披露目と説明会を開いたんだワン」
装飾品は妖精が、それぞれのバディに手渡した。千早はブレスレット、ランはロザリオ、芭海はチョーカーだった。残りのリボン付きブローチは才子のものだった。
受け取ったブレスレットを左腕に嵌めつつ、千早が全体に向けて言った。
「エナジーストーンには能力との相性がある。事前にプードルンと話して、どのストーンを誰に割り振るか決めてある」
「話が早いですね」
「僕はどのストーンを貰えるんだい?」
宝石箱から取り出したストーンを、千早は乱暴にランと芭海へ投げつけた。
「ありがとうございます」
ストーンをキャッチしながら芭海が文句を言った。「おっと、コントロールが悪いね」
「ランはアクアストーンだ。使い方は、ダークアクアと直接戦った君なら肌でわかるだろう」
アクアストーンは青く透明感のある楕円形の石だった。ランは微笑を浮かべた。
「そうですね。イメージは浮かびます」ロザリオを握りしめ、ロケロンの頭を撫でる。「ロケロンも、私のためにこんな素敵なロザリオを作ってくれてありがとう」
「えへへ、頑張ったケロ~」
芭海に与えられたのは紫色の真球の石だった。真珠のようにツヤがあり、蛍光灯の明かりを白く反射した。
「水鶏はグラビティストーンだ」
紫色の石をぎゅっと握り、芭海は不満そうな顔をした。
「これは才子ちゃんが倒した敵の物でしょ?」
「そうだ」
「なら、これは才子ちゃんが使うべきだ」
「気遣う必要はない。それは君が使うのに最適なストーンだ。代わりに日ノ出はダークグラビティが持っていたエナジーストーンの片割れ、リパルジョンストーンを使う」
「……でも、これは……」
「そんなに嫌なら本人が起きてから貰っていいかを訊くんだな。ただ、それまでは借りておけ。必ず君の役に立つ」
「……神崎のストーンは?」
千早は指に挟んだ二つのストーンを見せた。黄色い台形型の石と、オレンジ色の円柱型の石だった。
「ハンマーストーンとパイルストーン。君が仕留めた敵の物だ」
「別にいいけど、神崎だけ二つなの?」
「ハートフルジュエリーに装備できるストーンは一つずつだ。この二つを私が同時に使えるわけじゃない。さっきも言ったが、割り振りは個々の能力との相性を考慮している。万物を斬る能力のランがこの二つのストーンを持っていてもまるで役に立たないし、逆に血肉を操る私がアクアストーンを持っていてもあまりメリットがない」
「確かにそうですね」
「……うん、なるほど」
「今後、敵を倒して手に入ったストーンは相性のいい戦士の取り分にする。君にぴったりのストーンがあれば幾らでもくれてやるさ」
千早のブレスレットには髑髏の装飾が成されていた。大口を開けた髑髏の顎に、千早はハンマーストーンをはめ込んだ。ハンマーストーンが一度発光し、鎮まった。これでハートフルジュエリーの完成である。
パイルストーンをオウルンたちが作ったストーン用のポーチに入れ、千早はまたランと芭海を見た。
「エナジーストーンは私たちにとって貴重な戦力増強剤だ。だからストーンホルダーと交戦する際は、可能な限りエナジーストーンを壊さず奪う形で勝利するよう心掛けたい」
ランがくすっとした。
「そういえば、アクアストーンの一つは私が壊してしまいましたね」
「同じストーンが二つあっても効果があるかはわかんないからな。ストーンを得るために死んでは元も子もない。やむを得ない場合は破壊して構わないさ。むしろ敵は倒すことが最優先だ。ストーンの回収はあくまで二の次だ」
「承知しました」
「おっけ~」
ロザリオの中心にアクアストーンを、チョーカーから垂れさがる鎖の先端にグラビティストーンをそれぞれはめ込む。ランはロザリオ型のハートフルジュエリーを首に提げ、芭海はチョーカー型のハートフルジュエリーを首に巻いた。
「で、これが才子ちゃんのハートフルジュエリーね」
芭海が作業台に身を乗り出し、リボン付きブローチを手に取った。チョーカーの中央から垂れ下がる、短い鎖飾りに繋がれたグラビティストーンが振り子のように揺れて、きらきらと輝いた。
「可愛いじゃん。才子ちゃん好きそう。いいセンスしてるじゃん、キュウコ」
「……そ、そうかキュ?」
愛想笑いしていたが、キュウコの目は笑っていなかった。宝石箱に一つだけ残った赤いダイヤ型のリパルジョンストーンを、キュウコはちらっと見た。それは才子に直接トドメを刺したストーンだった。
ハートフル戦士が強くなることは良いことだ。人間界を救うことに大きく貢献する。キュウコも才子のことを想い、才子が気に入りそうなリボンとブローチを丹精込めて造った。
でも、キュウコの胸の奥には暗い不安が渦巻いて消えなかった。
ただでさえ強い才子が、リパルジョンストーンを手にすることでさらに強くなってしまうことが怖かった。ストーンホルダーがあの力で暴虐の限りを尽くした光景を想起した。いよいよ、才子は歯止めが効かなくなってしまうのではないだろうか。
千早たちはハートフルジュエリーを使う訓練について、既に話し合っていた。会話の輪に入るふりをしつつも、キュウコの胸中は陰鬱だった。
才子はまだ意識を取り戻していない。キュウコのなかに、才子が目覚めるのを心待ちにする自分と、才子が目覚めないことを望んでいる自分がいた。
どっちが本当の自分なのかわからなかった。才子が大事なバディで、まだ十四歳の少女だと思うならば、当然早く起きて欲しかった。しかし彼女がサイコパスで、躊躇いもなく人の命を犠牲にする戦闘狂だという現実を思い出した瞬間に、キュウコは再び才子がハートフル戦士に変身することが怖くて仕方なくなった。
きっと、キュウコの本音は後者の方が大半を占めていた。だから余計に、キュウコは自分が嫌になった。
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