ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第28話 みんなで頑張る☆ 才子復活大手術12時間!!(後編)

公開日時: 2020年9月24日(木) 12:00
文字数:2,537

 12時間かけ、入念に、そして忠実に、生前の才子をもう一度ここに再構築する。

 この精密な作業に全く精神をぶらさず集中を続ける千早たちを見たキュウコは、改めてサイコパスという人種に恐怖に似た身震いを覚えた。

 彼女たちのような人種は、ある一つの物事に対し凄まじい集中力や執着を発揮する。その代わりに共感性やモラルに欠ける、彼女たちはそういった脳の構造をしている。

 今、千早たち三人は才子を再構築する作業に全神経を注いでいたのだ。これは決して容易なことではない。人には必ず邪念が存在する。いわゆるゾーンなどとも言われる極度の集中状態に没入するためには、邪念を取り払い、興奮と平常心の中間にある微妙な精神状態を獲得しなくてはならない。

 サイコパスはそれを意のままに――いや、無意識下で当然のように引き出す。目の前にある光景こそが、彼女たちの本領なのかもしれないと、キュウコは感じていた。

 プードルンも同じ戦慄を覚えていた。

 死んだ人間の蘇生……そんな神の所業をやってのけた戦士など、プードルンが知る過去数百年、誰一人としていなかった。

 そもそもやろうとする者がいなかったし、できるだなんて誰も信じなかった。実行するだけの力量も無い。しかし、千早は条件を全て揃えていた。

 サイコパスの脳が生む狂気的なまでに膨大なハートフルエナジー、異常なまでの集中力、人体の組成を網羅する博識、目的に見合った血肉を操るという特異な能力。

 千早は才子が死んでから今日まで、常に全体の20パーセントのハートフルエナジーを消費して才子の血肉の鮮度を維持していた。戦士になったばかりの少女が、微量とはいえ三週間ものあいだ、常時能力を発動させ続けていたことになる。その事実を聞かされた時、プードルンは言葉が出なかった。千早の技術は既にベテランの戦士に匹敵していたからだ。

 プードルンが知る、ハートフル戦士として見出されてきた少女たちとは脳の構造が根本的に違い過ぎる。同じ生き物とは思えなかった。別の人種どころか、もはや彼女たちは――

(彼女たちは……本当に人間なのかワン……?)

 6時間経過、心臓を含む臓器の再生は全て終え、四肢の再構築が始まっていた。首から上はまだない。あと6時間。

 千早は顔に汗を浮かべていたが、集中は一度も切らさなかった。ランと芭海も、見事に適量のエナジーを千早に分け与え続けていた。キュウコたちは時間を忘れ、死んだ人間をもう一度造るという神の御業が実現されようとする様に見入っていた。

(彼女たちは……サイコパスは、いったい、何者なんだワン……ッ?)

 1980年代、今は無き盟友の蛇妖精ヨルムムンが提出したサイコパス起用案をまとめた計画書プロジェクトDに記載されていた一節を、プードルンは思い出していた。

『彼女たちサイコパスは、あるいは人間ではないのかもしれない。天使の仮面を被った恐ろしい何かかもしれない。ならば我々はこの救世主を、敬意と畏敬を込めてこう呼ぼう』

 ヨルムムンが記載した言葉は、プロジェクトD封印の一因ともなった。

『怪物。あるいは、悪魔と』

 悪魔計画。

 数十年の時を経て、ヨルムムンが望んだ救世主による聖戦が、完璧な形で実現しようとしていた――――。

「…………終わったぞ」

 地下では時間の感覚が麻痺していた。地上ではいつの間にか日が沈み、日付が変わろうとしていた。作業台にある時計の針は一周していた。

 12時間経過。変身が解かれ、千早は膝から崩れ落ちた。ランが肩を抱いて支えようとしたが、自分も一緒に倒れてしまった。体力のある芭海は辛うじて立っていたが、息が切れひどく汗をかいていた。三人とも疲弊し切っていた。

 過呼吸気味になっていた千早に、オウルンが素早く酸素スプレーを渡した。酸素を吸いながらオウルンとプードルンの肩を借りて立ち上がり、足を引きずりつつも千早は急いで作業台の傍へ行った。

「……さ」芭海は自分の疲労を忘れ、顔から汗を垂らしながら、作業台の上にある型枠の中を見つめていた。「……才子、ちゃん……」

 作業台を叩くように酸素缶を置き、千早はオウルンに手を差し出した。

「聴診器!」

「ホッホー!」

 プードルンがタオルで千早の汗を拭う。型枠の中で眠る少女の瞼を開けてライトを当て、瞳孔が動くことをチェックし、聴診器で心拍を調べた。

「ラン、大丈夫かケロ?」

「ええ、平気ですロケロン。ありがとう」

 ランは床にへたり込んだまま、眠る少女を神妙な顔で診察する千早を見上げた。ランの目線からでは、作業台の上の少女の姿は見えなかった。

 代わりに、隣に立つ芭海の顔を見ることで、ランはこの12時間の成否を判断した。

「……才子ちゃん……っ」

 芭海はみの目からは涙がぽろぽろとこぼれていた。ランは千早に目を移して訊いた。

「いかがですか? 千早。成功しましたか?」

「…………」

 耳から聴診器を外し、千早は荒い息と汗で曇った眼鏡をとった。袖で額の汗を拭い、千早はランと、それからキュウコと順に目を合わせた。相変わらず可愛げのない仏頂面だったが、声はいささか綻んでいるように聞こえた。

「完璧だ。……だから言っただろう。ただの仮死に過ぎないって」

 キュウコは、自分がどんな表情をしているのかわからなかった。笑顔だったのか、はたまた青ざめていたのか。才子が瓦礫の餌食となった時と同じく、涙は出なかった。

 千早曰く、才子の存在がダークゴットズへの勝利に近づく大きな一助となるのは間違いない。だが果たして、本当に彼女を蘇らせてよかったのか――バディであるはずのキュウコが、心から喜ぶことができていなかった。

 キュウコは作業台に設置されたプラスチック製の型枠の中に、仰向けに眠る少女を見た。五体満足の一糸纏わぬ、華奢な少女。赤みがかったミディアムヘア。穏やかに眠る顔。

 日ノ出才子だ。

 あの日、キュウコが初めて対面し、始めてストーンホルダーと戦い、勝利し、命を落とした――才子の姿が、そっくりそのまま蘇えっていた。

「才子……」

 死んだ人間が蘇生する瞬間に立ち会ったことなどあるわけもなく、何を言うべきかわからなかった。芭海は大泣きしていたし、千早は忙しく医療器具を準備していた。

 キュウコはただ、思いついた言葉を口にした。

「おかえりキュ」

 

 死亡から二十四日。日ノ出才子ひのでさいこ、復活。

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