ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第10話 ダークアクア襲来! 街が水浸しになっちゃった!(前編)

公開日時: 2020年9月8日(火) 20:00
文字数:3,083

【ストーンホルダー】……エナジーストーンを核にダークゴットズが作った兵士。ダークエナジーを源とし、ストーンに由来する能力を使う。ダークゴットズに隷属し、人々を恐怖に陥れダークエナジーを集める。主な役目はダークエンペラーに献上するためのダークエナジーを蓄えること。

 極めて残忍な方法で人間界を襲う。基本的に感情は薄いが、個体により性格や感受性が異なる。生まれてから時間が経つほど、人に近い感情を有するようになる。

 

 翌朝、ビジネスホテルのある一室で人間と妖精の静かな攻防が繰り広げられていた。

「キュ~、千早~。起きるキュ~」

 孤児院に住むランと接触した次の日の朝、再び教会を訪れると約束した千早であったが、睡魔に見事に大敗を喫し目覚まし時計を8度無視した挙句、布団にくるまりキュウコの揺さぶりにさえも起きる気配を見せなかった。

 子供のように布団に顔をうずめ、千早は寝言すら口にせずまるで起きようとしなかった。キュウコは千早の上に馬乗りになり体を何度も揺らしたが、それでも全く効果がなかった。

「キュ~! 千早~~っ!」

「…………」

(寝起きが悪いとは言っていたけど、こんなに酷いとは……そういえば家ではいつもオウルンが千早を起こしに行ってたキュ……!)

 そのオウルンはと言うと、朝食を買いにコンビニに行っているところだった。オウルンが買い出しに行っているのはキュウコが寝坊したせいもあったのだが、外出の際に非常に不安げな顔をしていた意味がわかった。キュウコに千早を起こせるかと案じていたのだろう。

 キュウコは半泣きで千早を布団の上からポカポカ叩いた。

「キュウ~~、ち~は~や~! 起きるキュ~!」

 時計を見た。既に7時半を回ろうとしている。ランはとっくに登校している頃だ。オウルンはまだ帰ってこない。

「オウルン~、早く帰ってきてキュ~っ!」

 

 

「……何見てるんだホッホー」

 一方その頃、コンビニからホテルへの帰り道、オウルンはゴミ置き場でゴミを漁るカラスと喧嘩していた。

「何だその目はホッホー! これは私たちの朝ご飯だホッホー、上げないホッホー! カーじゃないホッホー! オウルンだって賢いホッホー!」

 

 

 礼拝堂で祈りを済ませ、鶴来つるぎランは門へ足を向けた。

「それでは行ってきます」

 マザーやミナたちが手を振った。

「いってらっしゃい、ラン」

「ランお姉ちゃんいってらっしゃ~い」

「は~い。行ってきま~す」

 ブレザーの制服に身を包み、ランは学校という社会の擬態に相応しい笑みを貼り付けて学校へ向かった。ランの通う高校は△△町の市街地を挟んだ向こう側にある。ランは市街まで歩き、そこからバスに乗るのがいつもの登校路だった。

 すれ違う近所の人たちと陽気に挨拶を交わす。柔らかにほほ笑むランの頭にあったのは、昨夜完成させたノートの絵のことだった。

 磔にした絵を描いても父親の顔は思い出せなかった。槍を持ち父を刺し貫く役を母に演じさせても、やはり顔は見えなかった。今度は二人を頭蓋骨粉砕機にかけた絵を描いてみようと考えていた。そうすれば否応なく顔は描かなくてはならなくなるはずだ。覚えていなくとも、ランの手は自然と両親の顔を描くかもしれなかった。

 頭蓋骨粉砕機はその名のわりに、先に下顎の方から砕けてしまう。そうしたらどんな顔になってしまうのだろうと、ランは想像した。両親の顔はわからなかったので、昨日出会った千早の顔や、妖精たちの顔で想像した。想像のなかにはロケロンの顔も含まれていた。彼女たちの死顔を空想しても、ランは何とも思わなかった。

 

 

       ♢

 

 

 △△町地下鉄の車掌を務める田島直樹たじまなおきは勤続歴15年のベテランだった。今日も朝早くから眠気にも負けず、通勤ラッシュの乗客を運ぶために操縦室に乗り込む。

 見回りを完了した同僚からOKの合図をもらい、田島は電車を発進させた。今朝も地下鉄は満員だった。

 運転に集中をしながらも、田島は頭のなかで先日予約したケーキを受け取る手筈を反芻していた。今日は娘の誕生日だ。今年で10歳になる。あの子の好きな生クリームと苺がたっぷり載ったホールケーキ。喜ぶ顔を想像するだけで彼は心が躍った。

 今日はなんとしても定時で上がらなくてはならない。そのためにはトラブルで遅延などあってはならない。先月は同僚が運転する別の地下鉄で飛び込み自殺があった。その同僚はショックで、今では精神科通いだ。ああはなりたくない。変な気を起こす愚か者が現れたり、機械の故障などが起こらないことを彼は祈った。せめて今日だけは。

「……ん?」

 ヘッドライトが照らす暗い線路の先に、何か光るものが横切った。何だと思い、田島は目を凝らした。作業員の反射ベストだろうか? 工事をしているなど聞いていない。まさか誰かが線路に侵入しているわけでもあるまいし。しかし動物の眼の光とも違う気がした。

 電車を停めた方がいいだろうか、と田島は考え始めた。困ったな、今日は娘の誕生日なのに……。

 ザアア、と妙な音が聞こえた。ヘッドライトを反射した光が大きく蠢いた。それは揺れ動きながらこちらへ迫っていた。

「冗談だろ?」

 水だった。

 大量の、地下鉄の線路を埋め尽くすほどの大量の水が津波のように流れ込んでいた。凄まじい速度で流れる膨大な水は、瞬く間に電車のすぐそこまで迫った。

 田島はブレーキをかけながら、無線機に手を伸ばした。

 

 

 △△町の各地下鉄駅には、平日は毎朝合計で6000人ほどの乗客が通勤ラッシュで詰めかけていた。広大な地下駅構内を多くの会社員や学生が早足で進む。混雑率150%を上回る電車に乗るために無数の人々が最短距離を目指していた。

 地下鉄内に異変が起きたのは、通勤ラッシュがピークを迎えた時だった。線路から大量の水が流れ、電車を飲み込み駅構内まで侵入したのだ。

 プラットフォームで次の電車を待っていた人々は一瞬で波に攫われた。線路から流れる水は途切れることなく、ものの数秒でプラットフォームを浸水させた。

 駅構内を颯爽と歩いていた会社員や学生の前に、線路へ下りる階段から溢れたおびただしい水が襲いかかる。パニックになり数百人が一斉に逃げ惑うも、人の足よりも遥かに速く流れる水が次々と人々を飲み込んだ。ある者は水に流され柱に激突して即死した。運よく気絶した者はそのまま息絶えた。が、多くの者が駅構内の天井まで満たされた水中で、苦しみながら溺死した。

 息絶える彼らの目には映るはずもなかったが、もがき苦しむ人々が生み出す絶望や恐怖のダークエナジーが、水中を通り線路の奥へと吸い込まれていった。

 駅構内を浸水させた膨大な水は、間もなく地下鉄入り口の階段を介して地上へ溢れ出た。通勤ラッシュに出遅れ駆けこもうとしていた会社員や学生が、突如飛び出した水の餌食となり、十数メートル飛ばされた挙句電線に絡まり、感電死した。留まることを知らない水は早くも道路にまで浸水を始めていた。

 △△町を中心とする広大な地下迷宮のほぼ全域が、発生源不明の大量の水で満たされた。通勤ラッシュ時の地下鉄にいた約6000人が閉じ込められ、間もなく溺れ死んだ。さらに水は止まることなく、地上へ溢れ続けていた。未曽有の大惨事に各機関がパニックに陥った。

 何トンという水に沈んだ地下鉄にいる人の救助が不可能であることはすぐに結論付けられた。それよりも早急に求められた対処は、地下から際限なく溢れる水をいかに封じるかだった。

 

 

 電車を停め、緊急ボタンを押し、田島直樹は無線を手に取った。既に電車は途方もない量の水に飲み込まれていた。水中で電車が浮力を持ち、ドアや窓の隙間から水が浸入し始めた。

 汗だくになり、無線機に必死に呼びかける田島の耳に嫌な音が聞こえた。彼は顔を上げた。水圧がフロントガラスに亀裂を走らせていた。割れたガラスから、水が細く噴き出した。

「ああ、無理だ」

 それが彼の辞世の句だった。1秒後にガラスが割れ、車内に大量の水が流れ込んだ。数百人の乗客ごと、電車は冷たい水に沈んだ。

 

 

 地下鉄浸水から間もなく、今度は下水道管の破裂が相次いだ。各所のマンホールから噴水のように水が溢れ出た。10分足らずで、△△町の実に2割が水害に晒された。

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