女子校の百合小説屋さん【第1章完結まで毎日更新】

〜貴女が主人公の夢小説、お書きします〜
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訪れた依頼者

公開日時: 2020年9月3日(木) 00:00
文字数:1,170

 初めてのお客様が来たのは一週間後のことだった。それまでの間、私と眞矢は空き教室の片付けや諸々の設置を行っていたので、それほど暇を持て余していたわけではなかった。寧ろ万全の状態でその日を迎えられたと言ってもいい。

 天文部が余らせていた暗幕を譲り受け、教室を窓側と廊下側に仕切って目隠しにした。お客様は自分が何者か分からない方が依頼しやすいと思ったからだ。ひとクラス分はあるだろう机と椅子を窓側に避け、その中から一セットを廊下側の依頼者席、もう一セット分を窓側の私の席と定めた。眞矢は窓際の机たちの上に腰掛けているので、声を発さなければこちら側に二人の人間が居ると依頼者は気づかないだろう。


「鍵は閉めましたね? どうぞお掛けください」


 私は電話口での応答のように声を高くしてそう呼びかけた。依頼者はおずおずといった動きで依頼者席へ腰掛ける――暗幕の下は20センチほど隙間があるので、上履きを履いた足元だけが微かに確認できた。それを見て私も自分の席につく。暗幕の向こう側に誰かが居る。知らない人かもしれないし、知っている人かもしれない。初めての依頼者だ。まずは丁寧に対応しよう。


「初めまして、私が小説屋さんです。今日、ここへ来てくれたきっかけや理由があれば教えてください」

「あ、えっと……願いの泉で手紙を見たんです。それで……」


 振り向くと眞矢と目が合う。眞矢は声を出せない代わりに親指を立てて「やったね!」と表現した。


「理由は、私の恋が叶わないと思うから。夢を見させてほしいんです。お願いします、私と先輩の夢小説を書いてください!」


 勢いよく頭を下げるような制服の衣擦れの音が聞こえる。なんて百点満点の依頼文章だろう。私が欲していた言葉をそのまま言ってくれたように感じた。


「分かりました。ではまず最初に事務的なお話をさせてくださいね。一つ目に、このことは誰にも話さないこと。実在の人物を登場させた架空のお話は、聞いていて気分が良くない人も居るかもしれないからです。貴方のお友達にも、当然その『先輩』にも内緒にしてください。二つ目に、書き上がりを急かさないで欲しいということです。たぶん一ヶ月以内にはお渡しできると思いますけど。ここまで宜しいですか?」

「はい、大丈夫です」

「ありがとうございます。それではヒアリングの方に移らせていただきますね。貴方はどんな人か、『先輩』はどんな人か。普段どんな風に話すのか、貴方と『先輩』の関係性。そしてどんなお話を書いてほしいのか。自分の身分を明かすのは恥ずかしいかもしれないので、無理のない範囲で構いませんよ。ただ、より具体的であるほどにリアルに書けると思うので、ほどほどに色々教えてくださるといいですね」

「分かりました……えっと、今緊張していて。上手に話せなかったらごめんなさい」


 そう前置きして、依頼者は話し始めた。



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