鶴来ランは目を覚ました。
そこはどこかの建物の屋上だった。気がつくとランは仰向けに寝ていて、隣に芭海がいた。気絶しているあいだに、ランの変身は解除されていた。
「あ、起きた?」
「はい……すみません、途中から記憶がないのですが、状況は?」
少し離れた屋上の柵の上に立ち、神崎千早が外を眺めていた。もう戦いは終わったのかと思ったが、まだ遠くから銃声が聞こえ、度々何かの衝撃が地面を揺らしていた。敵はまだ倒れていないようだ。
すぐ傍に置いてあったハートフルフォンを手に、ランは千早の所へ歩いた。
ランの気配を察し、千早が振り向かないまま、先に口を開いた。
「今、目を覚ましてここに駆け付けた日ノ出がダークガンと戦っている」
「才子さんが? ……一人で、ですか?」
「ああ」
ランがダークガンと対峙した時間はほんの数分にも満たなかった。それだけでも充分、あの脅威は身に刻み付いている。ダークガンは危険だ。単純な能力の強さもさることながら、ダークガンには一種、自分たちと似た黒いモノを感じる。
彼の特性は、サイコパスと云われるランたちに近いのだ。ハートフルフォンを握りしめ、ランは尋ねた。
「加勢に行かなくていいのですか?」
「必要ない。ていうか、やめておけ」
千早の視線の先にはスクランブル交差点があった。目を凝らすと、生身のランにも激しく動き回る二つの影が、微かに窺えた。大きい方がダークガンならば、小さい人影の方が才子だと思われた。
千早の横顔にランは訊いた。「何故加勢に行かないのですか?」
物静かな顔で、千早は才子とダークガンの攻防を傍観していた。千早は生まれて初めて、ただ傍観するしかできないという無力感を味わっていた。
諦めを通り越し、呆れたような口調で千早は答えた。
「私たちが行っても、巻き添えを食うだけだ。死にたくなかったらここで、大人しくしてろ」
バァン!
殴りかかりながら放たれた散弾が、屈んで躱した才子の肩を掠る。股下へ足を滑らせ、才子が打ち込む拳をダークガンは片膝を挙げて防いだ。
「チッ」
『……』
ダークガンは至近距離からの銃撃を狙っていた。遠距離では、加速能力を持つ才子には到底当たらない。格闘戦に持ち込み、隙を突いて銃撃する。僅かずつだが着実に才子のスタミナを削り、追い詰める算段だった。
消耗を見るからして、才子が加速を行使できる残りの回数は限られているはずだった。いざという時まで、才子は加速を温存するだろう。そうしてカードを勿体ぶっているあいだに、ダークガンは才子を仕留めるつもりだ。
(……決め手が掴めない……)
才子の打撃は五度に一度、ダークガンにヒットしていた。しかしどれも装甲を軽く割る程度で、決定打には程遠かった。
ダークガンがスタミナ切れを狙っているであろうことは、才子にも察しがついていた。長期戦に向いていないことは才子も自覚している。
(血も結構流してる……脳も色々麻痺してるし、正直いつぶっ倒れてもわかんないな……)
拮抗した形勢を変える、一打が必要だった。しかしダークガンは非常に狡猾で観察眼が鋭い。意表を突くのはかなり困難だ。
考えは無いことは無い。
(一度も試したことがないし、上手くいかなかったら確実に死ぬんだよね……)
ダークガンとの格闘戦は平行線だった。肉体的なスタミナが存在しないダークガンは常に全力を出せる。長引いた先の結果は目に見えていた。
(う~ん……ま、いっか。死んだらその時はその時だし。戦士になること自体、全部行き当たりばったりだもんね)
テレビの中のヒロインたちも、技の練習なんてやらない。全部ぶっつけ本番で成功させている。であるならば、才子もそれに倣(なら)い一か八かのチャレンジをするべきなのだ。
(よし、やろう!)
いつだって才子の憧れは裏切らない。正義のヒロインはいつだって正しい。真に才子がヒロインに相応しいのなら、ここで悪者に負けるはずがないのだ。
ダークガンが横薙ぎに振り抜いたショットガンを拳で止め、才子はガスマスクにパンチを叩き込んだ。もう一方のショットガンが放った散弾をしゃがんで避け、ダークガンの脇腹にフックを打つ。ダークガンの胴がミシミシと軋んだ。
上空へショットガンを撃ち、反動で加速したエルボーをダークガンが振り下ろす。後退する才子の瞼の上を、ダークガンの肘が切り裂いた。
左眉がぱっくり割れ、眼球に血が垂れ下がるも才子は瞬き一つしなかった。
左腕のショットガンをダークガンが放つ。懐へ飛び込み、弾を躱す。スライドを引き次弾を装填した右腕のショットガンで、正面から才子に殴りかかる。
(ここ!)
才子は右の掌をショットガンの銃口に密着させ、塞いだ。
『!?』
左手で右の手首を押さえて掌を銃口に固定し、才子はにやっと不敵な笑みをダークガンに向けた。
「撃ってみ?」
『————』
強制的に迫られた二択。コンマ一秒の間を置き、ダークガンは判断を下した。
答えは、撃つ。戦士の肉体でも、手をあてただけで銃弾を防ぐことはできない。
『……クレイジー……』
ダークガンは容赦なく発砲した。
バンッ!
「はは、乗ってくれたね♪」
その瞬間、才子の胸にあるブローチが――ハートフルジュエリーにセットされたリパルジョンストーンが、煌々と輝いた。
ストーンの赤い輝きが胸から肩、腕へ伝導し、才子の掌に集中した。
「ハートフルジュエリー・リパルジョンストーン『斥力の盾』!!」
ストーンの力を帯びた才子の掌から、斥力が放たれた。
発砲とともに放出された斥力は銃口内で散弾と衝突し、銃身内へ押し返した。逆流した散弾は銃身の中で暴れ、装填を待っていた次弾に誘爆し、たちまちダークガンの右腕は暴発を起こした。
『ッッ!!??』
レミントンM870が爆発し、ダークガンの右腕が吹き飛んだ。痛みで怯むことはなくとも、動揺がダークガンの意識を硬直させた。
煙を発する掌を銃口から放し、才子は笑みをこぼした。
「はははっ、良かったぁ~上手くいって! 試してみるもんだね!」
ダークガンは才子の胸で輝くブローチを睨んだ。ハートフルジュエリーだと、彼はすぐに気づいた。
『……リパルジョン……』
才子の強烈なパンチがダークガンの右頬を打ち抜いた。続けざまに、ストレートが真正面から顔面を貫く。ガスマスクが折れ曲がり、吸引缶がぽろっと落ちた。
「一本取られた気分はどう? ねえねえ?」
『……ッ……』
ダークガンの胸部装甲が開き、M40 106mm無反動砲が飛び出した。才子の手が砲口へ届かないギリギリの距離で、ダークガンは榴弾を放った。
「よいせぇぇいッ!」
才子はゲンコツで榴弾を叩き落とした。大砲の真下で、榴弾は爆発した。
煙に包まれながら、ダークガンは爆風で上空に飛ばされていた。爆発地点からもくもくと上がる煙の奥から、才子が大ジャンプでダークガンを追った。
『……キルユー……ッ!』
ダークガンは左の腕を変形させたKBP OSV-96対物狙撃銃を、才子の眼前に突きつけた。才子が銃口を蹴り上げ、銃弾は明後日の方向を撃つ。ライフルの銃身を掴んで引き寄せ、ダークガンへ距離を詰めようとした時、胸の無反動砲がM197ガトリング砲に変形した。
「……うわっ!」
『……ファイアッッ……!!!』
回転を始める三砲身を真正面から掴むと、才子は膂力で銃口を捻じ曲げた。間もなく射撃を開始するも、出口のない弾丸は砲身内で炸裂し、M197は弾け飛んだ。
破裂した砲身の破片が両者に突き刺さった。それでもなお、才子はライフルを掴んだ手を放していなかった。
「うおおおおおらああッ!」
ライフルを再び引き寄せ、才子はダークガンの胸に飛びついた。両足で首をホールドし、体に突き刺さったM197の破片を引き抜いてダークガンの額にぶっ刺した。
「おらッ! 死ねよおらッ! ああッ!? どうだぁオイ!?」
繰り返し、何度も抜いては刺し、ダークガンの顔をメッタ刺しにする。空中戦を繰り広げていた二人は、最高到達点から落下を始めた。
「これでもッ、まだッ、死なねぇかぁ!? なぁッ!? はははははッ!」
ダークガンの右の肩当てが開き、9K38 イグラ携帯式ミサイルが出現した。発射したミサイルは才子を直撃はしなかった。
「うわッ!?」
しかし、ミサイルの羽が襟に引っかかり、才子は後方へ連れ去られてしまった。ダークガンの狙いは爆撃ではなく、才子を自分から引き離すことだった。
「わっ、わわわわ、ちょっと!」
もがいているあいだにどんどん遠くへ飛ばされ、ダークガンとの距離が離されていく。
「こんのぉッ!」
ミサイルを叩き落とし、才子は上空へ投げ出された。ダークガンとの距離は早くも2キロメートル開いていた。
ダークガンにとってこの程度の距離は射程内。本来才子にとって遠距離射撃は脅威とならないが、上空を落下中ともなれば話は別だ。大地の無い場所で走ることはできない。
才子が持ち前の速度を活かすことができない条件が揃った。この好機をダークガンが利用しないわけがなかった。
『……フルパワー……!!』
ダークガンの胸の炎が爆発的に燃え上がった。渋谷の大虐殺により吸収したダークエナジーを全て、余すことなく解放する。
ダークガンの左腕が大きく膨張し、複雑なシルエットを描いて変形した。ダークガンの体格の何倍もの砲身が現れ、背面に無数のコードを繋がれた巨大な装置が備わる。砲身は四角く、どの大砲にも類を見ない奇妙な形状だった。
メッタ刺しにされ、ぐちゃぐちゃになったダークガンの顔に高倍率スコープが搭載された。ダークガンはスコープ越しに、2キロ先にいる才子を補足した。スコープの照準と連動し、巨大な砲身が微細な調整を行う。
『……ロックオン……』
突如現れた奇怪な大砲を、戦士の強化された視力で眺めた才子は、眉をひそめていた。
「何、あれ……テレビでも見たことない……」
肌がざわつく。才子の本能が、心臓や脳などのあらゆる器官や臓器から激しく警鐘を鳴らした。
「……なんか、ヤバそうだな……アレ……」
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