【コスチューム】……変身した少女の願望やハートフルエナジーの根源が形となり、衣装に現れる。華やかなで可愛らしい姿に変身するケースが多い。熟練すると、本人の意思によってデザインをコントロールできる。
ダークアクアの顔からヒールを抜き、ランは背後で回転する大剣をノールックでキャッチした。もとの三分の二ほどの長さに切られた柄を握り、ダークアクアに斬りかかる。硬直していたダークアクアは急所を逃れようと、身を躱した。胴を斬られる代わりに、ダークアクアは右腕を肘から斬り落とされた。
『グ……ッ!』
左手の流水剣でランの追撃を防ぎ、ダークアクアは後方へ下がった。ランは深追いせず、その場で大剣を構え直した。
『オ……オオオ……』
ダークアクアは怒りで震えていた。顔の右半分が欠け、右眼が消失していた。欠損した右腕からは水がぼたぼたと垂れ落ちていた。
『オオ……オノレ……オノレェ……ハートフル戦士ッ!』
ダークアクアの胸の中に、もう一つ青い炎が灯った。二つの青い炎が激しく燃え上がり、ダークアクアの全身からダークエナジーが迸った。
「!? 同じ色の炎が……二つ?」
切断されたダークアクアの右腕から大量の水が溢れ出した。切断面から現れた水が徐々に形状をとり、無数の触手に変貌した。
『グ、チャ、グチャニ……』
ランは一歩退いた。「ちょっとまずそうですね」
『グチャグチャニシテヤル!!!』
ダークアクアが水で造った大量の触手が、うねりながら猛烈な勢いでランに襲いかかった。ランは素早く後退しながら、飛び込んで来る触手を躱し、避け切れない触手は斬り伏せた。
水の触手は頭上や正面、横、さらに道路に沈み込んで足下からランを襲った。
水の矢を跳ね返した時のように高速で大剣を振るいたかったが、数が多いわりに触手一つ一つの威力が強く、思うように動けなかった。
(やりづらいですねぇ……)
しかしこのまま防戦一方では、ダークアクアとの距離を離されるばかりだ。先ほどの一撃で決め切れなかったのはかなり痛い。おかげで相手を本気にさせてしまったようだ。
腰のポーチに収められたハートフルフォンから突然、声がした。声の主は千早だった。
『鶴来ラン、聴こえるか』
絶え間なく襲い来る触手を防ぎながらランは応えた。
「聴こえます、ランでいいですよ」
『鶴来、よく聞け。頭の悪い妖精どもは役に立たないから私が代わりに敵の攻略法を教えてやる』
『キュ!?』
『ホ!?』
『ケロ!?』
「お願いします。ちょうど困ってました」
地響きが起こった。背後で破砕音がしたかと思うと、路上を突き破り巨大な水の竜が現れた。触手と竜にランは挟まれた。
「その前に今ピンチなので、助けていただけますか?」
千早は舌打ちしてから言った。
『足下を横一文字に思いきり斬れ』
「どういった効果が?」
『いいからやれ、死ぬぞ』
触手から逃れるので手一杯のランの背後から、牙を剥いた水の竜が迫る。手近な触手を斬り落としてから、ランは指示通りに道路に向かって大剣を一閃した。
道路に横一線の切れ目が走る。途端に竜の形が崩れ、ただの水がランに降りかかった。水から抜け出し、ランは引き続き襲う触手を捌いた。
「ありがとうございます!」
『体で返してもらう』
「一応神に仕える身ですのでそういったいかがわしいことは……」
『働けってことだ』
「それで、今のはどういった理屈なのでしょう?」
『それも合わせて説明する』
「わかりました」
『ダークアクアは水を操る能力だ。胸の中に青い炎が二つあるのは見えるな?』
「先ほど見えました」
『ヤツらはエナジーストーンを源にして動いている。胸の中で燃えているのがそれだ。で、ストーンを一つずつしか持たないのが普通だが、ヤツは同じアクアストーンを二つ持っている。同じエナジーストーンを二つ合わせることで水を操る能力を底上げしているんだ』
「ほうほう」
『あの青いストーンを二つとも取り出せばこっちの勝ちだ。これから攻略法を教える』
「どうぞ」
『ヤツはダークエナジー、要するに人の負の感情をエネルギー源にしている。既にこの被害で何千人も死んでるし、報道を見た人間の感傷もヤツに力を与えている。ガソリン切れは期待するな』
「厄介ですね」
『あいつは水を無限に創り出すことができる。操れるのは――』
「自ら創った水しか操れないのは知っています」
『で、あいつが操れる水にはもう一つ条件がある』
「?」
『あいつは自分が触れている水しか操作できない』
ランは今まで対処してきたダークアクアの攻撃を一通り頭の中に並べた。目立つ記憶は、斬り落とされた竜の首が即座にただの水に還ったことだった。
千早の愛想の無い声が説明した。
『あいつは触れてさえいればどんなに巨大な水でも操ることができる。さっきまで、あいつはずっと水の柱の上に立っていただろう? 水の大蛇を操っていた時、あいつが立つ水の柱は地下で大蛇と繋がっていた。連続して繋がる水であれば何キロの長さでも思うままだ』
ランはちらっと道路に走る横一線の切れ目を見た。
「ということは……」
『そうだ。一か所さえ水を切り離してしまえば、分断された側の水をダークアクアは操作できなくなる。さっき水の竜を無力化できたのは、地下を通る竜の体とダークアクアの接続を切断したからだ』
「なるほど……よくわかりましたね」
『もし手放した水も操れるなら、水の矢を撃った時に追尾させたり死角から刺したりできるだろ。ヤツはそれをせず、水の矢はただ投擲しただけだった。そもそも操ることができなかったんだ』
ダークアクアの能力に対してランが抱いていた疑問に納得がいった。そういうことだったのか。
ランの顔目がけて触手が突撃した。片手を地面に突いて側転し、ギリギリのところでランは躱した。触手が掠り、頬が切れて血が出た。
「して、千早さん。どういった打開策を提案して下さるんですか?」
千早は毅然とした声で告げた。
『後先考えずに全力で突っ込め』
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