女子校の百合小説屋さん【第1章完結まで毎日更新】

〜貴女が主人公の夢小説、お書きします〜
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夢よどうか醒めないで

公開日時: 2020年9月9日(水) 00:00
文字数:1,556

 そして来たる二週間後の約束の日、私と依頼者は暗幕を挟んで向かい合っていた。後ろで眞矢は机の上に寝転がりながら皐月さんに勧められた本を読んでいる。私は太宰治と三島由紀夫は一通り読破済みだったので、眞矢が読み終わったら感想の交換会でもしよう。

 一旦眞矢から意識を逸らし、私は依頼者の方へ向き直る。


「お待たせいたしました。小説の方、無事に完成しましたよ」

「あ、ありがとうございます……!」

「こちらになります。よろしければご確認ください。なにか間違っている部分があれば手直しして再度印刷します」


 暗幕のちょうど手元にあたる位置に切れ込みを入れておいたので、そこから夢小説を印刷した紙を通して向こう側に渡した。依頼者が紙束を受け取り、読み始める様子が想像できる。

 小説の内容は、夏休みに学校に来て一緒にフルートを練習していた皐月先輩が、ふと依頼者に告白するというもの。まるで昨日の続きのようなありふれたある一日、突然告白されて二人は付き合うことになる。それまでと同じはずの日常も、皐月先輩と付き合い始めたことできらきらと輝き出す……。放課後練の後、最後に学校を出た二人。皐月先輩は突然依頼者の手をとり、そっと握る。「二人だけの秘密だね」と言って笑う皐月先輩は、少し照れているようだった――大まかにはそんな話だ。

 彼女が小説を読んでいる間、私は黙って待っていた。どのような感想を言われるだろうか。最悪の想定はしておいた方がいい、一番悪いパターンは「こんなの皐月先輩じゃありません」、そんな感じか。或いは不満があっても何も言い出せずに「ありがとうございます、失礼します」かもしれない。……と心を鎮めつつ、本心では喜んでほしいと思っている。当然だ、私はたった一人の依頼者のためにこの小説を書いたし、その人に喜んでもらえたら達成感で満たされることだろう。


「……読み終わりました。ありがとうございます」


 依頼者の張り詰めた声色は、緊張ととるべきか、不満を押し殺していると捉えるべきか、顔の表情が見えないので計りかねる。


「なにか、修正点などはございますか?」


 念の為確認する。しかし依頼者は声を弾ませて答えた。


「いえ、ありません! 最高でした!」


 最高――その言葉にほっと胸を撫で下ろす。よかった。依頼者は私の小説を喜んでくれたのだ。


「昨日までと同じような何気ないある日に告白されるっていうのが、実際起こったら嬉しいのにって思わせてくれてときめきました。それからいつも余裕そうな皐月先輩が『二人だけの秘密だね』って言って照れているところとか……! すごくレアなんです、見たことないかもしれません。私の見たかった皐月先輩がぎゅぎゅっと詰まってて、最高の小説です! 本当にありがとうございます!」

「……ありがとうございます。そんなに喜んでいただけると照れますね」


 依頼者のベタ褒めを聞いているとさすがに顔が熱くなる。暗幕で隠れていてよかった。


「これは何かお礼をしないとですね……」

「そんな、趣味でやっているだけなのでお構いなく。貴方がそれだけ喜んでくれたという事実が私にとって一番の報酬ですよ」


 実際私の心は喜びでいっぱいだった。暇だから手慰みに夢小説屋さんを始めたというのは嘘ではない。けれど、心の奥底に隠していた――誰かに喜ばれたい、誰かを満たしてあげたい、誰かを救ってあげたい。そういう欲求が満たされてゆくのを感じていた。


「そういうわけにはいきません! そうだ、小説屋さんはどんなお菓子が好きですか?」

「ではお言葉に甘えて……そうですね、いちご味のお菓子ならなんでも好きですよ」

「分かりました。明日の放課後、持ってきますね! この度は本当に、本当にありがとうございました! この小説、大事にします!」


 依頼者は浮かれた声で何度もお礼を言いながら教室を去っていった。



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