人の姿になったところで、キュウコとオウルンは千早のもとへ向かった。変身したキュウコを見る千早の目は先ほどまでとはまるで違い、穏やかだった。
「やればできるじゃないか。くれぐれも私の前でケダモノの姿を晒してくれるなよ妖精」
「わ、わかったキュ……」
「本当はそのムカつく語尾もやめてほしいところだけどな」
「それは勘弁して欲しいキュ。アイデンティティだキュ」
千早は愚かしい者でも見るかのように肩をすくめ、腕を組んだ。
(本当に動物が嫌いなんだキュな……)
動物への嫌悪感は顔から消えていたが、千早の眉間には常にしわが寄っており、少女らしからぬ知的なオーラを放っている。口調や仕草も容姿に似合わずいちいち大人びており、態度が尊大で泰然としている。
才子もそうだったが、千早もキュウコが今まで出会ったどの少女とも違うタイプだった。
千早は脚を組んだ。「妖精にどれくらいの頭脳があるかはわからないけど、とりあえず私が話すことに理解できない点があればその都度言え。理解されないまま話して誤解を生む方がめんどくさい」
なんというか、ツンツンしたり高飛車だったりした態度をとる少女とは今まで何回か会って来た。でもそれは他者に自分を大きく見せるための威嚇だったり、強がりだったりと可愛らしい起因によるものだ。
千早は違う。これは素でこういう性格なのだとキュウコは悟った。顔が美人なのでまだ我慢できるが、本当に態度が憎たらしい。
(おっといけないキュ、ハートフル戦士に憎たらしいだなんて妖精が思っちゃいけないキュ…!)
「わかったらハイだ。返事や相槌の文化はハートフルランドにないのか?」
「は、はいキュ」
愛想笑いしつつキュウコは頬をひくつかせた。やっぱりムカつくなこの子。
千早が着る白衣のなかはTシャツで下はジャージ、肩甲骨辺りまで伸びる黒髪はボサボサで大人びた態度のわりに身なりはだらしない。ハートフル戦士に変身した姿はあんなに凛々しかったのにな、とキュウコは思った。
白衣の袖やジャージの裾から覗く手足は細い。風貌からしてもあまり運動などはしていなさそうだ。
オウルンをちらっと一瞥してから、見下すような眼差しをキュウコに向けて千早は言った。
「じゃあ改めて互いに自己紹介といこうか。私は神崎千早。オウルンからハートフルフォンを授かったハートフル戦士サイコ・ブラッドだ。歳は17」
「キュ! ハートフルランドから来た妖精のキュウコだキュ。よろしくだキュ!」
「何回『キュ』って言うんだお前」
「見逃して欲しいキュ」
「まあいい、話をスムーズに進めるために無視するとしよう」
(それなら黙ってスルーしてほしかったキュ……)
「これから私たちは協力する身だ。人類とハートフルランドの共同戦線になる。互いに秘密は無しだ。できるだけ多くの情報を共有する。後出しの新情報とかはいいから知ってることは最初に全部話しておけ。そういえば~とか、思い出したキュ~とかいうことがあったら1回ごとに歯を1本抜くから覚悟しておけ」
「妖精になんて脅しをかけるんだキュ」
「まずは私の身分を明かしておこう」
(無視されたキュ)
口を開きかけ、千早はぴたっと止まった。何かを考えて口を閉じ、デスクに腕を置いた。デスクを指でトンと叩き、千早はオウルンを指さした。
「よし、ここで記憶力テストだ」
「キュ?」
「オウルンには既に私の素性を話してある。妖精の記憶力を見せてもらおう。オウルン、私のプロフィールを代わりにキュウコに説明してくれ。妖精どもも個体差はあるだろうけど、私のバディはオウルンだからな。オウルンを基準に君らへの指標を決めさせてもらう」
千早は妖精だからキュウコたちを見下しているのではなく、自分以外の全てにこんな態度をしているのではないかとキュウコは思い始めていた。そしてそれは正しい予想だった。
「オウルン、頼む」
「ホッホー」
(そのホッホーって肯定なのか? まあいいけど)
キュウコはオウルンを見た。オウルンは思ったほど嫌そうな顔をしておらず、千早のこの横柄ぶりに既に慣れた様子だった。
(流石、オウルンは順応力が高くて大人だキュ)
「じゃあキュウコ、ささっと説明するホッホー」
「わかったキュ」
オウルンは小さな白い手で千早を指し示し、紹介を始めた。
「千早は17歳の大学生だホッホー」
「えっ、大学生なんだキュ!? 17歳で!?」
「そうだホッホー。フランスの大学に16歳から飛び級で在席しているホッホー。今は休学中で日本に住んでいるんだホッホー。中学までは日本の学校に居たんだホッホー」
千早が鼻を鳴らし、付け加える。「まあ、中学もほぼ行ってなかったけどな」
オウルンが続けた。「千早はとっても頭が良いんだホッホー。子供の頃から何でも覚えられて、17歳だけどもう大学生がするような勉強をしているんだホッホー」
再び千早が補足する。「厳密には大学課程も終えている」
「千早のお父さんはそこにある医学校の校長だホッホー。自宅にあるこの地下ラボも、もとは千早のお父さんが自分用に作ったものなんだホッホー。お母さんはお医者さんで、千早は一人っ子だホッホー。お父さんもお母さんもほとんど家に帰ってこないから、一人暮らしみたいな感じなんだホッホー。フランスの学校を休んでいる今は、独自に解剖学を勉強しているんだホッホー」
「へ~……キュ」
「こんな感じでどうかホ?」
オウルンが千早に目を向ける。千早は肘掛の上に片手で頬杖をついた。
「ああ、だいたい良いよ。オウルンは賢いね。無能なバディだと困るからな」
(いちいち癇に障るけど、我慢するキュ……)
千早は一度腰を浮かせ椅子に座り直した。歳に似合わない「どっこいしょ」という声を漏らすと、キュウコが何か言いたげな顔をした。オウルンがキュウコと目を合わせてかぶりを振った。キュウコは喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。
「君たちの事情もオウルンから聞いたよ」
千早は指を組んだ。
「サイコパスを戦士に擁立する。実に良い考えだ。むしろ何故今まで実行しなかったかを不思議に思うくらいだ。そうすればここまで事態は深刻化しなかったかもな」
「そ、そんなの……仕方ないキュっ」
千早の目がじとっとキュウコを見た。首を傾げ、千早は言った。
「仕方ない? 何がだ? 純粋な少女を戦士にし戦わせた挙句、廃人にしたのはお前たちだろう?」
「……っ」
「敵のダークゴットズを本気にさせ劣勢の現状を作った、自分たちの間違いを認めろ」
キュウコの脳裏に過去の悲惨な記憶が蘇った。
血まみれのハートフル戦士。粉々になった肉片、血、血、血。飛散する眼球、脳、臓物、叫び声。断末魔。引き裂かれた人体。ああああああ。
ぐらっとよろめくキュウコの肩を、オウルンが受け止めた。青ざめた顔で口を押さえてオウルンに礼を告げ、キュウコは自分の足で立った。千早は冷めた目でキュウコを眺めていた。
「……キュ、キュウコは……キュウコたちは、ただ……」
苦しそうな声で喋るキュウコを遮り、千早が言った。
「君らの失敗に唯一良かった点がある」
「?」
自信満々に、千早は断言した。
「私に辿り着いたことだ」
キュウコは目を丸くした。千早は脚を組みなおし、膝の上に両手を重ねた。真顔で彼女は言った。本気の声音だった。
「私が、ハートフル戦士を勝利へ導いてやる」
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