「××町に出た怪人とね、高校生が戦ってる映像が回って来てさー」
別のクラスメイトが言った。「高校じゃないよ、中学だよこのセーラー服」
「あ、そうなん?」
「××町の中学の制服だよこれ」
スマホに映された大手動画サイトには、例の怪人とセーラー服を着た少女が対峙し迫真の格闘を繰り広げる数秒間の映像がスローモーションで何度も繰り返されていた。
「投稿者は本物だって言ってるんだけど、なんか嘘くさいよね」
「いや作り物でしょこれ。だって怪人と戦ってるんだよ? アニメの見過ぎかよ」
「なんかの特撮の映像使って合成してんでしょ。それかAV」
セーラー服を着た少女の顔が映り込んだところで、映像は一時停止した。投稿者の編集により、少女の顔がアップで映った。
その少女の顔を見た芭海は、目を剥いた。ざわっと、芭海の全身に鳥肌が立った。
芭海の脳髄に、電流が走る。
「凄いよねこれ、めっちゃリアルで完成度高いってネットで話題になってんの。投稿者は本物だ~の一点張りなんだけどね」
「まぁめっちゃ人死んでるし、今こういうの作るのフキンシンだからねぇ。CGで作りましたとか言っても叩かれるだけでしょ」
「なんか昔アニメで見たな~、こんな格闘してるやつ。なんだっけ……」
クラスメイトの一人が、スマホを見たまま芭海が凍りついていることに気がついた。顔を覗き込み、クラスメイトは芭海を呼んだ。
「芭海? どした?」
「…………」
芭海はスマホに映された少女の顔を凝視していた。その目は血走っていた。芭海の様子を不審に思い、クラスメイトは肩を叩いた。
「芭海? おーい。なに、そんなにハマったこれ? URL送ってあげる」
「…………」
机に置いていた鞄を床にドサッと落とし、芭海は教室の出口へ踵を返した。鞄には目もくれなかった。
「ちょっと、芭海? どしたの、トイレ?」
「もう先生来るよー?」
友人たちの声などまるで耳に入っていないかのように、芭海は教室を出て行った。
「芭海ーっ?」
廊下に出ると、ちょうど担任の教師とすれ違った。「おいどこ行く?」と声をかけられたが、芭海はそれすら無視し早足で去った。
担任教師の制止を振り切り、芭海はスマホをいじりながら一階へ降りた。教室で見た映像を検索し、改めてよく見てみた。
間違いなかった。
映像のなかで怪人と戦う少女は、日ノ出才子だった。
三か月前に比べ、当然髪は伸びている。ボロボロだけど、着ているセーラー服は出会った時と一緒。
何よりも、才子の顔を芭海が見間違えるはずがなかった。夢にまで見た想い人の顔を、芭海が忘れるはずがなかった。
芭海のなかで、全てに合点がいった。散りばめられた小さな点が、瞬時に線で結ばれていく。
××町を襲った怪人は、ダークゴットズが差し向けた者だ。プードルン曰く、ストーンホルダーなるあの敵は新たに選抜されたハートフル戦士によって、倒されたという。
そしてそのハートフル戦士とは、才子だったのだ。この映像は作りものではない。才子は本当にハートフル戦士となり、現実にストーンホルダーと戦い、勝利した。映像を見ただけで、芭海はそれを確信できた。
芭海には、才子がプロジェクトD『悪魔計画』に選ばれる少女であることに納得できうる根拠があった。新たに選抜された戦士は、芭海と同じく異常な精神、つまりサイコパス的傾向がある脳の持ち主だ。あの時は気がつかなかった。才子にはその節があった。
芭海や父とは種類が違う。だから気がつかなかったが、今思えば才子には別種の異常性があった。芭海ですら違和感を覚える才子の『異質』さは、とどのつまり芭海や父を上回る異常性のポテンシャルを示していたのではないか。
才子は異常者だったんだ。芭海と同じようにハートフル戦士の才能を見出され、××町で戦った。××町は壊滅的な被害を受けたが、怪人は消滅した。才子が勝利したのだ。
心底楽しそうに夢を語る才子の声が、芭海の脳内に想起した。
変身ヒロインになって、悪者をやっつけること――それが才子の夢だ。
「……そっか……」
スマホに映る才子の姿を芭海は見つめた。服はボロボロで、体じゅう血まみれだったが、顔は満面の笑みだった、本当に、心から嬉しそうな顔だった。呆然と才子を見て芭海は呟いた。
「才子ちゃんは……夢を、叶えたんだね……」
ずっと会いたかった、また目にしたかった才子が、小さな画面の向こうにいた。
芭海は赤面し、涙目になっていた。才子の映るスマホを、芭海は胸にぎゅっと抱きしめた。
やっぱり、忘れることなんてできない。
こんな小さな、画質の悪い映像を見ただけで芭海の胸はいっぱいになっている。心が温かい。才子に会いたい。もう一度あの声を聞きたい。才子の香りを嗅ぎたい、水晶のような綺麗な瞳に見つめられたい。
恋だ。
紛うことなき、これは才子への、芭海の恋だ。
(ごめんね、お父さん……)
諦めることも、無かったことにすることも、芭海にはできない。きっとこの気持ちは、死ぬまで止まらない。
芭海はある人に電話をかけた。自分からは一生かけることはないと思っていた相手へ。
今日、初めて芭海は父の言いつけを破った。
電話に出た相手に、開口一番、芭海は言った。
「僕、ハートフル戦士になるよ」
スマホからは何も聞こえなかった。電話の向こうで、プードルンが絶句している姿が目に浮かんだ。
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