ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第30話 戦士3人と妖精たちの新生活、そして迫る新たな敵!(前編)

公開日時: 2020年9月29日(火) 12:00
文字数:2,904

 

 ハートフル戦士として共闘するうえで、水鶏芭海くいなはみが提示した条件は二つだった。

 一つは、芭海が全てにおいて日ノ出才子を優先した行動をとること。

 もう一つは、カニバリズムを認めることだった。妖精も含め、芭海が人を狩り食べることに文句をつけることを禁じた。

 狩りの時間と手間を大幅に短縮するために、ハートフルマジックを利用することも容認させた。当然妖精からは大不評だったが、芭海の言うところの天秤問題で解き伏せた。要するに芭海が協力して救われる数十億人の代わりに、食事のために消費されるささやかな犠牲に目を瞑れということだ。

 芭海は食材に強いこだわりを持っているため、死んでもいいような人間、たとえば死刑を待つ受刑者や千早が手術の練習に使う死体を食べることはしなかった。芭海が狙うのは至って平和に暮らす善良な人間ばかりだったため、妖精たちは酷く頭を悩ませた。

 芭海はロッジと神崎家を行き来して生活していた。ほとんどを神崎家で過ごし、食糧調達と人肉の解体をするときだけロッジを訪れた。高校へは自ら退学届けを出したという。調達した人肉は、芭海が神崎家に用意した専用の冷蔵庫に毎回備蓄されていた。

 余談だが、購入した人肉専用冷蔵庫の運搬と設置は業者要らずだった。ハートフル戦士のパワーがあれば、容易に持ち運びできたからだ。人が増えることで新たな家電や家具が設置されることにも、千早は無関心だった。

 同じ冷蔵庫に人肉を入れられなかっただけマシというものだったが、主に料理を任されているキュウコは同じキッチンにある芭海の冷蔵庫に近づくことも嫌だった。しかも、芭海はキュウコの知らないあいだにキッチンで人肉を調理しているのだ。初めの二、三日は、吐き気が治まらなかった。

 この日の朝も、キュウコは重苦しい気分でキッチンに立っていた。昨夜芭海が作った人肉料理が、ラップをかけて食卓に置いてあったのだ。せめて皿と食事時間を分けるようキュウコが頼んだので、盛り付けられた皿は芭海が持参した私物だった。共同生活を送る以上目につかないようにするのは困難だったが、せめて食卓に放置するのはやめてもらえるよう打診しようかとキュウコは考えざるを得なかった。このままではノイローゼになってしまう。

 ハートフルランドの妖精は元来、人を愛している。人間を含むあらゆる生物を尊いものだとして親しみ、世界を守ってきた。愛する人間が愛する人間によって殺され料理として並べられる様は、犠牲者が見ず知らずの相手であっても妖精にとっては耐え難かった。

(……気分が悪いキュ。……今日はダークハンマーの出現から一週間目、新たなストーンホルダーが現れるかもしれないのに……)

 才子の蘇生から四日目。彼女はいまだ昏睡状態にある。

 触りたくもなかったので人肉料理を載せた皿をそのままにし、極力視界に入れないように努めながらキュウコは朝食の準備に取りかかった。

 料理をしながら、キュウコは考えていた。自分も冷徹になってしまえば、楽になるのではないかと。

 キュウコがなるべき冷徹とは、芭海のような非道になることとは違う。逆に芭海たちサイコパスの戦士に対して、冷静で現実的且つ、合理的に振る舞うのだ。

(そもそも、あの子たちは人間じゃないのかもしれないキュ……人間じゃないと割り切っちゃえば、こんなに悩まなくて済むかもしれないキュ……)

 しかしそれは同時に、彼女たちを正義に導くのを諦めることも意味していた。それだけは、戦士を導くバディとしてあってはならない。

(でも、そんなこと……出来るのかキュ……?)

 芭海のバディを務めるプードルンを見ていると、その苦労が窺える。キュウコも才子が目を覚ますことを望んでいる一方で、目覚めた才子と接することが怖くてならない。彼女たちを更生する前に、こちらの心が折れてしまいそうだった。賢い猛獣の世話を押し付けられたような気分だった。キュウコはまだ、才子の中に人らしい心さえ見出すことができていないのだ。

 玄関のドアが開き、思い詰めながら料理していたキュウコはビクッとした。目をやると、Tシャツにスパッツ姿の芭海が汗だくでリビング入ってきた。朝のランニングから帰ってきたのだ。

「おや、おはようキュウコ。今日も早いね、お互いに」

「そ、そうキュね……お疲れ様キュ、芭海」

「疲れるのはこれからさ。昨日持ってきた器具でトレーニングだ。今まで以上に鍛えないとね。僕らの敵は人間じゃないんだから」

「……そう、キュね」

 芭海はカニバリストであることを除けば、理性的で実に賢い人物だった。物腰柔らかく紳士的で、日ノ出才子が絡むと豹変することがあるけれど、千早や鶴来ラン同様頼れる戦士であることは間違いない。ただやはり、それぞれ頼り甲斐がある代償として持ち合わせる異常性が濃過ぎた。

 表面的には友好的に接しつつも、キュウコは芭海が一番苦手だった。彼女の猟奇性に比べれば、千早とランのサイコパス的傾向など可愛いものだ。乱暴で無茶苦茶なことはあるけれど、なんだかんだ言って千早は常に最善を目指しているし、ランはサイコパスと思えないほど優しい。

 それに対し芭海の行動は目に余るどころじゃない。日常的に人を狩り、食っている。食事には必ず人肉を取り入れる。同じ屋根の下で過ごし、同じ空間で息をすることさえおぞましい。

 千早とランと明確に違うのは、芭海が完全な悪人であることだ。芭海の獲物は皆、罪の無い人間だ。芭海にとっては大事な食糧調達でも、傍から見たらただの猟奇連続殺人鬼の凶行でしかない。即刻処罰されるべき悪人で、決して野放しにしていい存在ではない。

(芭海はカニバリストのお父さんに拾われて育てられたって、プードルンは言ってたキュ……)

 長ネギを包丁で微塵切りにしながら、キュウコはもやもやと考えていた。

(だったら、悪いのはそのお父さんだキュ……カニバリストになんて育てられたから、芭海はあんな風になっちゃったんだキュ……たとえ、生まれ持ったものがあったとしても……)

 壁の奥から物音が聞こえた。芭海が器具でトレーニングをする音だ。キュウコの金色の瞳に、包丁の銀色の光が反射した。手は無心でねぎを刻んでいたが、目に映る包丁がキュウコの脳には投影されていなかった。ずっと、気分の悪い考えが頭を巡っていた。

(才子だって……ちゃんとした家庭で育てば……あんな子には……もっと、もっとまともな女の子になれたはずなんだキュ……才子はあんなに純粋なのに、あんなに……あんなに、狂って――)

 隣からプードルンの声がした。「キュウコ、指を切ってるワン」

「えっ?」

 キュウコは包丁を止め、自分の手を見た。包丁が指にあたり、血が出ていた。

 大人の女性の姿をしたプードルンは上下にジャージを着て、汗をかいていた。キュウコの手を取ると、ハートフルマジックで治療してくれた。

 傷はすぐに塞がった。

「ごめんキュ……」

「大丈夫かワン? 疲れてるのかワン?」

「……ちょっと、考え事を……」

「そうかワン」治療したキュウコの手を軽く握り、プードルンは力なく頷いた。息が少し上がっていた。「……気持ちはわかるワン。私も、色々考えてしまうワン。最近は特に」

「キュ……」

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