芭海はピンと伸びた鎖を、9ミリ拳銃で撃った。が、強化した弾丸でさえ、鎖に弾かれるのみで傷をつけられなかった。
「硬くなってる!? おいおいマジか!?」
ダークハンマーが振り下ろした鎖がたわみ、鉄球が放物線を描いてこちらへ飛んできた。
10式戦車のなかでは、自動装填装置が次の徹甲弾の発射準備を整えていた。砲手がダークハンマーに照準を合わせ、発射の合図を待った。
鉄球が戦車の眼前へ迫る。車長が「撃て!」と命じ、プレデターアイ付きの強化徹甲弾が発射された。理由はわからないが、何故か我々の攻撃は敵に通じる。きっとこの鉄球を喰らえば我々は死ぬだろうが、ヤツに一泡吹かせることができるのなら、後退を選ぶなどありえなかった。この一発が怪物に届くのならば、死んでもいいと乗員全員が思った。
徹甲弾と鉄球が衝突しようとした、次の瞬間だった。
鉄球の内側から爆音がし、無数のスパイクが四方八方に飛び散った。射出されたスパイクに見えていたものは、細いパイルだった。
あの鉄球は、打撃武器であるとともにパイルを埋め込んだ発射装置でもあったのだ。ハンマーストーンとパイルストーンの力を融合させた、ダークハンマーの奥の手だったのである。
パイルは周囲の建物や道路を滅茶苦茶に破壊した。徹甲弾はダークハンマーの目前で打ち落とされ、無数のパイルが戦車を串刺しにした。車内で生き残っているのは車長だけだった。その車長も、落下した鉄球によって10式戦車の車体ごとぺしゃんこに叩き潰された。
辛うじて芭海はパイルを躱すことができたが、その場にいた自衛隊は全員死んでいた。頼みの戦車もスクラップだ。あと少しだったのに、無能どもめ。
戦車にめり込んだ鉄球を、ダークハンマーが持ち上げる。鉄球に空いた無数の穴から、再びパイルの先端が飛び出した。鎖を引き、ダークハンマーは頭上で鉄球を振り回し始めた。
鉄球に遠心力を乗せながら芭海を見下ろし、ダークハンマーはガラガラの声を発した。
『モウ小細工ハ出来ンゾ、ハートフル戦士』
芭海はパイルだらけの路上を歩き、犠牲となった自衛隊員の死体の傍に近寄った。大仰に肩をすくめ、芭海は言った。
「なんだって? 僕はいくらでも小細工してみせるさ。戦車は壊れちゃったけど、ほら見なよ。こんなに沢山武器がある」
パイルで頭を貫かれた死体から小銃をもぎ取る。芭海はその銃を使いはせず、捨てた。
「ライフルの扱いなんてわからない。戦車の操縦も知らない。ナイフだって小さ過ぎて君相手には効果が低い」
パイルを抜いて死体をうつ伏せに寝かせた。芭海は死体の首に手を置いた。
「でも、ここにある『武器』のなかで一つだけ自信を持てるものがある」
『?』
指で皮膚を貫き頸椎を掴むと、芭海は死体の背骨を丸ごと引きずり出した。
ダークハンマーは眼を丸くしていた。
『ナヌ!?』
ぼたぼたと血を垂らす背骨にプレデターアイが寄生し、血管が纏わりついた。手からぶら下がりうねる背骨をじっと眺めてからダークハンマーに目を向け、芭海は面頬の裏でほほ笑んだ。
「人体の扱いなら、よく知っている」
ダーク・プレデターは生物を強化することはできない。
だが、死んでいるならば問題ない。
『……貴様……本当ニ、ハートフル戦士カ……?』
鉄球を振り回しながら、ダークハンマーは自分が限界まで追い詰められていたことを思い出した。ダークエンペラーに献上するはずのダークエナジーまで費やし、奥の手を使ってでも芭海を倒そうとしていた。芭海に追い詰められたという、決定的な事実があった。
『……ナルホドナ……』ダークハンマーは何かを悟ったかのように目を細めた。『ダークグラビティヤ、ダークアクアガ敗レルワケダ……』
もはや手を抜くことなど許されない。彼女はダークゴットズ、ひいてはダークエンペラーの障壁となる敵だ。我々の野望を脅かす存在は、一刻も早く排除せねばならない。最初から、彼女はダークハンマーが全身全霊をもって屠らなくてはならない脅威だったのだ。誰一人、ダークゴットズでさえいまだこの異常事態に気がついていなかったのだ。
新たなハートフル戦士、『尋常ならざる者』によって生み出された狂気の戦士の存在を、ダークハンマーは同胞へ報せなくてはならない。そのためには、全力を叩き込み芭海を倒さなくてはならない。
芭海とダークハンマー、条件は同じ。全身全霊で、相手を殺す。
『イザ……ッ!』
充分に遠心力を乗せ、鉄球を投擲する――この瞬間、ダークハンマーは生まれて初めて本気で闘いに臨んだ。
頭上から芭海へ突っ込みながら、鉄球からパイルが射出された。芭海は襲い来るパイルの雨を、背骨で打ち返し拳銃で撃ち落として進んだ。
鉄球は芭海の背後に落ちた。第一波を凌ぎ切り、ダークハンマーへ距離を詰める。
鎖を巻き取り、ダークハンマーは鉄球を引き付けた。手元に戻った鉄球に新たなパイルが生える。芭海が胸のストーンを狙って撃った弾を、ダークハンマーは鉄球で防いだ。
弾切れした拳銃を捨て、芭海は先ほどの死体からついでに拝借しておいた手榴弾を取り出した。手榴弾には既にプレデターアイが寄生していた。
目の前に放った手榴弾を、テニスのようにスイングして背骨で打ち飛ばす。
ヒビだらけのアスファルトをバウンドした手榴弾は、ダークハンマーの左膝付近で爆発した。ダークハンマーが呻き声を漏らし、左膝を折った。
『グヌゥゥゥッ!』
芭海はもう一個手榴弾を打った。右足を狙った手榴弾は、しかし鉄球で跳ね返されてしまった。
鉄球を頭上へ投擲し、鎖を引いて振り下ろす。落下する鉄球からパイルが炸裂し、鋼の雨が街を蹂躙した。
降り注ぐパイルをかいくぐり、芭海はまた背骨でグレネードを打った。今度はダークハンマーの頭上へ飛んでいった。
『フン、ドコヲ狙ッテ……』
グレネードの形状が違った。手榴弾ではなく閃光弾だ。
激しい光が炸裂し、ダークハンマーは顔を伏せた。闇に巣くうダークハンマーにとって、光は天敵だった。眼が眩む。
『グウウオオオオ!』
目を押さえてダークハンマーがもがく。その隙に胸の前まで飛びかかり、芭海はエナジーストーンを奪おうとした。
視界ゼロのまま、ダークハンマーが体を引き締め、背筋を仰け反らせた。
『ウオオオオオッッ!!』
鎧から飛び出ていた棘が一気に噴射した。細かなパイルが大量に襲いかかり、芭海が振るった背骨は一歩、急所に届かなかった。
「チッ! またソレか!」
細かなパイルが体じゅうに刺さる。近距離だっただけあり、深手は回避できなかった。
着地を試みたが、何本もパイルが脚に刺さっていたため力が入らず転、倒してしまった。すぐに立てなかったので、足を引きずってダークハンマーと距離をとった。
『オノレ、ソコカ!?』
音を頼りにダークハンマーが鉄球を投げた。身を放り出しながら背骨で鉄球を打ち返し、芭海はなんとか直撃を免れた。が、鉄球の重量に耐え切れず、背骨はバラバラになってしまった。椎骨が地面に散らばった。
(クッソ、ミスったか……!)
潰れた戦車の前まで後退し、芭海は片膝をついた姿勢でダークハンマーを睨みつけた。視力が回復し、ダークハンマーがギラギラと光る眼を開く。血のないダークハンマーのその眼が、憤怒で血走っているかのように見えた。
『ヤッテクレタナ……ハートフル戦士』
芭海は腰のポーチに意識を向けた。
(そろそろか……)
パイルで串刺しにされた芭海の脚を眺め、怒りに歪むダークハンマーの眼が微かににやけた。鎖をジャラジャラと鳴らし、ダークハンマーは芭海に迫った。
『手コズラセタナ……ダガ、ココマデノヨウダナ。サイコ・プレデターヨ……』
「……さあ?」
芭海はちらっと、道路沿いのビルの屋上に目をやった。そこには、犬の妖精の姿で立ち、芭海を見守るプードルンがいた。プードルンと目が合うと、芭海は頷いた。プードルンも頷きを返した。
「それは、どうかな」
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