「夢小説屋さんを開く!?」
唯一無二の親友である眞矢は驚きの声を上げた。
「眞矢、ここ廊下だから声のボリューム下げて頂戴」
「ごめんごめん、蛍が突拍子もないこと言い出すからさ」
正確には廊下との境目のない談話スペースにて、私こと茅切蛍と友人の浅倉眞矢は雑談に興じていた。普段から明るくて声の大きい眞矢がオーバーなリアクションをとるのも無理はなかったのだが、今回ばかりは内密にしてくれると嬉しい。
「そう。貴女が主人公の夢小説お書きします。恋のお相手は校内の生徒誰でも構いません。暇人によるサービスなのでお代は結構ですが書き上がりを急かさないでください。それから、このサービスについてはどうかご内密に。詳しくは放課後の特別教室棟三階の空き教室まで」
昨日のうちに印刷しておいたビラの文面を読み上げて眞矢に突き出す。眞矢はそれを受け取ってしげしげと眺め、飲みかけだったいちごオレをちゅーと吸った。
「面白そうだけどなんでまた急に?」
「受験終わって暇だからよ」
「あのねぇ……それ他の人に言ったら怒られるよ? 気をつけなね」
そう言う眞矢は推薦合格で私はAO合格なので二人の状況は似たりよったりだ。夏休み明けの高三生の教室は受験勉強本番で空気がヒリつき、とてもではないが居心地がいいとは言えない。だから談話スペースにたった二人で陣取っているというわけだ。
「で、具体的に何をするわけ? 夢小説ってアレでしょ、自分とアニメとかのキャラクターが恋愛する小説。蛍ってそういうの詳しかったっけ?」
「いいえ、聞きかじった程度だけれど」
面白そうなアニメをなんとなく見たり、話題になっている漫画を読んでみたりはするけれど、オタクですと自信を持って名乗れるほど熱意があるとは言い難い。夢小説という存在を知ったのもSNSで「古のオタクあるある」という一連の投稿を見たからだった。
「私が百合好きなのは知ってるでしょう」
「うん」
「だから書いてみようかと。どうせ書くなら誰かが確実に喜んでくれる話を書いてみたいなぁと。そういうことよ」
「なるほどね~。じゃあ試しに私と蛍で書いてみてよ!」
眞矢はあっけらかんとそう言い放つ。
「いいけれど……眞矢は私と百合でもいいのかしら?」
「おやおや百合好きの蛍さん、ご存知でない? 百合っていうのは広義では『女性同士が仲睦まじくしている様』、つまり友情でも立派な百合なんだよ!」
ミーハーであらゆる情報にアンテナの高い眞矢の方が色々なことに詳しかった。
「じゃあ今日家で書いてくるから」
「わーい! 明日の朝、楽しみにしてるね!」
満面の笑みを浮かべる眞矢に約束し、昼休みは終わった。
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