翌日の放課後、私と眞矢は五階横屋上へ足を運んだ。他の学年の生徒が私たちが受験を終えていることなんて知るはずもないので、参考書を片手にお勉強中を装う作戦だ。程なくして吹奏楽部の練習時間が始まり、パートごとに指定の練習場所へ散っていく。フルートは特別教室棟五階の廊下が練習場所だ。事前にリサーチしていたお陰で、私たちは覗き見に丁度いいポジションから彼女たちの様子を観察できる。
「金髪分かりやすい……」
眞矢はそう言っていちごオレのストローを吸う。
「一目瞭然ね」
フルートの金髪の生徒――あれが皐月先輩だろう。学年を示す胸元のリボンは高等部二年の青だ。ウルフカットの金髪の毛先を遊ばせた彼女はなるほど非常にモテそうな雰囲気を纏っている。長い睫毛に縁取られた涼しげな目は譜面を見つめ、その真剣さが遠巻きにも見て取れた。生憎窓越しに聞こえるフルートの音は、どれが皐月先輩が奏でているものなのか分からないが、練習の様子から相当上手なのだろうと推察はできた。
さてお次は――と残りのフルートメンバーを精査する。学年別リボンは中等部一年から順に撫子色、白藍、若葉色、茜色、瑠璃紺、萌葱色……と決まっている。つまり依頼者は中等部三年の若葉色――黄緑色のリボンを着けているはずだ。そして黄緑色のリボンを着けている生徒は一人だけだった。
「あれが依頼者だよね?」
「でしょうね」
学年からして依頼者で間違いないその生徒は、ふくよかな体つきにひっつめ髪、そして飾り気のない銀縁のメガネといった外見だった。オブラートに包んで一言で表すなら地味。中学生くらいなら一定の人口が存在する、容姿に頓着しない感じの子だ。
「なんていうか……」
「眞矢、言いたいことは分かるわよ。私もそう思っているから」
「いやぁ! まやちーは美人お姉様の蛍を見慣れてるからさぁ! 目が肥えてるっていうかね!」
オーバーキルだ、依頼者本人に聞こえていなくてよかった。
「そう言う眞矢だって可愛いのに」
「え! そ、そうかな~!? 今日の蛍さんは一味違いますなぁ~!」
私に可愛いと言われて眞矢はあからさまに動揺し始める。手に持ったいちごオレのパックが握った勢いで少し潰れて中身が溢れる。
「はわ~! 溢れた!」
「はいティッシュ。そんなに驚かなくても……」
ポケットティッシュを差し出すと、眞矢はそれを受け取って濡れたベンチを拭く。
「だってさぁ! 蛍そんなこと滅多に言わないじゃん! ていうか私は初めて言われたよ! もう出会って六年目なのに!」
「そうだった? いつも思ってたのだけれど……まあいいわ、それより依頼者だったわね」
「あっうん……まあ告白する勇気が出ないっていうのは分かるよね、あの感じだと」
「そうでなくても性別の壁があるしね。自分に自信があったとしても切り出せないわよ」
「私は女同士とかそういうの関係ないって思うけどな~」
「みんなが眞矢みたいな考え方って訳じゃないもの。だからこそ私は夢小説屋さんを始められたのだし」
「だね。それで蛍先生はどうするの? もう小説書いちゃう?」
「もう少し探りを入れてみようかしらね……」
そのような話をしていると、ドアを開けて屋上に出てくる人が居た。太陽の光に金髪がきらきらと輝く……皐月先輩だ。彼女はまっすぐに私たちの方へ向かってきて、目の前まで迫るとぴたりと足を止めた。
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