【ハートフルエナジー】……夢や希望を抱く心から発する力。純粋であるほど強いが、明確な目標や意志が必要となる。それ故、思春期の少女が生み出すエネルギーがハートフル戦士に最も適している。
変身(?)した才子には、高純度のハートフルエナジーがみなぎっていた。
色々言いたいことが沢山あるけれど、今はとにかくこの状況を何とかしなければならない。キュウコは才子に呼びかけた。
「才子! いま才子はコスチューム以外は変身してる状態キュ!」
「え? なにそれどういうこと?」
「いまヤツを思いっきり殴り飛ばしたキュ!」
500メートル近く破壊された瓦礫の山を振り向き、才子は声を上げた。
「あれ! 本当だ!?」
「無意識だったキュか……」
才子は頭を掻いた。
「あれ? もしかしてもう倒しちゃったとか? 困ったなぁー、初めて変身したヒロインがやる恒例行事を一通りやりたかったんだけど……体が軽い! とかなにこのパワー!? とか……まだ何もしてないんだけど」
「ヤツはそんなに弱くないキュ!」
「マジで?」
遥か彼方で轟音が鳴り響き、キュウコがビクンッと耳と九本ある尻尾を尖らせた。敵が殴り飛ばされていった方向を見て、キュウコが顔をしかめる。
「やっぱりまだ倒れていないキュ……!」
轟音が鳴った場所の上空に、住宅が2件浮き上がった。またあの黒い鎧の怪人が超常現象を起こしているようだ。
空を飛ぶ家屋を見つめ、キュウコが呟く。
「あの能力……やっぱり『ダークグラビティ』キュね……!」
才子は腰に手を当ててため息を吐いた。
「何はともあれ、まだ倒せていないならやりたいことができるね。とりあえず妖精さん、コスチュームのことを早く教えて欲しいんだけど……」
「そんな悠長なことしてる場合じゃないキュ!」
才子はぷくぅっと頬を膨らませた。
「そんなこと!? 妖精さん、ヒロインにとってコスチュームがどれだけ大事かわかってないの!?」
空を浮いていた家屋が、才子たちのいる方向へ飛んできた。剥がれた屋根や壁の破片を撒き散らしながら、一直線に向かって来る。
キュウコが慌てた声で言った。
「せ、説明してる暇はないキュ! とにかくあのダークグラビティを倒さないとキュ!」
「えぇ~?」
「とっ、とにかくいま才子はヤツと戦うことができるキュ!」
「戦い方とかある? 一般的な殴る蹴るでいいの?」
「そこはインスピレーションでなんとか……ってうわああ来るキュ!!」
才子に駆け寄ると、キュウコは足から肩まで身軽によじ登った。才子の肩に乗り、キュウコは飛んでくる家を指さした。
「早く逃げるキュ!」
「肩に乗ってるのに軽いね! キュウコだっけ?」
「逃・げ・る、キュ~~!!」
飛んでくる家をちらっと見て、才子は肩をすくめた。
「やれやれ……」
家が激突する直前、キュウコは目をつぶった。
「……っ……キュ?」
衝撃音が聞こえたが、キュウコは無事だ。それにやけに強い風を感じる。
「キュ!?」
目を開くと、才子とキュウコは空高く飛び上がっていた。真下に目を落とすと、落下してきた家屋が2人がいた場所に激突していた。
「す、すごいキュ!」
激突の直前、才子がジャンプして家を躱したのだ。予備動作もなかったのに、20メートル近くジャンプしていた。
「す、すごいキュ才子! 流石はコスチュームの分まで身体能力にエナジーを注いでいるだけあるキュ!」
才子がわざとらしく言った。
「わぁ~! すごいジャンプ力! これが私? すご~い!」
「……聞いてないキュね……」
「はぁ~、満足した。最初に変身したらまずこれがやりたかったんだよねぇ~」
自由落下しながら器用に腕を組み、才子はうんうんと頷く。
「突然超人的な能力を手に入れた主人公の戸惑う姿……まさに変身ヒロインの第1話って感じ……」
「もう3話目キュけどね……満足そうで何よりキュ……」
遥か彼方に殴り飛ばされたダークグラビティは、怨嗟の声を上げながら立ち上がった。
『ハートフル戦士……ッ!』
才子に殴られたダークグラビティの胸には亀裂が走っていた。ただのパンチだったはずが、凄まじい威力だった。
まさか、目の前でハートフル戦士の誕生を許してしまうとは。
『ハートフル戦士メ、ココデ始末シテヤル』
ダークグラビティが右手を挙げると、道路に乗り捨てられていた自動車が浮き上がり始めた。合計10台の乗用車を浮遊させ、ダークグラビティは手を振り下ろす。
『潰レロッ!』
宙を浮いた車が、一斉に才子へ襲いかかった。向かって来る車を眺め、才子は眉間を寄せた。
「はぁ、まだやりたい恒例行事がいっぱいあったんだけど……仕方ないね」
「戦ってくれるキュ!?」
「まぁ上手くいかないのも人生だしね。ヒロインがやられっぱなしってわけにもいかない」
(妙なところで達観してるキュ……)
才子が地面に着地するまでと車が激突するまでの時間はほぼ同じと思われた。才子は肩に乗るキュウコの頭をそっと撫でた。
「じゃ、戦うけど、アドバイスある?」
「あ、えっと……」
「その前に着地だね、地面に足が付いたら走るから、落ちないように掴まっててね」
地面に到達する刹那、才子はキュウコの耳元で囁いた。
「アイツのとこまで行くから、要点だけ教えて」
「……キュ?」
着地した瞬間、才子は突撃して来た車の僅かな隙間を通り抜け、荒れ果てた街を一気に駆けた。
「キュ……っ、うわあああ!」
才子は凄まじい速さで走った。必死にしがみつきながらキュウコが後ろを向くと、地面に激突した車がもう見えなくなっていた。逆に前を向くと、あんなに離れていたはずのダークグラビティの姿がもう見え始めている。
「キュ……才子! 聞こえるキュ!?」
「なぁに?」
「て……敵のことを教えるキュ!」
接近する才子に気が付き、ダークグラビティは再び回りの瓦礫や標識を浮かせ、投擲準備に入った。
「ヤツは『ダークグラビティ』! 重力を操る能力を持ったストーンをもとに生成されたダークゴットズの手下キュ!」
「重力を操る? なにそれボス級じゃん!?」
「ダークゴットズは手段を選ばず、強い敵ばかり送り込むようになったキュ!」
キュウコは空を指さした。
「あれがダークグラビティが操る重力の球キュ!」
「タマ?」
キュウコが指さす方角を見上げると、空高くに黒い球体が浮かんでいた。球体はダークグラビティの胸の中や面の奥で燃えていたのと同じ、紫色の炎に覆われていた。
「あれか……!」
「ダークグラビティはあの重力を生む球で物を浮き上がらせているキュ!」
「なるほどね!」
飛んでくる家や車は、高高度まで浮かせてから重力を解放して投擲しているのだ。念力の類かと思っていたが、投げた物を自在に操れるわけではないようだ。
ダークグラビティが手を振り下ろし、瓦礫や標識を才子たちに向かって放った。才子は肩に乗っていたキュウコを掴むと、走りながら遠くに放り投げた。
「オッケーありがとう! 危ないからキュウコは離れてて!」
「ちょっ、まだ言いたいことが……才子~~!」
キュウコを投げてから、才子はあっ、と声を上げた。
「やば、戦い方教えてもらってないや……私にも特殊能力とかないのかな?」
走りながら飛んできた一時停止の標識を躱し、才子は拳を握りしめた。
「まぁ――別にいっか」
強く地面を踏みつけ、才子は加速する。
「ヒロインが、負けるわけがないもんね!」
地面を踏みつけた瞬間、才子は異次元の加速で瞬く間にダークグラビティの懐に迫っていた。突然目の前に現れた才子は、ダークグラビティの目には瞬間移動をしたかのように見えた。
『ッ!!?』
地面を踏んでからダークグラビティのもとまで辿り着いた才子の速度……実に、初速から時速350キロッ! これは、現技術における新幹線の最高速度を上回る!
「そ~~……れっっ!!」
大きく振りかぶり、才子はダークグラビティをぶん殴った。
ダークグラビティは遥か彼方まで飛ばされた。瓦礫で埋め尽くされた街を超え、避難者が駆け込む無事な街まで一気に到達する。目まぐるしく変わる視点に、全ての視界が線のみになる。
『ナンテ……威力ダ……!』
棒立ち姿勢から放った最初の一撃とはわけが違う。助走、それも時速350キロの助走をつけて全体重を乗せ放たれたパンチは――ダークグラビティの胸の鎧を更に深い亀裂を刻んだ。
ビルに突っ込んだダークグラビティは、体を軋ませながら立ち上がり、面の奥で紫色の炎を燃え上がらせた。
『オノレ……ハートフル戦士ガ……!』
ダークグラビティが右手を挙げ、自身がいるビルを浮かび上がらせる。更に周りのビルも同じように浮き始めた。
1キロほど離れた街でビルが浮遊するのを眺め、才子は感心したように声を上げる。
「すごーい、まだ生きてるんだ。しぶと~い」
腰のポケットでハートフルフォンがピロリロリン♪ と可愛い音楽を鳴らした。取り出してみると電話のマークがあったので、タップしてみた。するとハートフルフォンからキュウコの声が聞こえた。
「才子! なにやってるキュ!」
「あ、キュウコ無事だったの? よかったね」
「なんでダークグラビティを人がいる街までぶっ飛ばしちゃったんだキュ!?」
「いやー、ごめんごめん。あれで倒せると思ったんだよね~」
「これじゃあ被害が拡大しちゃうキュ!」
電話の向こうでキュウコが怒鳴る。
「なんとか一般人に被害が出ないように戦うキュ!」
そう言った直後、キュウコは思い出した。今話しているのは、サイコパスであるということを。
「う~んそうだね~」
才子は最も適性が高かった。それはハートフル戦士として、というだけではなく、サイコパスとしてという意味でもある。
「まぁ、できたらね」
(『できたら』……キュ!?)
サイコパス傾向が高い少女たちのなかでも、才子は著しく共感性に欠けていた。共感できないということは、戦いで一般人が巻き込まれ犠牲になってしまったとしても、悲しんだり責任を感じたりしないということである。
責任も後悔もないのなら――人は、躊躇ったりなどしない。
「じゃあ、切るね♪」
「待つキュ! 才子――」
ブチッ。
「……切られたキュ……」
通話を一方的に切られ、キュウコは愕然とした。
想像よりもまずい事態だった。
キュウコは勘違いしていたのだ。
才子の夢は変身ヒロインだった。だから当然のように、人を助けることに全力を注いでくれると、勝手に決めつけていたのだ。
違う、才子はただ変身ヒロインになりたいのではない。
「大変キュ……!」
ヒロインになって人を助けたいわけでも世界を救いたいわけでもない。ヒロイン願望ではなかったのだ。
彼女の本当の夢とは――変身して、悪い敵を倒すこと。
ただ、敵を殺したいだけだったのだ!
「街が……戦場になってしまうキュ!」
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