ハートフル☆戦士 サイコ♡アクセル

―サイコパスの少女が変身ヒロインになったら―
闘骨
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第37話 日ノ出才子

公開日時: 2020年10月28日(水) 15:12
更新日時: 2020年10月28日(水) 15:30
文字数:3,381

 

 

 懐かしい夢を見た。

 あれは、決心した日だった。

 憧れのヒロインになると、決意を固めた日だった。

 私の人生に、初めて太陽が昇った日。

 

 

 ベッドの柵を掴み、日ノ出才子は勢いよく体を起こした。

 鉄製の柵がガシャンと鳴る。すぐ傍で寝顔を見つめていたキュウコは驚き、ひっくり返りそうになった。

「わあっ!? さ、さ、才子!?」

 才子は見開いた目で病室を見回し、自分が置かれている状況を確かめた。窓の外を見てから、ぐるっとキュウコの方を振り向いた。久しぶりの才子の、丸く大きな瞳に見つめられ、キュウコはビクッとした。

 椅子から倒れたキュウコは尻もちをついて才子を見上げていた。体には冷や汗をかいていた。

「……才子……目が、覚めたキュ……?」

 じっとキュウコを眺め回すと、才子は首を傾げた。

「誰?」

 キュウコはハッとした。

「あ、そうかキュ……この姿は見たことなかったキュね」

 キュウコは変身を解き、妖精の姿に戻った。キツネの妖精になったキュウコを見つめると、才子はぱっと笑顔を花咲かせて手を叩いた。

「あ~! 妖精さん! 妖精さんだよね! えっと確か~……キュウコ! そうだ、キュウコだよね?」

「覚えてるかキュ!?」

「覚えてるよ! 忘れるわけないじゃん~! 私をヒロインにしてくれた大切な妖精さんだもん!」

 キュウコはベッドに飛び乗り、才子の膝の上に立った。

「良かったキュ……本当に目覚めるなんて……」

「? あれ、そういえばここどこ?」才子は枕元にあるナースコールや名札を見た。「病院だよね? あれ? ん~?」

 キュウコは慌てつつ、早口で説明した。

「あっ、あの後……ダークグラビティに勝った後、才子は大怪我をしてずっと眠ってたんだキュ!」

「ん~? ……ああ、そういえばなんか倒した……ような気が……うん、あ~そうか……あ、なんか思い出したかも」

 才子はおかしそうに笑った。普通の女の子のように屈託のない笑顔だった。

「あはははっ、ずっと寝てたんだ~、変なの。なぁに? じゃあキュウコは起きるまでずっとここにいてくれたの?」

「えっと、その――」

 キュウコの小さな手をぎゅっと握ると、才子は満面の笑みで言った。

「ありがとね! キュウコ!」

「…………」

 キュウコも初めは笑っていたが、徐々に表情が沈んでいった。才子の、人を殺めたその手に目を落とす。キュウコは才子の指から手を抜き、一歩下がった。

 キュウコの様子がおかしいことを、才子は察した。

「どうしたの? キュウコ、元気ない?」

 キュウコは俯き、唇をきゅっと噛んでいた。才子は首を傾げ、キュウコの顔を覗き込む。

「お腹空いた? 具合悪いの? 妖精さんでも風邪ひくのかな?」

「……才子……」

 サイコはにぱっと笑った。「なあに? キュウコ」

 キュウコは拳を握りしめていた。耳と尻尾がしゅんと項垂れていた。

「……才子に、訊きたいことがあるキュ……」

「なになに? 何でも訊いて! 私もキュウコに訊きたいこといっぱいあるよ!」

「……ほんとに?」

「ん?」

 キュウコは潤んだ目で、才子を見上げた。堪えていたのに、キュウコの声は震えた。

「ほんとに、何でも答えてくれるのかキュ……?」

 きょとんとして、才子は戸惑いつつ頷いた。

「え、う、うん。……何でも答えるよ。どうしたの、キュウコ。泣いてるの?」

「……じゃあ、教えてキュ」

 腿の上まで歩き、キュウコは才子の胸に手を触れた。才子の鼓動を感じた。その鼓動はきっと、キュウコが出会ってきた戦士たちと変わらないはずだった。体の中にあるものは同じなのに、どうして、心はこんなにも違うのだろう。

 疑問符を浮かべる才子の顔を見つめ、キュウコは嘆くように、言った。

「本当のあなたは……どこにいるんだキュ?」

 才子は笑顔を浮かべたまま、沈黙した。ややあってから、「え?」と呟いた。

 しがみつくように才子の胸を掴み、キュウコは喋った。一度決壊すると、言葉は次々と溢れてきた。

「あなたの、あなたの本音はどこにあるんだキュ?」

「どうしたの、キュウコ。訊いてることの意味が……」

「その顔も、声も、本当の才子なんだキュ!? あなたは本心で喋っているのかキュ!?」

「キュウコ落ち着いてどうしたの、言ってることがわかんないよ」

「お姉さんがお父さんに殺された時……才子は何も感じなかったのかキュ!?」

「————————」

 涙をこぼしながら、キュウコは才子の胸を叩いた。才子は表情を変えず、キュウコを見下ろしていた。

「才子のことを、知ったキュ……お姉さんの体を傷つけたことも、お父さんと一緒に埋めたことも、目の前でお母さんが死んじゃったことも……ずっと、全部才子がそれを見てきたこと、知っちゃったキュ……無視することなんて、できないキュ!」

 日ノ出才子は怪物だ。

 この言葉も、キュウコの涙も、きっと彼女には届かない。

 才子が人の気持ちを知ることが無いように、キュウコもきっと才子のことを理解することはないだろう。

 それでも――だとしても。

「キュウコは、才子を見捨てたくないキュ! どれだけあなたが怖くても、わけがわかんなくても! わかり合えなくても! 気持ち悪くても! あなたがどんなヒトだったとしても! ……あなたと、ハートフル戦士として出会った以上、キュウコは……あなたのことを諦めることなんて、絶対にしたくないキュ!」

 巨悪を倒せるのが、もっと強大な悪なのだとしたら、おそらくそれは日ノ出才子に他ならないのだろう。

 もし日ノ出才子を正義に導ける者がいるとしたら、それはきっとキュウコに他ならないのだろう。

 初めて出会った日からずっと迷ってきた。迷い続けていた。覚悟を決めるのに、こんなにも時間がかかった。でも、もう迷わない――キュウコは胸を張ってそう言えた。

 私は妖精で、あなたはハートフル戦士だから。

 先代の戦士は救えなかった。彼女たちは心を病み、壊れてしまった。もう二度とあんな過ちは犯したくない。

 今度こそ、救ってみせる。望まれなかったとしても。

「キュウコが……キュウコが、才子を本物のヒロインにするキュ!」

 生きるも、死ぬも、あなたとともに行こう。

 一人で地獄に堕とさせはしない。もしキュウコが天国へ行くとしたら、あなたも一緒に連れて行く。地獄へ堕ちるならばともに逝こう。

 ここに誓う。

「才子と一緒に戦う、才子をキュウコが導くキュ! だから――」

 ぼろぼろとこぼれる涙を、キュウコは拭いもしなかった。泣き叫ぶように告げた後、キュウコはサイドテーブルに置いてあるハートフルフォンを指さした。

「だから、才子も誓って欲しいキュ! 世界を救うって!!」

「………………」

 才子は真顔になっていた。彼女の無表情を、キュウコは初めて目にした気がした。

 感情が一つも灯っていないかのような瞳で、才子はキュウコを見つめた。鼓動はすぐそこに感じるのに、才子の心は果てしなく遠かった。瞳の奥を覗いても、そこに才子がいるのかはわからなかった。

 才子は黙ったまま、キュウコの涙を指先で拭った。頭を撫でると、ベッドの外に足を向けた。キュウコは床に飛び降りた。

 裸足のまま立つと、才子はハートフルフォンを手に取った。振り返り、才子はキュウコと向かい合った。

「……わかった」

 才子はハートフルフォンを胸にあてた。顔にはまだ表情がなかった。

「楽しみにしてるね、キュウコ。どんな風に、私を主人公にしてくれるのか……。私今ね、とてもワクワクしてるよ」

 その時、キュウコは初めて才子の本当の言葉を聞いた気がした。

「こんな気持ち初めて……いや、初めて変身した時以来、かな……」

「……才子……」

 才子のハートフルフォンが、赤色に光り出した。才子のハートフルエナジーが触れただけで、ハートフルフォンが反応を起こしていた。戦士の再臨を、ハートフルフォンが歓喜しているかのようだった。

「私も約束する、キュウコ」

 

 生まれて初めて、彼女は笑った。

 

「私が、世界を救ってあげる」

 

 

 病室が光で満ち、一本の直線が外へ走り出した。流星のような輝きは空を駆け、どこかを目指すかのように――遠く、遠くへと、飛んでいった。

 

 

 渋谷109ビルの屋上から、ダークガンとハートフル戦士の攻防を見守っていたダークアイは、身震いを覚えた。肉体のないこの身に、あるはずのない寒気とも言うべき感覚が走ったことに彼は驚いた。

『……ナンダ……?』

 ダークアイは、乱立する摩天楼の彼方を振り向いた。

『向コウデ、何カガ……』

 その時、真っ赤な閃光が上空を駆け抜け、戦場へ墜落した。

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