全身を検査し尽くし、才子には一切健康的支障がなかった。支障はないものの、スキャンした脳にサイコパス的傾向があることは千早の目に明らかだったが、医療従事者にとってはどうでもいいことだし、気づいてさえいなかった。至って健康優良児な才子は、個室の病室にVIP待遇で迎えられ、点滴から栄養を摂取していた。
ベッドで眠る才子を見下ろし、千早は肩をすくめた。
「筋肉が衰える前に起きてくれればいいんだがな。折角生前の姿を忠実に再現したんだから」
水鶏芭海は才子の手を握り、ベッドの傍に跪いていた。起きる気配の無い才子のことを、瞬きもせずじっと見つめていた。芭海の記憶の中にある、解体部屋の作業台に寝かせたかつての才子の姿が目の前の景色と明確に重なった。
「……僕の前では、君はいつも寝ているね。才子ちゃん」
千早は躊躇いなく水を差した。
「水鶏、そいつのことはここの人間に任せていい。意識が戻ったらすぐ連絡がくる。私たちは帰るぞ」
「……傍に居たい」
千早はうんざりしたように頭を掻いた。同席していたキュウコとオウルンとプードルンは、院内で二人がトラブルを起こしはしないかとハラハラした。
腕を組んで貧乏ゆすりしながら少し考え、そうだ、と思いついたことを顔に出さず千早は芭海に言った。
「水鶏、私たちは今後の戦いに向けて訓練を積まなければならない。それは日ノ出も同じだ。日の出の意識が戻った時には、君に訓練教官を任せたいと思っている」
芭海の耳がぴくっと動いた。穏やかな声音とは裏腹に、千早は青筋を浮かせイラついていた。表情と声のギャップに、キュウコはドン引きしていた。
「日ノ出にマンツーマンでレッスンができるなら、君にとっても望むところだろう? 先に習得したハートフルマジックを披露すれば、日ノ出から尊敬も得られると思うが?」
(なんでそんな顔をしながら優しい声を出せるんだキュ……?)
(サイコパス怖いワン……)
(お腹空いたホッホー)
不機嫌な顔で千早は言った。「いかがかな?」
「……」才子の指にキスし、名残惜しそうに手を放して芭海は立ち上がった。「わかった。才子ちゃんのためだ。君のレッスンに従おう」
ひとまず丸く収まり、キュウコたちはほっとした。振り返り、千早と目を合わせた芭海は眉を寄せた。
「凄い顔だね。この一瞬の間に嫌なことでもあったの?」
「ずっとこんな顔だよ、色ボケ女」
嫌味なほど大きくため息を吐き、千早は病室のドアへ歩いて行った。芭海は首を傾げつつも、才子に別れを告げて病室を後にした。立ち去る芭海の背中を眺めるプードルンは、千早に対して才子を蘇生させた奇跡とはまた別の畏敬の念を覚えていた。
(あの芭海を説得したワン……す、凄いワン)
プードルンとオウルンも千早たちの後をついて行った。キュウコはほんの少し留まり、才子の傍に歩み寄った。
「才子……キュウコは、あなたのことが知りたいキュ」
妄想と嘘にまみれた才子の正体を、キュウコはまだ知らない。誰も、彼女が何者なのかを知りもしない。
キュウコは才子のバディだ。才子を正義へ導かなくてはならない。人質の命を平気で奪う彼女に正義感や良心があるかなんて甚だ疑問だが、それでもキュウコは彼女にすがるしかない。
本当に、あなたは救世主なのか? 狂気に染まるその瞳に、私たちはどう映っているのか? この世界の何を見ていて、何を見ていないのか?
ある意味、ダークゴットズ以上に恐ろしい存在が才子だった。それがキュウコの本音だ。正体の明らかな敵よりも、正体のわからない味方の方がずっと恐ろしかった。
「また来るキュ。……じゃあね、才子」
キュウコは才子の病室から出て行った。バディの傍を離れることを、微塵も惜しまなかったのは初めてだった。
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