本作におけるサイコパスとは、一定の性質に偏った傾向の脳を持ち、通常の者とは判断力や価値基準が一線を画す存在を指す。
一般で言うところの殺人鬼・異常者=サイコパスではない。しかし本文を読むにあたり、この解釈でも差し障りは無い。
遡ること数日前――ハートフルランド妖精会議室。
闇の勢力ダークゴットズの侵攻により崩壊寸前のハートフルランドの最高会議室では、生き残った数少ない妖精たちが円卓を囲い、世界を救うための策について話し合っていた。
しかし、もはや妖精たちは万策尽きた状態だった。今まで人間の少女をハートフル戦士に擁立しダークゴットズの人間界征服を阻止してきたのだが、ここ近年闇の勢力が急激に拡大し、とうとうハートフル戦士の力では抑えきれなくなってきたのだ。
「いったいどうしたらいいワン……」
議長の犬の妖精、プードルンが頭を抱える(二頭身で手が短いので本当は頭に手が届いていない)。隣の席に座るウサギの妖精ミミミミンがため息を吐いた。
「このままでは、いずれダークゴットズが人間界に直接攻撃を仕掛けてしまうピョン」
カエル妖精のロケロンが首を振る。
「でも、もう戦うことのできるハートフル戦士はいないケロ……」
妖精たちを悩ませる致命的な問題はこれだった。
戦闘可能なハートフル戦士、つまり十代の少女がいないのだ。
「今までは代替わりしつつなんとか頑張ってこれたピョン……でも勢力を増したダークゴットズの残虐なやり口に、まだ子どもの女の子たちでは耐えられないんだピョン」
「最後のハートフル戦士5人も、そのうち3人がPTSD……1人は鬱病になってしまったケロね」
「1人を目の前で殺害されたショックが大きかったワン……それもあんな酷いやり方で……。それに、一般人や家族も沢山殺されて、心がもたなかったワン」
「仕方ないピョン。あんなの大人の軍人だって耐えられないピョン。十代の女の子が戦意を失わないわけがないピョン」
ハムスター妖精のハムハムは、凄惨な現場写真が写された会議の資料を裏返しにし、顔をしかめて言った。
「他の女の子を戦士に選んだとしても同じことだチュウ。傷つくことがわかっていて女の子を利用するようなことはできないチュウ」
「でも、このままでは人間界がダークエナジーで満たされてしまうワン。戦士に必須なハートフルエナジーを持つ女の子がいなくなったら、変身することすらできなくなってしまうワン」
どれだけ議論しようとも、最終的に同じ結論に至っていた。
容赦ない敵に絶望せずに、ハートフルエナジー……つまり希望や夢を持ち続け、立ち向かうモチベーションを保ち続けることのできる少女など、いない――。
「いったい、どうしたら――」
「ホッホー」
独特な咳ばらいをし、議場の注目を集めたのはフクロウ妖精のオウルンだった。プードルンが首を傾げる。
「何か意見があるのかワン? オウルン」
「……これを見て欲しいホッホー」
オウルンは円卓の中央に設置されたハートフル投影装置で、とある資料を空中に映した。ピンク色の光で投影された資料を目にすると、妖精たちは目を丸くした。
「こっ、これは……!」
「まさか……『プロジェクトD』!?」
オウルンはうなずいた。
「もはや、我々に残されているのはこれしかないホッホー」
オウルンの隣に座るキツネ妖精、九尾を持つキュウコが慌てた声を上げる。
「でもこれは、ずっと昔に中止された計画だキュ!」
オウルンは厳かな口調で言った。
「もはや我々に手段を選んでいる暇はないホッホー。早く手を打たなければ、世界は闇に支配されてしまうホッホー」
「……オウルン……」
「ワタシもできることならこの計画を復活させたくはなかったホッホー。しかし、この絶望的な状況下で頼れるのは、これしかないんだホッホー」
妖精たちは沈黙した。誰もオウルンの意見を反論できなかった。その沈黙こそが、オウルンの案を肯定することになっていた。
プロジェクトD……通称『悪魔計画』
1980年代に今は亡きヘビ妖精ヨルムムンによって提案された、『ある人種』のハートフル戦士擁立計画だ。
そのある人種とは――
「本当に頼っていいのかワン……サイコパスに」
サイコパスの少女である。
『サイコパス』——異常犯罪、猟奇的犯罪を行う精神異常者や反社会的人格者を指して使われることの多い呼び名だが、実際は違う。
正確には、ある一定の特徴を持つ人種のことを総じて『サイコパス』と呼ぶ。
例えば、共感性の欠如――他者とわかりあえず長い交友関係を築くことができない者。平気で嘘をつき、己の欲望を叶えるためなら手段や倫理を問わない思考を持つ者。
共感性が無い彼らには他人の痛みが理解できない。故に平気で他人を傷つけ、殺害することまである。
恐怖を感じる機能が著しく低く、刹那的で、スリルを好む――一般的にいうところ変わり者。
忌み嫌われがちだが、歴史上の転換期には必ず存在したといわれる、一説では人の進化の要と言われている者たち――それがサイコパスだ。
サイコパス=犯罪者ではない。サイコパスは社会に多く溶け込んでいる。
『人を殺す』という特殊なことを平気でできるということは、他の特殊な行動もできるということである。
例えば、患者の命がかかった重要な手術。この特殊な仕事を平常心でこなす才能は、常人からすれば異常である。
印象が『良い』から異常者として扱われないだけであり、その特異性や普通の人間から外れた行動力は印象が『悪い』だけの殺人者と、サイコパスという観点では変わらない。
他にも多くのサイコパスがいる。重大な決定を下す政治家、会社の命運を握る社長、爆弾処理のスペシャリスト、軍指揮官、独創的な世界を造る小説家――。
織田信長や、アメリカの某IT大企業創設者、彼らもサイコパスだった。変わり者で理解を得られにくく、しかし社会に大きな影響を与えた才能たち。
サイコパスの人種にはある共通の特徴が脳にある。脳に欠損を負った人物が後天的にサイコパス的な人格に豹変してしまう例もある。
かつてヨルムムンは、このサイコパスの特徴を有する脳の持ち主をハートフル戦士に選ぶことを提案した。曰く、自身の望みに忠実なサイコパスのハートフルエナジーは純度が高く、また恐怖を感じないのでダークゴットズとの戦闘に有利であると。
当時は長いあいだこの計画について議論された。サイコパスについては有用性が高かったが、扱いが難しく、仮に心が悪に染まったときのリスクが高かった。
同じ頃にサイコパスによる凶悪犯罪が多発したこともあり、この計画は『悪魔計画』として封印され、サイコパスの特性を持つ少女は暗黙の了解としてハートフル戦士に擁立しないことになっていた。
――その計画がいま、長い時を経て動き出そうとしていた。
妖精たちの心は揺れ動いていた。サイコパスの少女ならば――この状況を覆せるのではないか?
ダークゴットズに対抗し、世界を救うことができるのではないか?
普通の少女たちでは無理だったことを――『異端』ならば出来うるのではないか!?
「……もう、これしかないワン……」
プードルンは俯いたまま、仲間の妖精たちに問いかけた。
「オウルンの案に賛成する者は挙手を……」
キュウコ以外の全員が手を挙げた。逡巡してから、キュウコも挙手した。
「では、議決するワン……プロジェクトD、いや……ボクらの最後の希望に、託すワン……!」
サイコパスの少女を――ハートフル戦士にする!
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