ダークガンが出現した一報を聞きつけた神崎千早は、上着を手に取り早急に支度をした。上階にいるオウルンたちには、既にハートフルフォンでネットのリンクを送り、最低限の情報を共有していた。
地上へ階段を昇ると、玄関へ向かう鶴来ランとちょうど出くわした。
「行くぞ。作戦は道中伝える」
「わかりました」
外から車のエンジン音がした。現場へはプードルンと水鶏芭海の車で向かう。二人は既に車を出せる状態にしてくれていた。
プードルンの車にランとロケロン、芭海の車に千早とオウルンが乗り込む。車に乗る前に、千早はキュウコを振り向いて言った。
「君は日ノ出の所にいろ」
「才子の所にキュ?」
「もしもの時のためだ。敵と私たちが交戦しているあいだ、あいつを守れるのは君だけだ」
キュウコは唾を飲み込み、強く頷いた。「わかったキュ」
千早は芭海の乗用車の後部座席に身を滑らせた。警察に目をつけられても面倒だし、下らない事故で死ぬのもご免なのでシートベルトを締める。ギアレバーを操作する芭海に千早は訊いた。
「免許は?」
「十六歳だよ? 持ってるわけないじゃん。お父さんに教わっただけ」
「運転歴は?」
「二年くらい」
「なら問題ない」
(問題ないかホッホー?)
芭海は車を急発進させた。プードルンの車が、すぐにその後を追いかけた。残ったキュウコは、日ノ出才子がいる病院へ急いだ。
東京渋谷は惨状と化していた。
日本という国がいまだかつて体験したことのない銃撃による大破壊と大虐殺。ダークガンという怪人によって強行された一方的な殺戮活動は、科学の光と娯楽に溢れた渋谷という街を穴だらけにし、無惨な死体の山を築いた。
銃弾に引き裂かれた死体と壊れた車両、割れた窓ガラスが散らばる、まるで戦火が通り過ぎたかのような惨劇の跡を、ダークガンは重量のある歩みで侵攻していた。百を上回る銃器を纏ったダークガンの重量は膨れ上がり、歩くたびに鋼のブーツがアスファルトを陥没させた。
ダークガンの周囲からは人の気配が消え失せていた。全方位銃撃を繰り返しながら、スクランブル交差点から原宿を縦断したダークガンは現在、新宿へ進路をとっていた。やることは同じだ。銃弾をばら撒き人間どもを抹殺する。首都を襲う未曽有の悲劇は国内外に大々的に報道されるだろう。悲劇の報道を目にし感傷する人間たちのダークエナジーが、ダークガンの力となりダークエンペラー復活の糧となった。
人が密集する都会では、どこに撃っても誰かに弾が当たった。人を殺し目立つというシンプルな目的を達するのに、これほど最適な都市はなかった。とりわけ、ダークガンの能力は人の悲劇的感情を煽り、苦痛と絶望を与えることに非常に秀でていた。
ただでさえ人間は、銃に対し悲観的な社会背景を持つ。特にこの国にとって銃は日常とはかけ離れており、目につくことさえ珍しく一発の発砲が大事件となる。大勢の心の根幹に恐怖や不安を植え付けるのに、銃というツールと日本という舞台はうってつけなのだ。
新宿方面は血の海を歩くダークガンに、ダークアイの声が聴こえた。
物理的な空気振動による音声ではなくテレパシーによって、ダークアイの思念がダークガンに遠方から送信されていた。ダークアイは今、近くにはいない。どこかのビルか、タワーなどの高い建物の屋上に隠れ潜んでいるはずだった。360度の視界に捉えた範囲でなければ、ダークアイの千里眼を使用できない。故に、必然的に彼の位置取りは常に高所が望ましかった。
(『聴コエルカ、ダークガン』)
ダークアイのテレパシーが、ダークガンの思考内に流れ込んできた。ダークアイが通信を図った時のみ、対象者も思念をダークアイに送り返すことができた。
(『……イエス……』)
(『空ヲ人間ノマシーンガ飛ンデイル』)
渋谷上空を飛ぶ報道ヘリのプロペラの回転音が、ダークガンにも聞こえた。
(『アレハ人間ノ報道機関ダ……人間ニ恐怖ヲ知ラシメルタメニ、アレハ壊シテハナラナイ』)
流れ弾に気をつけろということだ。報じる者が居なければ、ダークガンが起こす惨劇を視聴する者もいなくなってしまう。
(『……オーケー……』)
心なしか、ダークアイの低い声がさらに低くなり、言った。
(『ソレト、ダークガン……朗報ダ』)
空のマガジンを排出し、新たなマガジンを装填する。次の言葉を聞いた時、ダークガンは足を止めた。
(『ハートフル戦士ヲ、見ツケタゾ』)
百八の銃器のボルトやスライドが引かれる音が、うるさく鳴り響いた。テレパシーではなくダークガンが現実に発した声は、その音に紛れた。
『……ラッキー……』と呟き、ダークガンが再び歩き出した。
テレビやネットに流れたダークガンの映像から、身体的特徴とおおよその能力を推察した千早は早急に対策を立てていた。予想されるダークガンのステータスと、有効だと思われる作戦をランと芭海に簡潔に伝えると、千早は早くも実行に移そうとしていた。
変身した千早たち戦士三人は、ダークガンから距離を空け尚且つ視認できる位置に隠れていた。千早は単独で動き、ランと芭海は行動をともにしていた。千早と他二人は、新宿へ侵攻するダークガンを挟み打ちする位置取りを保ちつつ、隠れながら追跡していた。存在を悟られないように、ハートフルエナジーは極限まで抑えられていた。
千早はダークガンとの距離を2キロに保っていた。能力を発動しても瞬時に悟られず、また千早が精密な遠距離攻撃を仕掛けられる射程距離だった。
右耳に付けたイヤホンにオウルンの声が聴こえた。
『ブラッド、聴こえるかホッホー?』
「聴こえる。感度良好」
そのイヤホンは、千早が既製品をハートフルフォンと無線で接続できるように改造した代物だった。まだ試作段階なので一つしか完成しておらず、千早しか身につけていなかったが、音声は普通のスマホで会話するように正確に聴き取ることができた。
オウルンとプードルンとロケロンは、戦火に巻き込まれないようにさらに離れた場所にいた。戦士三人と妖精組では常に電話を繋いでいるため、互いにいつでもアドバイスを貰うことができた。
『本当に良いのかホッホー? ブラッド。こんなに早く行動に移して』
オウルンが遠慮がちに、千早に疑問を投げかけた。前回のストーンホルダー出現の際は、入念な観察と分析が済むまで戦いには臨まないと千早が強く言っていたからだ。
「確かに君の言う通り敵の分析はまだ不十分だ。一応、有効な作戦は思いついてはいるし勝機もあるが、まだ相手のもう一つの能力も判明していない。本音を言えばもっと時間が欲しいところさ」
『ならどうしてホッホー? まさか……』
「人命を救助したいという君ら妖精の意図を汲んだわけではない」オウルンが言おうとしたことをすぐさま否定し、千早は続けた。「ただこれまでの戦いから統計を取り、一つわかったことがある」
ロケロンの、男児特有の高い声がした。『わかったことケロ?』
銃弾の雨で滅茶苦茶になったオフィスビルの屋上から、2キロ先の道路にいるダークガンを見据えて千早は話した。窓ガラスがほとんど割れたビルからは、幾つもの死体の悪臭が漂っていた。
「ダークグラビティとダークアクアが暴れた際の死傷者数は、ともに数万人規模にのぼっていた。それに対し、ダークハンマーが出した犠牲者は一万人以下だった。この違いは、追い詰められた際に奴らが使う『奥の手』に顕著に表れている」
ダークガンから1キロの位置に潜んでいたランと芭海は、気配を殺してターゲットを補足しつつ、それぞれが相対したストーンホルダーが発動した『奥の手』を思い出していた。
「ダークグラビティもダークアクアも、街を壊滅させる規模の技を使った。が、ダークハンマーは強力ではあるものの、先の二体に比べて威力の低い奥の手だった。能力差ももちろんあるが、最も大きな要因は手にかけた人間の数……つまり死に際の絶望感から搾取したダークエナジーの差だ」
電話の向こうで芭海が納得したように頷いた。
『なるほどね。水素爆発だとか色々話聞いてると、僕が戦ったヤツはショボかったなと思っていたよ。鈍器とパイルを組み合わせた武器を造り出す程度だったからね』
「そういうことだ。そしてこの事実から、よりリスクを減らして倒すためには、犠牲者が少ないうちにストーンホルダーと交戦することが望まれる」
オウルンの得心した声が聞こえた。
『なるほどホッホー』
「追い詰められたストーンホルダーは、間違いなく奥の手を使う。大量のダークエナジーを充填したストーンホルダーの大技の威力はデタラメだ、何が起きるかわかったものじゃない。だから人が死んで奴のパワーが溜まる前に、先手で倒した方がいい」
奇しくも、犠牲者を減らしたい妖精の望みとリスクを減らして敵を倒したい千早の狙いが一致することになった。動機は違えど、結果的に人命を救うやり方で戦ってくれることは、オウルンたちにとって願ってもないことだった。
「まぁ、もっとも……」千早は隣の高いビルへ登り、高所からダークガンを視界に収めた。「奥の手を使う暇など、与えるつもりはないがな」
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