プードルンは、戦闘に臨む前にある重要なことを芭海に教えていた。
ハートフル戦士の、切り札だ。
『……ナヌ?』
足を止め、ダークハンマーは訝し気に芭海を見た。芭海はパイルの刺さった腹から手を放し、指を一本立てた。手は芭海の血でどろっと濡れていた。
「悪いね、ダークハンマー。一つ……嘘をついてたことがある」
『……?』
パイルに串刺しにされた激痛に眉間を寄せつつ、芭海は気丈な声で言った。
「僕の能力は、ただ物体を強化させる力じゃない」
『……ナンダト?』
ゴホッと血を吐き、芭海は汚れた面頬を手の甲で拭った。手には血がついていたため、むしろ芭海の顔は汚れた。失血を防ぐため、太い血管付近に刺さったものだけを残し、パイルを引き抜いた。悲鳴を堪え、あくまで余裕の態度で芭海は喋る。
「正確に言うとね……目玉を寄生させた物体を、ハートフルエナジーでコーティングしているわけではない。僕が造る目玉は、物体の組成を入れ替えているのさ」
『入レ替エル……?』
馬鹿な敵だと、芭海は思った。性格上、ダークハンマーは対等な条件における決闘を望む。また、彼は芭海という好敵手に対し一定の興味関心を抱いていた。他者の観察眼に優れた芭海は、顔のないダークハンマーの小さな眼と仕草、声音の機微から、空っぽの鎧の中にある心情を読み取っていた。
こいつは芭海の話を最後まで聞く。勿体ぶればぶるほど、手出しをしなくなるだろう。
パイルを抜きながら慎重に時間を稼ぎ、芭海は独り語りを続けた。
「そう、入れ替えるんだ。寄生した物体の質量を吸い取り、ハートフルエナジーで代替する。ハートフルエナジーでそっくりそのまま置換するから、物体はそのままの形状で入れ替わるのさ。ハートフルエナジー製のレプリカを瞬時に造り出すってわけ」
『……?』
まだ、ダークハンマーは理解していない。芭海は内心でほくそ笑み、相手の愚かさと頭の悪さに感謝しながら真実を告げてやった。
「なあ、ダークハンマー。寄生した物体をハートフルエナジーと入れ替えたとしたら……その入れ替わった分の物体の質量は、どこへいくと思う?」
ダークハンマーは眼を点にした。頭が悪くてほとほと助かる。左の前腕に刺さったパイルを引っこ抜き、芭海は言った。
「答えは、『目玉ン中に蓄える』だ、ボケ!」
ポーチの中のハートフルフォンが激しく光り輝いた。ポーチを透過して光が漏れ、ダークハンマーは思わず後ずさった。
『ナンダコレハ!?』
ハートフルフォンとともに、芭海の瞳や体も輝き始めた。急激に湧き出す高エネルギーを感じ、ダークハンマーは驚嘆した。
『マサカ、コレハ……「ハートフル・フィニッシュ」!?』
引きずっていた足で強く地を踏ん張り、芭海は堂々と立った。「その通り」
戦場へ赴く前に、プードルンは芭海に指南していた。
ハートフル戦士は心から発するハートフルエナジーを源に戦う。戦えば戦うほどハートフルエナジーは消費され、戦闘時間が長引けば枯渇する。ハートフルエナジーが無くなってしまえば芭海の負けだ。
しかし、ハートフル戦士には大きな切り札がある。
『ハートフル・フィニッシュ』——ハートフル戦士が有する、必殺技とも言うべき奥義だ。
サイコ・アクセルにとっては『神速拳』が、サイコ・ブレイドにとっては『贖罪の断頭台』が該当する。
ハートフルエナジーは消費されるほど、心の深層で溜まる『ヒートパワー』という別種のエネルギーを生む。
ヒートパワーはいわば、ハートフルエナジーを燃やすことで漏れる余熱のようなものだ。
燃やした心の器には熱が籠もる。ハートフルエナジーの副産物として蓄積された熱は高純度の新たなパワーとなり、通常時では発揮することのできない強力な効果や奇跡を起こす。
ヒートパワーは精神状態でいうところの昂ぶりや興奮、脳で例えるならばエンドルフィンのようなものだった。
いつの時代も、追い詰められたハートフル戦士を救い、ダークゴットズを手こずらせてきた切り札。芭海は今まさに、その最後の手段『ハートフル・フィニッシュ』を抜こうとしていた。
戦場と化した街のあちこちに落ちている凶器に寄生したプレデターアイが、血管を手足のように伸ばして地面や壁を這い、一斉に芭海のもとまで集結を始めた。道路標識に寄生していた眼球が、トラックに引っ付いていた眼球が、チェーンソーの眼球が、マンホールの眼球が、芭海の背後にある潰れた戦車にへばりついていた眼球が、蜘蛛の子のように走り続々と主を目指す。
主へと辿り着いたプレデターアイは、芭海の体に手当たり次第に絡みついた。血管が皮下に潜り込み、眼球が芭海と一体になる。街じゅうのプレデターアイが芭海に飛びかかり、肉体の中に侵入していった。
ヒートパワーの光に怯みつつ、ダークハンマーが喚いた。
『フン! 物体ヲ取リ込ンダカラ何ダ!? タダノ物体ヲハートフルエナジーニ変換スルコトナドデキナイゾ! ソンナモノヲ取リ込ンダトコロデ――』
ダークハンマーの声を遮り、芭海は鋭い声音で言った。
「ハートフルエナジーを取り込む必要はない」
『!?』
「欲しいのは単純な『質量』だ」
ハートフルエナジーと置換して吸収した物体の質量は、プレデターアイの内部であるモノに変換されていた。
「質量は溶かされ、エネルギーになる――」
芭海の全身を余すことなく脈打つ血管で覆った時、主自身へ寄生したプレデターアイが紫色に強く輝いた。眼球を纏った芭海のいびつなシルエットが、光で満たされた。
「料理をしたら、ちゃんといただかないとねえ?」
芭海が生成するプレデターアイは、寄生し吸収した質量を、『カロリー』へと換えていた――ッ!
「ハートフル・フィニッシュ――『淑女の晩餐』」
発光したプレデターアイは一つ残らず、芭海の体内に取り込まれていった。プレデターアイが芭海の中へ消え、光が治まった時――彼女には変化が訪れていた。
光が消えたのを見計らい、眼を開けたダークハンマーの前にいた芭海は……まるで別人だった。
コックシャツに似たノースリーブから覗く肩や腕、スリットの入ったスカートからはみ出る脚は艶やかな色気を残しながらも鋼のような筋肉に覆われ、はち切れそうな筋線維に押し出された血管が息苦しそうに脈動していた。
新陳代謝では説明がつかないほど全身の肌が紅潮し、白目が真っ赤に充血していた。地面につくほど長く伸びた髪は、紫色の毛以外全てが真っ白に脱色していた。
しかし、最も大きな変化は別にあった。
芭海の肉体は成長していた。
四肢は長く伸び、胸は豊満に膨らみ、顔つきは大人になっていた。サイズの変わらないコスチュームからは割れた腹筋が露出し、ロングスカートは丈が短くなっていた。サイズがフィットしているのは、眼球の装飾が成されたトラップサンダルだけだった。
急激な成長を遂げた芭海の身長は、2メートルを上回っていた。
ダークハンマーは愕然としていた。
『何ダ……ソノ、姿ハ……!?』
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