ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第12話 剣と水の戦い! サイコ・ブレイドVSダークアクア!!(前編)

公開日時: 2020年9月9日(水) 20:00
文字数:2,835

【ハートフル戦士】……夢と希望が生むハートフルエナジーを纏い、少女が変身した姿。常人の50倍~100倍の身体能力を発揮する(個人差)。衣装は見た目のわりに頑丈。正体隠匿の効果を纏うため、映像媒体や人の記憶に残りづらく、少女本人の正体も隠されている。テレビなどに戦士の姿が映るのは、何らかの事情でこの効果にエネルギーを割いていない場合である(理由にはエネルギー切れ、意図的に正体隠匿を使用していない、などがある)。


 

 市街から投擲されたビルの下敷きとなった住宅街は、まるで嵐が通り過ぎたかのような凄惨な有様だった。教会があったはずの現場の瓦礫の上に立ち、サイコ・ブラッドこと神崎千早は立ち込めるガスの臭いや死臭を嗅いでいた。

 瓦礫に潰された肉片を見つけ、キュウコが叫んだ。

「千早! みんなを助けて欲しいキュ! 千早の能力なら、まだ助けられるキュ!?」

「無理だ」千早は即答で否定した。「死体が混ざり過ぎている。個人の識別ができない」

「……そんなキュ……っ!」

 千早はハートフル戦士が持つ人外の視力で、遥か十数キロ先の荒廃した街を見据えていた。人も建物も水浸しにされた廃墟の街にただ一人立つ、修道服を着た少女がいる。

 少女は優雅な歩みでダークアクアがいる方向へ歩き出した。千早はまるで、そんな題名の彫刻を前にしたかのように呟いた。

「大剣を携えた聖女……か」

 

 

 サイコ・ブレイドへと変貌を遂げたランは、水浸しの道路の真ん中を堂々と歩いた。大剣を手に持ってはいるものの、ダークアクアの方へまっすぐ歩く彼女は無防備だった。

「ロケロン、危ないので下がっていてください」

 後ろにいたロケロンは瓦礫の奥へ引き下がった。

「わかったケロ。ハートフルフォンで僕と話せるから、アドバイスするケロ!」

「助かります」

 腰のポーチにあるハートフルフォンから、早速ロケロン声がした。「聴こえるケロ?」

「聴こえますよ。まず相手の能力を教えていただいてもよろしいですか?」

「わかったケロ」

 ダークアクアは悠然と歩いて来るランを睨みつけ、両手を掲げた。四本もの水の大蛇がダークアクアの周りに集まり、狙いを定めるように先端をランへ向けた。

「ヤツのエナジーストーンは、間違いなくアクアストーンだケロ!」

「アクア……水、ですね」

「アクアストーンの能力は、『水を生成し操る』ことだケロ!」

「創り出した水しか操れないのですか?」

「そうだケロ!」

 なるほど、とランは思った。水を全て操ることができるのだとしたら、海の水を利用した方が災害をもたらすのに手っ取り早い。それをしないのは、操作できる対象が自らが生成した水に限られるからなのだ。

「基本的な能力は把握できるケロだけど、細かな特性とかは使用者によって異なるケロ。もしかしたら僕の知らない特性を持っているかもしれないケロ、気をつけるケロ!」

「承知しました。ありがとうございます、ロケロン」

 ダークアクアは掲げた手をランへ向けて突き出した。

『潰レルガイイ!』

 ダークアクアの意思に従い、水の大蛇が順にランへと突撃した。ランはアスファルトを大剣でカンと叩き、迫り来る水の大蛇を見て微笑した。

「では、ゆきましょう」

 正面から襲いかかった水の大蛇に、ランは大剣を一閃した。直径10メートルはあろうかという水の大蛇の先端が切断された。切り離された水は形を崩し、バシャアッと弾けた。

 ランは大剣を持つ右手を振るったのみで、歩くリズムは変わらなかった。弾けた水は一滴もランにかからなかった。

 二本目の大蛇も、ランは一撃で切り裂いた。なおも変わらぬ歩みで前へ進む。今度は二本同時にランへ襲いかかった。

 初めてランの歩調が変わった。ヒールで路上をカツッと踏みしめると、ランは右足を軸にして一回転した。水の大蛇を二本続けて、旋回した大剣が切り裂いた。

『ナニ!?』

 ダークアクアは短くなった水の大蛇を、一旦引き下がらせた。斬り落とした水で水位を増した道路を、ランはまた歩き出す。

「……あれ、そういえば……」

 パンプスを濡らす足下の水をランは一瞥した。

(切断された水は動かない? 操作ができなくなった、ということでしょうか? コントロール圏外、というわけではなさそうですけど……)

 幾つか頭の中で仮設を立てつつ、ランはダークアクアを見つめた。

「なんにせよ、近づかなければ倒せませんね」

 青い眼を爛々と燃やし、ダークアクアはランの姿と大剣をよく眺めてみた。

 外見は、数年前に戦ったハートフル戦士と大差ない。似ても似つかないのは、携えた大剣とその威力だ。以前までの戦士なら、少なくとも一撃でダークアクアの攻撃を退けることはできなかった。

 よくもあんな質量の大剣を軽々と振るえるものだ。異質なのは大剣か、あるいはあの少女自身か。

『フン……』

 所詮は人間。圧倒的な力と物量で圧し潰し、絶望を与えればよい。未熟な人間の少女など、その程度で簡単に心が折れる。心が折れずとも、死には抗えない。ハートフル戦士は元来、生み出す力に反して当人が脆いものだ。

『マタ絶望ヲ味ワワセテヤルダケノコト』

 ダークアクアは両腕を弧を描くように上下に回した。

『コレナラバドウダ!』

 水の大蛇が混ざり合い、一枚の巨大な水の円盤に変形した。円盤は壁のようにダークアクアの前に立ち、路上にいるランの姿が屈折して映った。薄く広がった円盤は、さながら水で造られた鏡だった。

 鏡の水面から、無数の矢尻が飛び出した。実に300に及ぶ水の矢が、ダークアクアの掛け声とともに一斉に発射した。

『喰ラエ!』

 きらきらと光る物体が大量に飛んでくるのがランには見えた。鋭利に尖った水の矢尻が、一直線にランを狙った。

 ポーチからロケロンの声がした。

『ラン! 危ないケロ!』

「問題ありません」

 ランは歩みを止めなかった。眼前に迫る無数の水の矢に対し、全く怯みもしない。

「全て、叩き落とせばいいだけです」

 ランの右手が異常なほど速く動いた。

 右腕だけの時間が加速したかのように、目にも留まらぬスピードで縦横無尽に大剣を振り回した。水の矢を片っ端から叩き落とし、斬り裂いた。しかもそれは無闇やたらに剣を振り回しているのではなく、迫り来る水の矢を正確に捉えて確実に撃退していた。射程を外した矢は無視し、危険となる矢だけを叩き落とす。

 ダークアクアが掃射した300の矢を、ランは歩みを乱すことなく右腕だけで退けた。最後の矢を真っ二つに斬った後、大剣を濡らす水滴を払い落とし、ランは何事もなかったかのように前進を続けた。

『ナンダト!?』

 ランは力技で押すタイプかと思いきや、精密かつ俊敏な動きを披露した。ダークアクアにとっては想定外だった。戦士はたいてい、どちらかに偏る。膂力派が技巧派か、だ。防御派でないことは明白だったが、ランは両方の性質を持ち合わせていた。

『何者ナンダ、奴ハ……』

 ダークグラビティがハートフル戦士に敗北した事実を、ダークアクアは思い出す。

『ソウカ……ダークグラビティヲ倒シタダケノコトハアル』

 体内の青い炎を激しく燃やし、ダークアクアは合掌した。合わせた手を少しずつ開いていくと、掌の上に水の玉が生成されていた。手を広げるのに比例し、水の玉は直径を増し肥大化した。

 巨大な水の玉が形を変え、徐々に輪郭を現していった。水の大蛇の倍はある、巨大な水の竜が形成された。

 竜は鋭い牙を剥き、獰猛な貌からは長い髭が左右に伸びていた。ダークアクアの右腕は竜の尾と繋がっていた。

 力とスピードを併せ持つ攻撃ならば、どう凌ぐ。

『見モノダナ、ハートフル戦士ヨ!』

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