ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
闘骨

第19話 プードルンの説得! 芭海、ハートフル戦士になって欲しいワン!(中編)

公開日時: 2020年9月13日(日) 12:00
文字数:2,975

 

 ある女が水鶏芭海くいなはみの家を訪ねていた。背が高く、ベージュのパンツスーツに身を包んだ女は二十代前半で、ミディアムパーマヘアは深い茶色、黒い瞳は真珠のように真ん丸だった。

 数回インターホンを鳴らし、反応がないとみると女は踵を返し門の外に停めていた車に乗り込んだ。女はカーナビに頼らず、慣れた調子で住宅街を抜け、近所の山道へ向かった。

 彼女の名はプードルン。ハートフルランドの妖精にして、対ダークゴットズ特殊戦闘議会の議長だった。

 人の姿に擬態して社会に溶け込んだ彼女は現在、一人の少女をハートフル戦士とするべく説得に勤しむ日々を送っていた。

 プードルンはギアを変え、整備された山の坂道を上がっていった。彼女が乗っていたのはマニュアル車だ。数十年振りに人間界を訪れた彼女には、古いタイプの方が乗りこなしやすかった。

 プードルンは議会で最年長の妖精だった。かつては人間界で数々のハートフル戦士を導き、ダークゴットズを撃退してきた。功績により議長に選任されてからはハートフルランドで事務職に就いていたが、プロジェクトD——サイコパスを戦士に擁立する『悪魔計画』の実行に伴い、現場復帰を果たした。サイコパスを導くという困難且つ重要な職務もさることながら、ダークゴットズの脅威に怖気づき人間界に行きたがらない部下が多くいたことも理由の一つだった。

 山奥にある別荘地帯に着くと、プードルンは一軒のロッジに車を乗り入れた。ロッジとは言うものの、二階建ての豪邸のような別荘だった。この時期、別荘地帯に人気はなかったが、車を降りて車庫を確認してみると、中には乗用車が一台停められていた。

(やっぱりここにいたかワン……)

 ロッジのドアは施錠されていた。プードルンは鍵穴に指を差し込み、ハートフルエナジーを注ぎ込んだ。まるで魔法のように、鍵がひとりでにカチャリと開いた。熟練した妖精であるプードルンは、他の若い妖精に比べて多くの魔法じみた術を習得していた。

 屋内は靴を脱ぐシステムにはなっていない。この家の主もここでは靴を脱がない。プードルンはパンプスをカツカツと鳴らし、家の中をぐるぐると巡った。二階には居なかった。一階もある部屋を除き、全て見て回ったがどこにも居なかった。どうやらあの部屋に居るらしい。

「……はぁ」

 ため息が漏れてしまう。あの部屋には近づきたくないから後回しにしていたのだが、この家の主がここに居る時はたいていあの部屋で過ごしている。うんざりする気持ちと、既にドアの向こうから香る異臭に耐えつつ、プードルンはその部屋へ入った。

 そこはコンパクトな厨房のような部屋だった。大きな流し台に冷蔵庫、壁に揃えられた無数の調理器具。壁の中央には形や大きさが様々な包丁がマグネットに貼り付けてあるが、端にいくほどに様子が変わってくる。最終的に目にするのはノコギリやハンマーなどの大きな凶器である。

 天井にはワイヤーや鎖と繋がった滑車やフックなど、謎の装置が取り付けられていた。部屋の中央には広い作業台があり、そこではエプロンを身に着けた一人の少女がこちらに背を向け、作業を行っていた。作業台には数本の刃物とともに、成人女性の死体が仰向けに寝そべっていた。少女が視界を塞ぐように立っているため、女性の死体の腹部はここから窺えなかった。死体には首がなく、少女はたびたび刃物を持ち替えては死体の腹部で何かをいじり、ぐちゃぐちゃとした気色の悪い音が鳴っていた。おそらく、死体の腹部は開かれているものと思われた。

 手を動かしたまま少女が言った。

「今、話しかけないで。大事な所だから」

「…………」

 流し台には人の脳が丸々一つ入った桶が置かれていた。解体部屋に立ち込める血と臓物の臭いに顔をしかめ、プードルンはドアの後ろへ下がった。

「外で待ってるワン」

 ドアを閉じても、犬の妖精であるプードルンには解体部屋の嫌な臭いを嗅ぎ取れた。口を押さえて嗚咽し、プードルンはドアの前を離れた。

 リビングの一人掛けソファに座り、書斎から拝借した本を読んでプードルンは待った。手にした本は、ゾンビに世界が滅ばされる記録を追った小説だった。たまたま目についたもので、最初は選んだ本を間違えたと思っていたが、読み進めていくと興味深かった。その本のなかでは、極限の状況に置かれた人間たちの葛藤や絶望、人の醜さや本性、そして美しさが描かれていた。状況は違うものの、存亡の危機に立たされた今の世界と似た点をプードルンは感じていたのかもしれない。

(この本……芭海も読んだのかなワン……)

 少女が作業を終えたのは3時間後だった。血の付いたエプロン姿で、少女がリビングへやって来た。

「まだ居たんだ」

 髪を纏めていたバンダナを解き、少女は冷めた目をプードルンに向けた。物語のなかで人類がゾンビに反撃を始めたあたりで本を閉じ、プードルンは少女と目を合わせた。

 少女、水鶏芭海はリビングから出ると、洗濯機に脱いだエプロンを投げ込んだ。二階に上がって着替え、解体部屋とは別のキッチンへ行き、ワインボトルとグラスを持って戻って来た。

「未成年はお酒を飲んじゃいけないワン」

「うるさいなぁ。美味しく食べようとすることに水を差さないでよ」

 ワインをテーブルに置いてまたキッチンへ行った。五分ほどして戻った芭海は、赤い生肉の載った皿と、ナイフとフォークを手に持っていた。

 皿の上の肉を見てプードルンは眉間を寄せた。芭海は三人掛けソファの真ん中に腰を下ろすと、ワインのコルクを開けた。グラスに赤ワインを注ぐ。

 プードルンの前に置いたグラスをボトルで指し、芭海は「いる?」と訊いた。プードルンは首を振った。

「そう」

「今日は泊まるのかワン?」

「うん。明日はここから直接学校に行く」

 ナイフで切った肉を、芭海はフォークで口へ運んだ。赤い肉には粉末の調味料がかけられており、一口を味わいながらよく噛んで飲み込むと、芭海はワイングラスに手を伸ばした。もう何度も言っていたので、プードルンは一日に二度以上も飲酒を咎めなかった。どうせ無駄なことだった。

 芭海は大人しい、ある意味紳士的ともいえる性格とは裏腹に外見はインパクトがあった。

 黒いショートヘア、瞳は茶色く右目の下に二つ並んだ泣きぼくろ。右耳にだけ複数の、様々な形をした黒いスタッドピアスをし、ノースリーブのシャツから覗く肩にはタトゥーがある。燃え上がる炎を描いたようなタトゥーは背中まで続いており、服を着ていても首の付け根からちらっと見えてしまう。

 しかしこれでも芭海は学校では優等生だった。プードルンが観察した限り友人は多く、緩い校風の所為もあるが教師も芭海の格好を気にしていない。

 派手な風貌も整った顔のおかげで綺麗に見え、これくらいのオシャレをした十代の少女は他にも沢山いるだろう。が、既にプードルンは彼女を他の少女と同一視することはできなくなっていた。

 芭海が今まさに口に入れ、咀嚼しているのは人間の肉だった。彼女はカニバリストの男に拾われ、人肉を与えられて育った生粋の人肉嗜好者なのである。

 今食べているのは夕食前のちょっとしたおやつだった。プードルンとただ話すだけでは退屈だから用意したのだろう。グラスを手に取り、人の肉を胃に流し込む。ワインを嗜み始めたのはここ一年ほどのことだったが、芭海は幼少期から人肉を主食とした生活を送っていた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート