マシンガンやガトリング砲などの銃弾を『ばら撒く』タイプの銃は、距離が遠のくほどに命中率が落ちる。サイズからしておそらく1キロは射程内だが、身長160センチ前後の人間にそうそう当たるものではないだろう。
と、高をくくったうえで芭海はランに警告を怒鳴り散らし、オフィスの奥へ全力で走った。
「逃げるぞッ!!」
「はいっ!」
ランと芭海が踵を返した直後、ダークガンのアヴェンジャーが掃射を始めた。手前にある低いビルの壁面を掠り、無数の銃弾がオフィスを襲う。瓦礫まみれのオフィスがさらに滅茶苦茶に散らかされ、壁に無数の穴が空くなか、ランと芭海は廊下へ飛び出した。
「あっぶな!」
「プレデター、ブラッドから通信が!」
並んで廊下を走りながら、芭海はハートフルフォンに耳を傾けた。千早のサバサバした声が聞こえ、とりあえず生きていることにほっとした。が、いつも冷静な千早の声にほんのりと焦燥の色があった。
『生きてるか!?』
「なんとかねぇ!」
「そちらは無事ですか?」
『攻撃を仕掛ける前に狙撃を受けた。奇襲は失敗だ。こっちの居場所がバレていた』
「今はどこに?」
『ダークガンの射線から外れた場所に隠れてる。君らも一旦距離を空けてくれ。体勢を立て直したい』
「そうだ、ブラッド! 敵のもう一つの能力がわかったよ!」
『探知能力だろ?』
「違う!」
『なに?』
芭海は首を振る。
その時廊下の先にある窓の外に、ミサイルが回り込んでくるのが見えた。
「まっず!」
「プレデター、私の後ろに!」
ランが前に出た。首に提げたロザリオにアクアストーンをセットし、大剣を掲げた。
「『ハートフルジュエリー・アクアストーン』!」
アクアストーンが青く発光した。ランが握る大剣がアクアストーンと同じ輝きを纏い、柄から水が放出され、渦を巻くように刃を覆った。
ハートフルジュエリーはセットしたエナジーストーンの能力を、装着した戦士に相応しい形で付与する。多彩な能力の幅は戦闘を有利に運び、歴代の戦士もハートフルジュエリーの恩恵に幾度となく助けられてきた。
サイコ・ブレイドが使用するアクアストーンは、直接対峙した敵の能力であっただけに具体的なイメージが掴めていた。アクアストーンをハートフルジュエリーとして与えられた際に、ランは既に『水を発生させ操る力』をどのように扱えばいいかを悟っていた。
窓を破り、ミサイルが廊下を突撃してくる。ランは水流を纏った大剣を両手で構えた。
「『流水斬』!」
万物を斬る能力と水を操る能力が融合して発現する技は、ただ一つ。
――流水を斬撃として放つ!
ランが振り下ろした大剣から、三日月型の流水が放たれた。
三日月型の水は高速で流動しており、ウォータージェットと同じ要領で高い破壊力を得ていた。
迫るミサイルに、流水の斬撃が激突した。廊下のど真ん中でミサイルが炸裂し、破片と水が爆散した。廊下は熱で蒸発した水や煙に覆われ、視界が不明瞭になった。
ハートフルフォンに芭海が怒鳴った。
「今の聞こえたか!? あいつミサイルを使ってる!」
『ミサイルだと!?』
電話の向こうで仏頂面をさらに険しくする千早を想像しつつ、芭海は言った。
「妖精は『ミサイルストーン』なんてキテレツな物は造ってない。ならあいつはどうやってミサイルで攻撃してるか、頭の良いお前ならわかるだろ?」
千早が思慮したのはほんの一、二秒だった。千早はすぐに答えを口にした。
『「ボムストーン」か!』
「ああ、たぶん間違いない!」
渋谷へ向かう車内でプードルンが話した凶器を源にしたエナジーストーンのなかに、『ボムストーン』があった。鎌倉時代中期の元寇にて使用された記録のある『てつはう』をもとに造られたエナジーストーンで、ガンストーンと同じく時代の流れとともに凶暴化していったストーンの一つだ。
「ガンストーンとボムストーンの能力を合わせれば、ミサイルを作れるのも納得できる! ヤツのもう一つのコアはボムストーンだ!」
『……ああ、おそらく君の考えが正しい。敵の能力が二つとも判明したのは僥倖だ』
賢いからこそ、千早は意地を張らずすぐに間違いを認め、相手を肯定する。少し張り合いがないのがつまらないが、こういった緊急事態においてはこれほど頼りになるブレインもいないと芭海は思った。いけ好かないが、良い司令官を持った。
「ブレイド! 下に降りよう!」
「ええ」
ランが床を大剣でくり抜き、下の階へ降りる穴を空けた。下の階の廊下を進み、階段を駆け下りた。
「とりえあえず敵から離れたらいいんだね?」
『……』
「ブラッド? どうした?」
『……何かおかしい』
「何かって、何がですか?」
ハートフルフォンから聞こえる千早の声のトーンが落ちた。別の場所で通話を聞いていたオウルンは、千早が考え事をしている時の声音だと気がついた。
ランと芭海は一階を目指して階段を駆け下りていた。外から銃声や爆発音は聞こえない。ダークガンは追撃を行っていないようだった。
「ロストしたかな?」
「だといいのですが……」
『……ロスト』
問いかけていながらも、まるで独り言のように喋る千早の声が聞こえた。
『……探知能力を持っていないなら、なんであいつは私たちの居場所を補足できたんだ?』
「え?」
「?」
『どうやって私を狙い撃った? どうやってミサイルの照準を合わせた? 見つかっていないはずだったのに……』
一階に辿り着き、エントランスへ向かうランと芭海の目に、衝撃の光景が飛び込んだ。
五発ものミサイルが、ビルの正面からエントランスへ突撃しようとしていた。
『……人間の場合、狙撃兵には観測手がついて命令伝達などを行い、狙撃を補助する……』
ミサイルが眼前へ迫る刹那、千早が述べた冷静な分析が、ランと芭海の耳に届いた。
『もう一体――観測手の役割を担ったストーンホルダーが、どこかにいるぞ!』
直後、ハートフルフォン越しに凄まじい爆音が鳴り響いた。ランと芭海の通信が切れた。
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