ちくねこだん。二〇四五

一九八四年の僕から、戦時下の君へ
伊集院アケミ
伊集院アケミ

第二部「一九八四年の僕から、戦時下の君へ」編

プロローグ

公開日時: 2020年11月2日(月) 10:13
更新日時: 2022年5月28日(土) 09:55
文字数:1,272

伊集院アケミ

真理省・記録課の下級官吏。創作への夢を諦めきれないでいる。


ユキ

未来から来た時空管理局員。大祖国戦争の逆転勝利の要因となった救国の英雄。全力共和国・日本を盟主としたヱスタシア連邦を成立させた後、未来へ帰る。


全力さん

未来から来た三毛猫。ユキの命で共和国の指導者となる。国民の畏敬の対象であり、全力さんを否定することは許されない。


赤瀬川

内務省のトップ官僚。全力さんの右腕。時空管理局の前身である全力党の幹部。


悦子

赤瀬川の養女。思想調査員。


 今夜は記録課と創作課合同の、レクリエーションがある日だ。参加は義務ではないが、合同会であるだけに出席しないとかなり浮く。もしかしたら悦子と自然に話せるチャンスかもしれないと思った僕は終業後、食堂で味気ない食事をかきこんでから、コミュニティセンターへと急いだ。


 悦子の姿は見当たらなかった。僕は「全力さん体操・第二」という真面目くさった馬鹿げた儀式に参加した後、卓球を一ゲームだけおこない、同僚と形だけの乾杯を交わした後、そそくさと家に戻った。


「貴方と個人的に会いたいです。今夜、部屋に行きます」


 あの手紙を見たことによって、急激に生きようという欲求が湧き上っていた。らしくもなくミーティングに出ようと思ったのは、それが理由の一つだった。家に着き、【猫目】を避けるためにベッドに潜りこんだ時には、まだ二十時にもなっていなかった。


 悦子は何を目的に僕に会いに来るのだろう? 彼女が何か罠を仕掛けている可能性については、一切考えなかった。彼女が僕にメモを手渡した時、明らかに彼女は怯えていたからだ。


 一番あり得る可能性は、義父である赤瀬川さんから、何らかのメッセージを託されたという事だった。反管理局組織半力さんと接触してしまった僕に対する警告か、もしくは僕を使って、反管理局組織と共に何かアクションを起こそうとしているのだろう。徒呂月の死によって、彼の身辺に何か不都合が起きたのだとすれば、そういう事は十分考えられた。


 だがもう一つ、僕は「個人的」という言葉を根拠にして、馬鹿げた妄想に耽っていた。それは文字通り、「彼女が僕の事を好いている」という妄想だ。二十時間ほど前、僕は悦子の頭をガラスで殴りつけようと考えていたのだが、それはもう問題ではなかった。


 もし本当にそうだとしたら……。僕がなによりも恐れたのは、彼女が考えを変えてしまうのではないかということだった。彼女はミーティングには姿を現さなかった。最初から欠席だったのかもしれないが、手紙を渡した後に、やらかしたことの愚かさに気づいて、来るのを止めるという可能性だって十分にあった。


 もし今日会えなかったとしたら、僕は一体どうすればいいのだろう? 


 今朝起きた出来事を繰り返すのは、明らかに無理だった。僕は彼女の【鳥かご】が真理省のどのあたりにあるかも知らないし、そこに行くための口実もなかった。住所がわかっていたとしても、彼女を家まで追いかけるというのは危険だ。庁舎の前をうろつかなければならないし、どうしたって人目につく。


 手紙を送るという方法は、即座に却下された。僕は彼女のメールアドレスを知らないし、もし知っていたところで送信内容には必ず検閲が入る。そもそも、女性に私的な手紙を出したことがバレれば、僕はその場で『幻影少女団』に付き出されかねない。


 最終的に、僕はもっとも安全な場所は食堂であると結論づけた。もし彼女が食事をとっているテーブルに席を取ることが出来れば、多少は会話を交わすことができるだろう。もっともそれは、そのテーブルが【猫目】から十分に離れていて、周りの会話が十分に騒がしくなければ不可能だった。

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