二日前のことだった。
昼下がり。千早たちが地下で訓練をしているあいだに、キュウコはプードルンに呼び出され、リビングに行った。リビングでは、プードルンが神妙な顔つきで待っていた。
プードルンはあるファイルを、キュウコに渡した。
「これは? プードルン」
「……キュウコのバディの、日ノ出才子のことを調べたワン」
「!? 才子のことを……キュ!?」
「そうだワン」
ハートフルマジックを利用して警察署に忍び込み、才子の父親が起こした事件の記録を盗み出したのだという。
「本当はいけないことだけど……バディのことは、ちゃんと知っておいた方がいいと思ったワン」
「プードルン……」
「キュウコは特に、あの子との関係を思い詰めているようだったから……もしかしたら余計なお世話かもしれないワン」
キュウコは渡されたファイルにじっと目を落とした。才子の正体に近づける情報は、今のキュウコが何よりも欲している物のはずだった。なのに、このファイルを開くことが怖くて仕方なかった。
途端に、そのファイルがとても重く感じた。キュウコはごくっと唾を呑んだ。
「要点をまとめておいたワン。無理に見る必要はないワン。それはコピーだから、要らなかったら捨てていいワン」
「…………」
「それじゃあ、キュウコ……あまり、一人で抱え込まないでワン。私たちは仲間だワン」
「……わかったキュ。ありがとう、プードルン」
その日の夜、皆が寝静まった頃、キュウコは三階にあてがわれた自室で一人、ファイルを読むことにした。これを読むことを、もしかしたらキュウコは後悔するかもしれない。でも才子を知るためには、どうしても必要なことだと思った。
薄いファイルのページは、どんな本をめくるよりも重かった。心を決めてから、キュウコはファイルを開いた。
・日ノ出仁一 (48) 罪状 殺人・死体遺棄
五年前、警察署に自首し殺人と死体遺棄について自供。
本人の証言をもとに死体を埋めた場所を捜索。被害者の体の一部が発見される。供述によれば死体は解体し、複数カ所に遺棄したとのこと。供述が曖昧であり、全ての遺棄現場の特定には至っておらず、被害者の死体は片腕と片足しか見つかっていない。
死亡の確認が取れていないため、被害者はいまだ行方不明扱いである。それとは裏腹に、日ノ出仁一は死体遺棄容疑で拘留中。
容疑者は妻と二人の娘を持つ四人家族だった。
妻への事情聴取から、容疑者は妻や娘に日常的に暴力を振るっていたことが判明している。
・事件内容
妻が仕事に出かけている最中、容疑者は躾けと称し長女の日ノ出蘭子 (12)に暴力を加えていた。長女が反抗したことをきっかけに暴力がエスカレート、馬乗りになり体を押さえつけた末、両手で首を絞め殺害した。
次女の日ノ出才子 (9)は一部始終を目撃したという。
容疑者は長女を殺害したことに狼狽、三十分むせび泣く。その間、次女は長女の死体をずっと眺めていたという。
殺害から一時間後、容疑者は風呂場で長女の死体を解体。次女に手伝わせる。
ビニール袋に小分けにした長女の死体を車に詰め、山や森などを回り複数カ所に分けて遺棄した。次女を同伴させ、死体を地中に埋める作業を手伝わせたと供述。
仕事から帰った妻には、長女は勝手に家を出て行ったと説明。二日後に妻が捜索願を出す。
一ヶ月後、容疑者が自首。供述に意味不明な点があり、心神耗弱状態。
たびたび次女の名前を口にし、「ごめんなさいごめんなさい」と謝り続ける。
・付記
事件から二年後、日ノ出仁一が拘置所内で自殺。シーツを鉄柵に括りつけ首を吊っているところを発見された。
容疑者の自殺を伝えられてから三日後、妻の日ノ出洋子 (47)が自殺。
当時二人で暮らしていた次女の日ノ出才子 (11)はその様子を目撃していたという。
のちに、日ノ出洋子に鬱病の傾向があったことが明らかとなり、警察の対応が問題視された。
・付記2
少年課から報告が上がっていた連続暴力事件の犯人が、五年前の娘殺しの犯人の娘であることが判明。
精神鑑定は異状なし。
少年院に入るも間もなく脱走、半年後の暴力事件で再び確保される。
娘は逮捕と脱走を繰り返している。幾度も精神鑑定は行われたが、一切の異常は見受けられない。本人は至って健康。
父親が起こした事件については「昔のこと」と発言。
精神鑑定を担当した医師のコメントを載せておく。
「彼女は一度も本当のことを話したことが無い。本心で何を考えているのかがまったくわからない」
医師はその後、日ノ出才子の担当を拒否した。
日ノ出才子は現在十四歳。
最後に少年院を脱走してから半年。
彼女による犯行と思われる暴力事件がたびたび報告されているが、いまだ発見には至っていない。
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