「……よかった」
大きく安堵の溜息をつくと、眞矢が机から飛び降りて私のすぐ隣までやってくる。
「おめでとー! 喜んでくれてよかったね!」
「本当にね。眞矢も読む?」
「読む読む! 印刷しておいてくれたんだ?」
「眞矢なら読みたいって言ってくれるかと思って」
「勿論! えへへ~読ませていただきます!」
眞矢に今回の小説を読ませている間、私は先程依頼者から言われたお褒めの言葉をメモに書き出していた。忘れないうちに記録しておこう。次回からはボイスレコーダーを用意しようか……。
「うんうん、これは喜んでくれる出来栄えだよ! 依頼者のことも皐月さんのことも大して知らない私が読んでも『良いな』って思うし!」
「そう? 眞矢がそう言ってくれるなら自信持ってもいいのかもね」
「そうだよそうだよ~! 次の依頼が来るのも楽しみだね!」
「眞矢ったら気が早いんだから」
「ねえねえ、最終的には在学中に書いた夢小説、一冊の本にしてくれない? 印刷費なら出すからさ~!」
「ええ? 眞矢からしたら赤の他人のことを書いた小説よ? 面白いかしら?」
「今回面白かったんだし大丈夫だよ~! そもそも小説って基本的には赤の他人の話でしょ?」
「赤の他人も何も殆ど架空の人物の話だしね。確かに自分のことじゃなくても面白いわ……」
「というわけで! 蛍先生の次回作、楽しみにしてます!」
無邪気にそう言う眞矢の笑顔を見ていると、新たな依頼が待ち遠しく感じられてしまうのだった。
翌日律儀に菓子折を持参してくれた依頼者からそれを受け取り、箱の中身を開いた。希望通りのいちごジャムのクッキーをひとつつまみ、眞矢の口元に運ぶ。
「美味しい?」
「美味しいよ! 蛍が貰ったものなんだから食べなよ~!」
「そうね、じゃあ食べてみるわ」
「あっ待って待って」
私がいちごジャムクッキーの箱に伸ばした手を眞矢は制止し、ひとつつまんで私の目の前へ差し出す。
「あーん」
啄むようにして唇を動かして頂くと、口の中には甘酸っぱいいちごジャムの味が広がり、クッキー部分はほろりと崩れてバニラが香る。
「美味しいわね、これ」
「でも蛍のことだから抹茶味とか希望するかと思ったよ~! よくいちご味のお菓子がいいって言ったね?」
「眞矢と一緒に食べるつもりだったもの」
「わっ私!? も~、私はなんにもしてないのに~! ヒアリングしたのも小説書いたのも全部蛍の頑張りでしょ!」
眞矢は両手を振って謙遜するけれど、そんなことはない。
「例え依頼者が喜んでくれなかったとしても、眞矢なら面白いって言ってくれるって信じてたから。一人だけでも確実に喜んでくれる人が居るという心の支えってありがたいのよ。……まあ、信じてたというより……期待していただけなのだけれど……」
語尾の音量が小さくなって尻切れになった私の言葉を聞いて、眞矢は顔を赤くする。
「えへへ~……光栄ですな……」
「ちょっと、何よその反応」
「いやぁ! 蛍に期待されるのは嬉しいなって! ……でも、期待してるのは私も同じだから。蛍、いっぱい小説書いてね!」
「眞矢が読んでくれるならいくらでも書くわよ」
そうして笑い合っていると、不意に教室のドアをノックする音が響いた。私はクッキーに潤いを奪われた喉を咳払いで整え、声を高くして答える。
「どうぞお入りください」
ガラリと引き戸が開かれて閉じ、誰かが中に入ってくる。それに伴って私も定位置に座り直し、暗幕を挟んでその人物と向かい合う。
「ここに来れば夢小説を書いてくれるって聞いたんですけど……」
第1章「初めての夢小説と憧れの先輩」 END
to be continued……
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