ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第14話 ダークアクアの奥の手発動! サイコ・ブレイド、大ピンチ!?(後編)

公開日時: 2020年9月10日(木) 22:00
文字数:2,851

 

 サイコ・ブレイドは万物を斬る。硬度や大きさ、形に関係はなく――それが例え何トンという膨大な水であったとしても、際限はない。

 右半身を失ったダークアクアは崩れるように膝をついた。黒い鎧が傷口からボロボロと崩れていた。ランは大剣を線路に引きずり、ダークアクアの方へ歩み出した。

「終わりにしますか、ダークアクアさん」

『……ザ……ルナ……』

 わなわなと震える左手に、ダークアクアは水の玉を創り出した。ランは眉を寄せて首を傾げた。

「まだやるんですか?」

 ダークアクアの眼がカッと光った。

『フザケルナヨ人間風情ガッッッ!!!』

「!」

 左手の水の玉を線路に叩きつける。破裂した水が、線路の両端に切り開かれた水に触れた。ダークアクアはまだ何かする気だった。

 攻撃か? 逃げるのか? ランは大剣を構え、何を仕掛けられても対処できる姿勢を整えた。

 アクアストーンが轟々と燃え盛る。鎧の継ぎ目や関節部からも青い光が漏れ出た。今までで最も強いダークエナジーが発せられていた。二重に割れた声でダークアクアは言った。

『コノ手ハ、使イタクハ無カッタガナ……ハァッ!!』

 ダークアクアが咆哮する。どんな動きも見逃すまいと、ランは目を見開いた。

 次の瞬間、線路の水が全て消えた。

「!?」

 線路を浸水させていたほどの大量の水が、一瞬にして消滅した。何が起きたのかわからず、ランは大剣を構えたまま硬直した。

(水を消す能力……とか、でしょうか?)

 ダークアクアにはそんな能力まであったのか? 千早はそんなこと言っていなかった。隠し技か何かか?

 大剣を構えながらランはダークアクアの動向に集中した。ダークアクアは特に大きな動きを見せなかった。ただ、左目の光だけが勝利を得たかのようににやりと歪んでいた。

 

 

 地下鉄内から突如水が消えたのを目にし、千早は瞠目していた。

(水が消えた? 何だあれは……ダークアクアは何をした!? 3つ目のストーンの能力!? いやそんなはずは……造った水を消す能力なんて何の役に立つ? この場でそんなことをする意味はない……!)

 一つ、この現象の正体が思い当たった。千早の体にゾッと寒気がした。キュウコやオウルンが初めて目にするほど、千早は狼狽した。

「? 千早、どうしたホッホー?」

「うそだろ……ッ!」

 千早は急いで周囲を見た。目に見える地下鉄の入り口を全てチェックする。地上から地下鉄へ降りる全ての階段に溢れていた水が、同様に消失していた。

 水が視認できなくなっていたのだ。

「くそッ!」

 舌打ちし、千早は自分の血を鞭のように伸ばしてキュウコたちを掴んだ。脹脛から血液が飛び出し、バネのような形で千早の足を包んだ。

「千早!?」

「逃げるぞッ!」

 ランを助けることを一瞬逡巡したが、千早はすぐに諦めた。そんな暇はない。血のバネを利用して、屋上が崩落するほど強く床を蹴り、千早は跳躍した。前に伸ばした手から血の糸を発射し、建物を掴んで引き寄せる。別のビルに飛び移ると、壁を蹴ってまた跳んだ。

 突然のジェットコースターにキュウコたちが悲鳴を上げる。

「キュううう~~~!」

「ケロぉぉぉ~~~!」

 舌を噛まないように気をつけながらオウルンが喋った。

「どうしたんだホッホー!? 千早!」

 千早は少しでも、もといた場所から離れようとしていた。目指していたのは、街の外……厳密に言えば、浸水した地下鉄から――水が消えた地下鉄から離れた場所だった。

 歯ぎしりし、顔に汗を浮かべて千早は言った。千早らしくもない、尋常でないほど焦った早口だった。

「あいつ……水を『分解』しやがったッ!!」

 

 

 ランはまだ、何が起きたかを理解できていなかった。

 水がなくなったこと以外に異変があるとしたら、肌に感じる空気の感触が少し変わった程度だった。

 線路上に膝を落としたダークアクアが、不気味な笑みを漏らした。現在、ダークアクアは水に一切水に触れていなかった。殺すなら今だ、とランは思った。

『クク……コレハ、ダークエンペラー様ニ献上スル分ノダークエナジーマデ消費シテシマウ……ダカラ、使イタクハナカッタノダガナ……コレデ、貴様モ終ワリダ』

「?」

 ダークアクアは左手を握り、拳を振り上げた。ダークアクアの位置と姿勢からでは到底、ランには届かない。狙いがランでないことは明らかだ。

『燃焼ニ必要ナ3ツノ要素ヲ……貴様ハ知ッテイルカ?』

 ダークアクアが口にした妙なセリフを、ランは初め無視しようとした。が、その真意を悟ると、ランはこの場で何が起きているのかを徐々に理解していった。

 亀裂の走った兜をにたぁと歪ませて笑い、ダークアクアは言った。

『可燃物ト酸素ハ、既ニココニ揃ッテイル……アト必要ナノハ、点火源ダケダ』

 ランは目を丸くし、鳥肌が立った。ダークアクアの言葉の意味がようやく理解できた。

 水は消えたのではない。まだここにある。正確に言うなら、かつて水だった物質がまだここに残っている。

 水素と酸素――ダークアクアは水、つまり一酸化二水素を分解し、途方もない密度の水素と酸素を一瞬でこの場に用意したのだ。

 ダークアクアが発生させた水は、街の地下に張り巡らせた広大な線路のほぼ全域に渡っていた。ダークアクアの能力は触れている水を操るが、ここと繋がる全ての線路にある水に、ダークアクアは触れていたことになる。地下鉄にあった全ての水が分解され、街の地下に水素と酸素が溢れていたのだ。

『分解シタ気体ヲ再ビ水ニ戻スコトハ出来ナイ……ダガ、貴様ヲ葬ルノニハ、コレデ充分ダ』

 燃焼に必要な三要素――可燃物と酸素と点火源。水素は可燃物、そして充実した酸素。今この街の地下鉄は、いつ大規模な水素爆発を起こしてもおかしくない条件下だった。地下鉄そのものが爆弾になったと言っても過言ではない。

「……!」

 ランはダークアクアにトドメを刺そうとしたが、下手に動けなかった。大剣やヒールが金属に触れ火花が発生すれば、たちまち地下鉄は火に包まれる。僅かな静電気すら許されない。

 しかしランが自発的に爆発を起こすのを待つほど、ダークアクアは愚かではなかった。ダークアクアが振り上げた拳を、ランは凝視した。

 低く、割れた、おぞましい声がした。

『粉々ニナレ、ハートフル戦士』

「待っ――――ッ!」

 ダークアクアが、線路に拳を叩きつけた。

 籠手と線路の鉄が擦れ、小さな火花が散った。が、燃焼反応にはその火花で充分だった。

 ランの視界が、眼が眩むほどの白い光に覆われた。直後に感じたのは、強烈な熱だった。

 火花によって着火された水素は酸素の助けを得て、瞬く間に連鎖反応を繰り返し燃焼を広げていった。直結する全ての線路内に浮かぶ水素に延焼が重なり、急速に発生した発火は爆発となり、地上を吹き飛ばした。

 △△町の市街は、地下鉄から発生した超大規模な水素爆発により瞬く間に消滅した。地上は抉られ、瓦礫は数キロ先まで飛び散り、かつて街だった景色は白煙に包まれた。

 爆発の衝撃波が雲を薙ぎ払い、爆音は飛行していた多くの鳥の鼓膜を破った。白煙に覆われた街に残ったのは、もとの形状すらわからない瓦礫の山と、更地だけだった。

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