【バディ】……ハートフル戦士に変身する少女と妖精のコンビ。少女一人につき妖精が一人、力の操作の指南役として付き添う。妖精は戦士に必要な知識を与え、戦闘をサポートする。信頼関係を築くために個々の相性が重要となる。妖精は戦士を正義に導く役割も担う。
『……ナ……ッ!?』
「……フゥー、フゥー……!」
落とされた両腕から血を垂れ流し、柄を噛む歯茎からも出血を起こしていた。ランは刃物のような眼光でダークアクアを睨み、大剣は確かに鎧の胸を貫通していた。
ダークアクアが構えていた流水剣がただの水に還り、路上に垂れ落ちた。兜の奥の、左目の青い光が弱まった。
「やったケロ!?」
千早たちと合流し、ともに戦況を見守っていたロケロンが歓喜の声を漏らす。が、千早の表情は依然として険しかった。
「いや……」
弱まりかけていたダークアクアの目が、再び強く発光した。
「惜しいな」
ランも目を剥いた。
大剣はダークアクアの胸を貫いていたが、破壊したアクアストーンは二つのうち一つだけだった。残るもう一つのアクアストーンは、いまだ胸の中で激しく炎を燃やしていた。
『ウオ……ウオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!』
ダークアクアが咆哮し、アクアストーンの炎が全身に広がった。千早が怒鳴った。
「ラン! 剣を抜いて離れろッ!」
「!?」
千早は急いでランの両腕を治した。接合された手でダークアクアの胸から大剣を引き抜き、ランは後ずさった。が、僅かに遅かった。
『逃ガサン!!!』
ランとダークアクアを五指で囲むように、地下から巨大な水の手が出現した。両者を握りしめるように指が閉じ始め、ランに逃げ道はなかった。
(何故地下の水を操れる!? 触れていないはず……)
千早はダークアクアの足下を見た。踵から流出した水と地下の水が繋がっていた。
(そこからかッ!)
ダークアクアは自分ごとランを捕らえ、浸水した地下鉄に引きずり込んだ。
二人が落ちたのは地下鉄の線路内だった。天井まで水に沈んだ線路内は暗く、砂や人の血で濁っていた。ランのすぐ背後には、田島直樹と数百人の乗客の死体が浮く車両があった。
水の中に、ダークアクアの二重にブレた低い声が響き渡った。
『ハハハハ! 所詮ハ人間! 呼吸ガ出来ナケレバ死ヌ軟弱ナ生キ物ヨ!』
濁った水の中に揺らめく青い光を見極め、ランはダークアクアの位置を捉えた。頬を膨らませて息を止め、ランは両手で大剣の柄を強く握りしめた。
『水ノ恐ロシサヲ思イ知ルガ良イ、ハートフル戦士ヨ!!!』
ロケロンがビルの屋上から飛び出そうとした。
「助けに行くケロ! 水は得意ケロ!」
「待てロケロン」
千早がロケロンの頭を掴んで止めた。ロケロンは喧しく喚いた。
「離すケロ! このままじゃランが死んじゃうケロ!」
「待て、むしろ危険だ」
「ケロ?」
「あいつの――ランの能力を信じろ」
「ランの……能力ケロ?」
「今行けば、死ぬのは君だぞ」
パキン、と何かが割れる音がした。その時、路上がぽっかり抉られた地下鉄の線路から、一筋の光が差し込んだ。
水中で大笑いしていたダークアクアは、いつの間にか自分が水の中にいないことに気がついた。そして、体の右半身が切り離されていることを知った。
『————ハ?』
その景色に、ダークアクアは愕然とした。
線路を満たしていた水が、真っ二つに斬り開かれていたのだ。
前後のカーブからカーブまで、線路に一直線の切れ目が走り、その両端に大量の水が追いやられていた。切り開かれた水の通路の先には、大剣を振り下ろした姿勢のランがいた。
『水ヲ……斬ッタ……ノカ!?』
ダークアクアは線路を真っ二つに割った直線に沿り、斬られていた。
ランが握る大剣は、ハートフルエナジーで神々しく輝いていた。ランは深く息を吸い、肺に酸素を送り込んだ。
「ふぅ……」
大剣を床に刺したまま、ランはダークアクアを見た。血涙の滲んだ眼は、しかしハートフルエナジーで十字架型に輝いていた。
ダークアクアは戦慄していた。大剣を携えるその姿が、聖女や天使ではなく、神ですらなく、己が仕えるダークゴットズの恐ろしく禍々しい畏怖と、重なった。
サイコ・ブレイドの変身した姿を目にしたとき、千早を含む誰もが違和感を覚えた。目に見えてはっきりと異質な、変身した瞬間から手にしていた大剣。
歴代ハートフル戦士も武器を使用した事例がある。しかしそれは後天的に手に入れた能力やアイテムによるものであり、それらのオプションを一切身に着けずに最初から武器を帯びていた戦士はいない。ではランが持つ大剣の正体とは何なのか。
最も理解が容易な答えは、ランが『剣を造る能力』を持つということ。この答えは近いようで実は違う。ランにとって大剣は、『能力を行使するために必須となる物』に過ぎない。
直接対峙していたダークアクアでさえ、大剣が持つ違和感に気がつかなかった。しかしよく思い返すと、ランが持つ大剣は激しい戦闘の最中ただの一度も刃こぼれどころか、傷一つ負っていないのである。
千早の分析上、サイコパスのハートフル戦士はハートフルエナジーの振り分けに大きな偏りがある。
実例を挙げると、サイコ・アクセルは他の全てを捨てて攻撃に特化している。サイコ・ブレイドは全能力値を標準より落とす代わりに、能力の精度と有効範囲を各段に高めている。
サイコ・ブレイドの能力は全て平均値だ。通常の少女が成るハートフル戦士と大差ない。
ランがハートフルエナジーを集中させたのは、他でもない、大剣だった。実に全パワーの7割を費やし、ランは強力な大剣を標準装備として創り出している。
才子の攻撃力が常軌を逸するように、ランが高密度のハートフルエナジーを結集させた大剣の硬度は六方晶ダイヤモンドやウルツァイト窒化ホウ素よりも高く、地球上に存在するどの物質よりも硬い。
大剣にそこまでの硬度と鋭利さを持たせなくてはならない理由は、実に単純。ランの能力を成立させるためである。
サイコ・ブレイドの能力とは――『万物を斬る剣』。
森羅万象を斬る能力と、それを実現する何よりも硬い剣。この二つを併せ、サイコ・ブレイドはダークゴットズに対抗しうる戦士となる――。
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