〈奏太side〉
俺は今、表参道の有名ハイブランドジュエリー店の前で人生で最大に緊張している。
あぁ、お察しの通りだ。
来蘭へプロポーズをする為に、エンゲージリングを買いに来た。
来店予約もしてから来たし、あの重厚なエントランスのドアマンになめられぬように、瀬名さんに付き合ってもらって、高級イタリアブランドのスーツも作って着てきた。
え?
大事なこと忘れてないかって?
来蘭の指輪のサイズ知ってるのかって?
よくぞ聞いてくれた!
どうやって気が付かれずに指輪のサイズを測れるかググり、その中で一番失敗しなさそうだなと思って実行してみたのは、寝ている間に『パンとかの袋を閉じる針金入りのひも』を指に巻き付けてサイズを測ると言う方法。
果たして正しく測れたかどうか、いささか不安ではあるけども...
よし!行くぞ!
ドアマンに名を告げると
「お待ちしておりました、青木様」
と言って、重厚なドアを開けてくれた。
接客対応してくれたのは、30代前半くらいのとても感じの良い男性だった。
「今や飛ぶ鳥を落とす勢いの『Re Light』のドラマーの青木様でいらっしゃいますよね? そんな方に、選んで頂けて光栄です」
そんなことを言われて悦に入る俺の前に、何点かエンゲージリングが置かれた。
「青木様が、来蘭様にお贈りするのに相応しいと思われるリングをお選びしました。いかがでしょう」
「え? 来蘭に贈るってなんで知ってるんですか?」
驚く俺に彼は言った
「お恥ずかしながら、私Re Lightのデビュー前からのファンなのです。
青木様と来蘭様が育んでこられた愛の物語のことは、よく存じ上げております...
私、青木様が御来店とお聞きしまして、『いよいよなのか!』と胸を熱くしました...
来蘭様へのエンゲージリングをお選びするのならば是非私に!と、担当を買って出た次第でございます」
「そうだったんですか。
いや、こちらの方こそ胸熱ですよ。
俺と来蘭のことを、ファンとして見守ってくれていた方にエンゲージリング選びを手伝って頂けるなんて、こんなに嬉しいことはないです。
えぇと、それで、あなたの名前は...」
「あぁ、申し遅れました、私『倉田』と申します」
「倉田さん、それであの...とんでもないリングが出されてますけど...これ、一千万円超えのですよね...」
「よくお分かりで...いかにもこちらは一千万円代のお品でございます。」
「いやいやいやいや、そんなのは俺には買えませんよ!」
「いいえ!来蘭様にはこれでも見劣りするくらいですよ?それと、ご予算についてはご心配なく...瀬名の方からきちんと承ってますから」
「え?瀬名って言いました?今?」
「はい」
「瀬名さんと知り合いなんですか?」
「瀬名とはそれはもう」
「......もしや、紫音先生のことも...」
「もちろん知っておりますよ、咲のことも...」
人生ってのは、人と人との『縁』で紡いで行かれるものだなぁ...と、つくづく思う。
またしても『縁』のある方と繋がり、その方に来蘭に贈るエンゲージリング選びを手伝ってもらう事が出来た。
最終的に俺は、『ブロッサム』と言われる、最高級のエンゲージリングを来蘭に選んだ。
来蘭の指輪のサイズを伝えるのに差し出したアレには、さすがの倉田さんも吹き出してたけどな...
東京ドーム公演を目前に控え、リハーサルの方も佳境になっていた。
セットリストも決定し、バンドのグルーブも日に日に増して来ていた。
ただ、唯一気になるのは来蘭の体調だけだった。
相変わらずあんまり食べれないようで心配だったが、加奈と女性スタッフが、しっかりサポートしてくれているから大丈夫!と言うので、口出しはせず見守ることにした...けど...やっぱり心配で...
今日は、ゲネプロの為に福井県にある『福井サンドーム』に来ていた。
この会場は、東京ドームを5分の1サイズにしたような会場で、しばしば東京ドーム公演のゲネプロ会場として使われるのだ。
ゲネプロを前に、ステージセットを確認する。
メインステージ中央から真っ直ぐに伸びる花道の先に、センターステージがある。
ライブ中、このセンターステージに行けるのは、来蘭と陽介と加奈。
俺と優輝は、ここに来ることはない。にも関わらず、メインステージからセンターステージまでの花道をゆっくり歩いて確認する俺の様子を舞台監督の浅川さんが首を傾げて見ていた。
「丁度良かった、浅川さんに伝えておきたいことが...」
ゲネプロは、無事に終わった。
来蘭の調子も悪くなかった。ひとまず安心した。
福井と言えば越前ガニ!海の幸!
だけど...来蘭の食欲は...
めっちゃ食べてる!
「来蘭、食欲戻ったのか!良かった!
蟹そんなに好きだったんだ、来蘭」
「蟹...も好きだけど...蟹酢だけ飲みたい...」
「蟹酢?」
「ほら、もう、来蘭!そんなに一気に食べると障るから...はい、ほらグレープフルーツジュース」
世話を焼く加奈
障る?...
そういえば最近、グレープフルーツジュースばっかり飲んでるなぁ...前はいつも『いちごみるく』だったのに、ここの所とんと飲んでる姿を見ていない...好みが変わったのかな?
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いよいよ東京ドームライブが始まる。
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午前11時、メンバー5人揃って会場入りした。
それぞれに、それぞれのスタイルのライブ前のルーティンがある。
陽介はとにかく、まずはガッツリと筋トレ
加奈はMYヨガマットを敷いて、ゆっくりとヨガ
優輝は最高級ヘッドフォンをして、ひたすら音楽を聞いて自分の世界に入り込む
今日も、それぞれのルーティンを始めていた。
来蘭は、とにかくまずはステージを隅から隅までゆっくり歩きながら会場を見渡すのがルーティンだった。
今日だけはその来蘭のルーティンに付き合おうと決めていた。
ステージに上がる階段を、二人で一歩一歩登り、広いステージを踏みしめる。
そして、メインステージから真っ直ぐに続く花道を歩いてゆく来蘭の後ろを静かに付いて俺も歩いて行った。
センターステージに辿り着いた来蘭は、360度ゆっくりと見渡して俺に言った。
「この景色、夢で見たことがある...」
「うん。俺も夢で見たよ...
あの事故の後、来蘭が三日三晩高熱で苦しんだあの朝に、ここ、東京ドームに立つ俺たちの夢を見た」
「え?」
「あの日、あの時、俺と来蘭は、同じ夢を見たんだよ...
いつかあの夢を叶えた時に、来蘭に話そうと思っていたんだ。
やっと話せた...」
「だからあの時、あの大きな会場はどこだったんだろう...って言ったら『東京ドーム』って言ったんだそうちゃん...」
「うん」
「俺が連れてくって言ってくれたんだよね、あの時。本当に連れてきてくれたね、そうちゃん」
「本当に来れたな...」
「来れたね」
「そうちゃん...ライブ終わったら伝えたいことがあるんだ」
「俺も来蘭に伝えることがあるよ」
本番が始まる。
演奏陣がステージに表れると、5万人の割れんばかりの大歓声に、武者震いする。
来蘭の姿がないことに気が付いたオーディエンスたちが
『来蘭ー』
『来蘭ちゃーん』
来蘭の名を叫ぶ...
来蘭コールの中、センターステージからせり上がってくる来蘭の姿に、悲鳴と歓声が上がる!
来蘭の今日の歌声は素晴らしかった...
ただ、走ったりジャンプしたり、という動きは抑え目のような気がした...
それを補うかのように、加奈と陽介のパフォーマンスが凄かった!
陽介はあれはギタリストにしとくのは勿体ないとよく多方面から言われているが、今回の東京ドーム公演の後には、もっとその声は上がるだろうな...
加奈は、絶妙に来蘭の側に寄り添いながらのパフォーマンスと演奏に、ここから見ていて圧巻だった。
優輝はもう、すべての音を掌握し、タクトを振る指揮者のようだった。
本編25曲、アンコール3曲、全28曲を演りきった!!
鳴り止まぬオーディエンスの歓声に、もう一度ステージに上がる。
最後は必ず来蘭は1人で花道を歩き、センターステージの先端まで行く。
ここで行くと決めていた!
マネージャーが、エンゲージリングの小箱を大切そうに持って来た。
「来蘭!そこにいろ!」
俺は小箱を片手に、花道を一歩一歩歩いて行く。
観客たちは、固唾を呑んで俺と来蘭を見守っていた。
センターステージで待つ来蘭をスポットライトが照らす。
センターステージに着いた俺は、来蘭の足元に片膝を着いて跪いた。
「三年前の今日、来蘭に出会って一目惚れしてから、俺の青春には全部来蘭が居たよ...
この先の人生にも、すべてに来蘭が居て欲しい。
結婚しよう、来蘭」
悲鳴と歓声の中、エンゲージリングの箱を開けて差し出した。
涙を流しながら
「はい」
と返事をした来蘭の左手の薬指にリングを通し、立ち上がり抱きしめてkissをした。
そして来蘭は
「わたしからも伝えなきゃいけないことがあります」
と、話し出した。
お腹に手を当て
「ここに、そうちゃんとわたしの赤ちゃんが宿っています」
俺は一瞬頭が真っ白になったが、次の瞬間には来蘭を強く抱きしめていた。
溢れる涙は止めようがなかった。
「幸せにする。来蘭もお腹の子も絶対幸せにする」
鳴り止まぬ拍手と歓声に包まれて、俺と来蘭はもう一度kissをした。
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