遠く離れた位置から戦況を窺っていた千早たちにも、ダークガンが繰り出した巨大兵器が見えていた。特に才子のことを心配していた芭海が、あからさまに狼狽した。
「ちょっと! なんだよあれ!? 大砲か!?」
「随分変わった形をしていますね……あれがダークガンの奥の手ですか」
しかし、この場で最も動揺していたのは芭海ではなく、千早だった。血走るほど目を大きく見開き、千早は声を荒らげた。
「嘘だろッ……まさかあれ……レールガンか!?」
芭海が千早を振り向く。
「は!? レールガン!? あいつは実在する銃しか出せないんじゃなかったのかよ!?」
千早は怒鳴り返した。
「レールガンくらいアメリカもロシアも造ってる! だが実用段階レベルのあのタイプの物は見たことが無い!」
「じゃああれは何なんだ!」
「知るか! おおかたアメリカあたりが秘密裏に開発してる新型兵器だろ! あそこに出現してる以上、実在している兵器なことは間違いない!」
千早は舌打ちした。どんな奥の手が来ても才子の速力なら逃げられると思っていたが、空中へ投げ出されているうえに、繰り出されたのがまさかのレールガンだ。
アメリカ軍の実物を参考にするなら、弾速はマッハ6。威力も速度も桁違いだ。命中すれば人体など木端微塵になる。
肉片が細かく飛び散り過ぎてしまうと、今度こそ才子を再生させることができなくなる。だからと言って、今から才子を助けに行ったところで到底間に合うわけがない。
「クソッ……!」
芭海が屋上から飛び出して行ったが、千早は止めなかった。どうせ無駄だ。ダークガンは今にもレールガンを発射しようとしている。
溜め込んだダークエナジーを全て費やしたダークガンの奥の手が、現在地球で最も速い弾を放つ破壊兵器だというのだから、納得するしかない。まさに最終兵器だ。
電力の代わりを果たすダークエナジーが、ダークガンが発現したレールガンに集中し始めていた。
キーンという甲高い、レールガンの起動音が鳴り響いた。
膨大な電力を必要とする電磁投射砲——レールガンのあらゆる射撃条件を、ダークエナジーが代替して満たしていた。急ピッチで起動したレールガンの砲身内では、既に電気伝導体製のレールと弾丸に凄まじい速度の電流が駆け抜けていた。
才子をターゲットに定め、ダークガンは発射の最終段階に入っていた。
『……オールパーフェクト……』
レールガンの発現と射撃はダークガンにとってまさしく全身全霊、たった一度しか放てない最終手段だった。彼は才子がこの最強の弾を撃つに相応しい強敵であり、もはやこの手でしか仕留められないとすら考えていた。
百パーセント必ず当たる最強最速の銃、そして当たれば百パーセント死に至る究極の破壊力を持った弾丸。
全てを賭けたこの一発で、勝負を決める。
『……ラストスパート……』
ダークエナジーが迸(ほとばし)り、レールガンの砲身を唸らせた。胸の中のガンストーンと、スコープの奥にある瞳が激しい光を瞬かせ、高密度の力の波動が空間を歪めた。
『……バースト……ッッッ!!!』
いまだかつてこの地に響いたことのない衝撃音が、渋谷を中心とし遥か彼方まで轟いた。
ダークガンの最終兵器レールガンの砲口から硝煙が噴き、マッハ6のスピードで放たれた弾丸が才子へ突撃した。
大気に穴を穿つ神速の弾丸は、一切の狂いなく精密に才子へ狙いを定めていた。
ダークガンがレールガンを放とうとしていたその時、才子は心を鎮め精神統一していた。
脳ではエンドルフィンを分泌し、極度の興奮と悦楽のなかにあるからこそ才子はかえって、精神状態を昂ぶりと平静の中間にある真の集中状態へと導くことができた。
本能が鳴らす警鐘が、才子に告げていた。『あれ』を喰らえば間違いなく死ぬと。
全てを賭けなくては生き残れない。ハートフルエナジーも、血も、肉も、脳細胞も、脳内麻薬も、心も、何もかもを力に変えて迎え撃つのだ。
ハートフルジュエリーが強く光り輝いた。ブローチから漏れ出る真っ赤な光が、真っ逆さまに落ちてゆく才子の肢体を巡り、右手の指先へと集中した。
深呼吸し、才子は瞼を閉じた。
視界が閉じた瞬間、才子はキュウコに投げかけられた問いを思い出した。
――『本当のあなたは……どこにいるんだキュ?』
才子はくすっとほほ笑んだ。
(……変なことを訊くなぁ、キュウコも)
関節を畳んだ中指を、才子は親指で固定した。関節を伸ばそうと力を込める中指を、親指で固く押さえ込む。
(本当の私が、どこにいるのかなんて……そんなの……)
指弾――俗に呼ぶデコピンのポーズをとった右腕に、血管と筋線維がビキビキと浮き出た。もう一方の手を右の手首に添え、前方へ向けて構える。
(そんなの――いるわけないじゃん)
今、ここに居る。
ここに在る。
ここで夢を見る、私こそが全て。
ここに存在する日ノ出才子以外の私など、有りはしない。
才子の心は常に夢と希望で満ちている。不安も恐怖も後悔も、才子の中には一片たりとも巣くっていない。
「私の夢は、ただ一つ」
可愛くて、素敵で、とっても強くて、悪者をやっつけるヒロインになる――。
「私が、私だよ。キュウコ」
才子は瞼を開く。その瞬間、ダークガンはレールガンを放った。
マッハ6で飛ぶ弾丸にとって、2キロメートルなど一瞬で過ぎ去る些細な距離だった。才子のハート型の瞳には、すぐそこまで迫るレールガンの弾丸が映っていた。
瞳とブローチが煌々と赤く輝き、才子のどこまでも透明で、愚かなほど純粋で真っ白く、闇のように黒い心からヒートパワーが溢れ出す。
前方へ構えた才子の手に、ハートフルエナジーとハートフルジュエリー、そしてヒートパワーの三つのエネルギーが結束した。
才子の表情は、胸の内にある殺意と破壊への渇望が嘘かのように、穏やかな笑顔だった。
「……さようなら、ダークガン」
凄絶な速度で迫る弾丸と、その先にいるダークガンへ向け――才子は臨界まで抑えた指先を、解き放った。
「ハートフルフィニッシュ・ジュエリーコネクト」
無色透明な力の塊が、レールガンの弾を撃ち貫いた。
「『斥力弾』————!」
衝撃波が通り過ぎた。
気がつくと、ダークガンの左半身は跡形もなく消えていた。
♢
才子がスクランブル交差点に徒歩で到着すると、ダークガンはまだ生きていた。
肉体のない彼らに果たして生きているという表現が当てはまるのかはわからないが、もし息があるとしたなら、彼は既に虫の息と言えた。
才子が放った『斥力弾』は何十棟もの建物に新円の穴を貫いていた。ダークガンはどこまでも続くトンネルが空いたビル群の前に、仁王立ちしていた。
傷だらけのゴーグルの奥にある灰色の眼が、まるで待っていたかのように才子を見た。
ダークガンは『斥力弾』に撃ち抜かれた左半身を半円形に失っていた。ボムストーンは完全に消滅し、胸の右側にあったガンストーンは辛うじて免れたものの、その炎は今にも消えそうだった。
左足と胴は皮一枚で繋がっていた。ダークガンにはもう、対抗する力は残っていなかった。
最後の力を振り絞り、自爆でもされては困る。念のため距離を空けて、才子は立ち止まった。
才子は清々しい笑みを浮かべた。
「……私の勝ちだね」
『…………』
ダークガンの眼の光が、切れかけの蛍光灯のように弱々しく明滅し、ゆっくりと消えた。
『……コングラチュレー……ショ……ン……』
鎧の体がバラバラに砕け、地面に落ちると塵になった。塵は風に流されて消えていった。最後にダークガンの頭が落ち、見えないほど小さな塵に還った。
ダークガンが居た場所に、灰色の弾丸のような形をしたガンストーンだけが残されていた。
「……今度は戦士か、妖精に生まれなよ……そしたら友達になってあげるから」
鈍っていた痛みが戻ってきた。体のあちこちが痛い。もしかしたらもう変身も解けているのかもしれない。見た目が変わらないので判別がつきにくかった。
痛みを感じる。才子は生きているのだ。前とは違い、ちゃんと立って勝利の実感を手にしていた。
「最高の気分だね」
爽快なほど青い空を仰ぎ、才子は声を上げて笑った。憧れのヒロインになれたのだという喜びが、彼女の心を満たしていた。
足下に転がる無数の、人だった者たちの残骸は目に映らなかった。彼女の目に映るのは、彼女にとって価値のあるものだけだった。在るものも無いものも、彼女が望んだものだけが彼女の世界にいることを許された。
凄惨な血の海も、才子には美しい花畑に見えていた。
千早とランは、才子がいるスクランブル交差点へともに向かっていた。おびただしい銃弾を浴びた街は戦場だったかのように荒廃していた。
いや、ここは戦場だったのだ。ハートフルランドとダークゴットズの、人間界を賭けた戦争。才子が揃ったことで、いよいよ本当に始まる。覚悟していたとはいえ、千早たちをダークゴットズが認識したこれからの戦いは、さらに厳しいものとなるだろう。
「……とても強かったですね、才子さんは」
「ああ、そうだな。イカれ過ぎててリスキーだけどな、あいつは別格だ」
千早はハートフルフォンを見た。付近の地図を見ても、ダークエナジーの反応はない。やはり、ダークアイは千早たちに見つからないように力を抑え、隠れ潜んでいるようだ。
ダークアイに戦闘力はない。放っておいてももう襲われる心配はないだろう。倒したくても発見できない以上、手出しはできない。
(ここを去る時にハートフルマジックでステルスすれば、ダークアイに後を付けられないで済む……厄介なヤツだが、今は互いに見逃すしかないってところだな。……まあいい、ダークガンを仕留めて日ノ出のリハビリができただけで充分な成果だ)
ハートフルフォンにオウルンたちから通信が入った。妖精組も才子のもとへ向かうという。合流を約束すると、千早はオウルンたちに言った。
「な? だから言っただろ?」
千早は不敵にほほ笑んだ。視線の先には、芭海に肩を貸してもらい、こちらを振り向く才子の姿があった。ボロボロのくせに、才子は能天気なほど元気に手を振っていた。
「あいつが居れば、私たちは勝てる」
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