「吹部の見学ですか?」
皐月先輩はそう言ってにこりと笑う。跳ねた毛先の隙間から覗いた耳にはピアスホールが開いていた。
「いえ、気分転換にいつもと違う場所で勉強でもしようかと思って。ここ、吹部の練習場所だったのね。どいた方がいいかしら?」
「大丈夫ですよ。でもうるさくないですか?」
「そうでもないわね。ところで貴方高二? 随分上手みたいだけれど」
「あは~、ありがとうございます! 練習だけは頑張ってるんで!」
「それだけ上手いんだからもっと自信持っても良いでしょう、謙遜ね。貴方に憧れて入部した子も多いんじゃない?」
「そうですかねー?」
驕らないしそつがない。本心を探るのは難しそうな相手だ。ただ目線だけは正直で、「貴方に憧れて」の部分でフルートパートの練習場所に視線を送っていた。明らかに自分を追いかけて入部してきた後輩が居る……という自覚があるのだろう。
「先輩……は」
「私は茅切蛍よ。こっちは浅倉眞矢」
「あ、私は皐月晃です。それで茅切先輩は何部だったんですか? 吹部じゃないのは分かるんですけど」
「私? 私は文芸部よ」
「へえ、文芸部!」
皐月晃は何故か私が文芸部であったということに食いつく。その瞬間の彼女の瞳は金色に輝いていた。
「……誰か知り合いでも?」
「ええ、まあ。じゃあ茅切先輩は小説とか書かれるんですね!」
「多少はね」
おや、こちら側に切り込まれてしまった。相手を質問責めにするのは自分のことを話したくない人間の特徴だ。どうも一筋縄ではいかなそうな雰囲気が漂っている。こういう飄々として何を考えているのか分からない人間というのはよく周囲の人間を踊らすものだ。警戒した方がいいかもしれない。
「……でも私はどちらかと言うと読む方が好きね。文芸部は自由に本を読んで感想文を書くという活動もあるし」
「そうなんですね! じゃあ私のおすすめの本があるんでよかったらチェックしてくれませんか? あらすじだけでも!」
そう言って皐月さんはおすすめの本をリストアップしたメモを私に手渡す。太宰治、三島由紀夫……なるほどこういう本が好きなのか。少し意外だ。
「ありがとう。読んでみるわ」
これ以上めぼしい情報は得られないだろうと確信し、私は皐月さんとの会話を切り上げた。皐月さんの方もちょうど練習に戻るタイミングだったようで、自然な流れで私たちは解散する。
隣で大人しく話を聞いていた眞矢は、皐月さんが廊下に戻ったのを確認してから口を開いた。
「いかにもモテそうな感じの人だったね、イメージ通り」
「そうね。ただ直接本人から情報を引き出すのは無理でしょう。私たちも面識が出来てしまったし、大っぴらな行動は夢小説屋さんの活動に支障が出るかもしれないわ」
「じゃあ水面下で動く?」
「無理のない範囲でね」
一行も読んでいない参考書を閉じ、私と眞矢はベンチから立ち上がる。廊下へ入り、フルートパートの練習場所を避けて近い方の階段を下っていると、不意に誰かの会話が聞こえてきた。
「ええ!? それマジ?」
「マジマジ。やばくない? 皐月先輩やっぱやべー人じゃん」
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