〈奏太side〉
落とされた照明の中、俺たちは演奏をしていた。
来蘭の歌声に抱かれるようだった。
ずっと孤独の中を歩いてきた来蘭の『暗』の感情が流れ込んでくる...
真っ暗闇の地下でうずくまる来蘭の姿が浮かぶ、この1コーラス目は、何度演奏しても心がえぐられる...
光が差し込む2コーラス目に入る合図を出すのは俺だ!!
来蘭を光のもとへ、俺が連れて行くんだ!!
大サビに向かって高揚していくのが、来蘭の声から伝わる...最高にエロティックで、脳天が痺れる...
その時だった!
最前列のポール柵をくぐり、モニターアンプを蹴り飛ばし、来蘭に向かって刃物を向けて襲いかかる女の姿が目に入った!
ドラムスティックを投げ捨て、ドラムセットから飛び降りて、来蘭の元に駆け寄る...
倒れ込んだ来蘭の身体を抱き上げる...
俺の手に、ねっとりと血の感触が伝わり、無我夢中でベースを外す
「来蘭!!」
暗闇で、どこを刺されたのかわからない!
「傷はどこだ!来蘭!」
震える声で来蘭が
「右...腕...右腕が熱い...」
右腕に触れると、拍動に合わせて血が溢れている...
俺は着ていたTシャツを破って腕をキツく縛り上げた...
駆け寄ってくる井澤が
「救急車!誰か救急車を呼んで!!」と叫ぶ
照明がついて、明るくなった時に目に飛び込んできたあの惨劇のような光景を俺は忘れることはないだろう...
俺の腕の中で、みるみるうちに青白くなって行く来蘭の顔が見れなかった...
このまま来蘭が...そう思うと怖くて見れなかった...
それから救急車が到着するまでの時間は、果てしなく長く感じた...
駆けつけた救急隊員が、来蘭の傷口に巻かれたオレのTシャツを見て
「素晴らしい応急処置だ!えらかったな!」
そう言って頭を撫でてくれた瞬間に、涙が溢れた。
ストレッチャーに乗せられて運ばれる来蘭
「彼氏だろ?君だけ一緒においで」
救急車の中で、その救急隊員に状況を聞かれた。
気を失って横たわる来蘭の横で俺は、泣きじゃくりながら懸命に状況を話した。
その救急隊員は
「怖かったな...
応急処置よくやったな...
大丈夫だよ、彼女は出血性ショックで少し気を失ってるだけだから。
いいか?泣くのはここでだけにしろ?彼女が目を覚ました時に、お前が泣いていたらかっこ悪いだろ?」
そう言って、デカい手で俺の頭をまた撫でた。
処置が終わった来蘭は、病室へと移された。
散々先輩たちに着替えに一度帰れと促されたが、俺は来蘭の側を離れるつもりはなかった...
来蘭の着替えも必要だからと、井澤が取りに行ってくれたようだった...
眠る来蘭を見ていた。
思えば何度もこうして保健室や病室のベッドに眠る来蘭の寝顔を愛おしく見つめて来たな...
元々白い肌がより白く雪のように透き通り、その頬に触れようとしたが、触れたら俺の体温で溶けてなくなってしまいそうで、伸ばしかけたその手を止めた...
やはり傷は相当深く、神経が傷つけられたのは否めないとのことだった...
傷が回復したら、リハビリが必要になるらしい...
あんなに弾きたがっていたベースは、多分もう弾けない...
一緒に御茶ノ水までベース買いに行ったの楽しかったな...
あの日、行きの電車で2人で寝ちゃって、起きたら赤羽だったっけなぁ...
思い出して少し笑った。
あの時、寝ている来蘭にkissしたっけ...
廣瀬先輩に選んでもらったあの赤いベース、初めて持った時の来蘭の顔、よく覚えてるよ...
ごめんな...
守ってやれなくってごめんな来蘭...
泣くな俺!
そろそろ来蘭が目を覚ますだろ!
泣くな!!
どれぐらいの時が経ったのだろうか...やっと時計に目をやる...PM6:20と表示するベッドサイドのデジタル時計をぼんやりと見た..
「そうちゃん...」
弱々しい声で俺の名を呼ぶ声に、ハッとする。
来蘭が目を覚ました。
「来蘭!」
目を覚ましたのは、痛みからだった...
痛い、痛いと泣く来蘭
すぐナースコールを押して看護師を呼んだ。
鎮痛剤を点滴を入れているラインから入れてもらって落ち着き始めると、また来蘭は眠り始めた...
神様...来蘭の痛みを俺にくれないか...
頼むよ神様...
井澤が、陽介と優輝を連れて病室に戻ってきた。
井澤は来蘭の着替えを、陽介が俺の着替えを持って来てくれた。
「やっと今眠ったんだ...一度目を覚ましたんだけど、麻酔が切れたのか、痛くて目が覚めたみたいで、さっきまで痛いと泣きわめいてな...鎮痛剤入れてもらって、さっきやっと落ち着いたんだ...」
来蘭を起こさないように、病室の外に出た。
「着替えありがとうな、陽介」
「井澤から、来蘭ちゃんの傷の状況のことは少し聞いたよ...神経の損傷の具合はどうなんだ?」
「傷が回復してみないと、どの程度動くようになるかは分からないんだ...いずれにしても右手に障害を負うようにはなると思う...きっともうベースは弾けない...」
井澤はわっと泣き出し、陽介と優輝も静かに涙を流した...
「こんなことで来蘭ちゃんは負けない...負けるわけがない...来蘭ちゃんの歌声を届けなきゃ...僕らが届けなきゃ...」
怒りを携えながらも、下を向くまいと優輝が言葉を絞り出す...
優輝の言葉に、俺も井澤も陽介も噛み締めるように頷いた。
そして、下を向いて何かを考えているようだった井澤が顔を上げて言った
「あたしにベース弾かせてもらえないかな」
「井澤...本気で言ってんのか?だってお前、ヘアメイクの道に進みたいって...」
俺の言葉を遮るように井澤が
「ヘアメイクは、施したいのは来蘭にだけなんだよ...他の人にしたいとは思わないんだよ...うん...今気が付かされたわ」
「井澤ベース弾いたことあるのかよ?」
陽介が言う
「ない!」
「お前威張って言うなよ」
陽介が思わず吹き出す
「これから死ぬほど練習するから!あたしにベースを弾かせて!来蘭の右腕になりたいの!お願い!」
そう言って井澤は俺たちに頭を下げた。
俺と陽介と優輝、3人で顔を見合わせ、3人とも頷いた。
「一緒に演ろう、加奈」
『仲間だ』という思いを込めて、俺は「加奈」と呼んだ。
「猛練習して早く俺たちに追いつけよ?加奈」
と陽介
「僕らのリハ、朝までだったり結構過酷だからね?覚悟しといてね、加奈ちゃん!」
優輝も続いた。
来蘭が負った傷を無駄にはしない!
ピースは揃った!
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